生きものの中には、その姿や動きを周囲に似せる「擬態」の技を身につけたものたちがいます。あるときは、敵から身を隠すために、あるときは相手を捉えるため。その技は、生きものたちの「生きる術」でもあるのです。
『世界で一番美しいかくれんぼ』には、世界中のさまざまな場所でとらえた擬態の瞬間が集められています。それをこの本では「壮大なかくれんぼ」と称しています。
生きものたちの知恵とユーモアが散りばめられた本の中から、今回は「雪の王国」編をご紹介。雪と氷におおわれた世界でかくれんぼするには、たいていの場合、白い色が重要になるそうです。
冬毛のオコジョ Stoat In Winter Coat
撮影:アーラン・ハールベル/Erlend Haarberg
オコジョは冬になると栗色の夏毛が抜け、分厚く暖かな冬毛に生えかわる。温暖な地域では1年を通して茶色い毛のままのオコジョもいるが、寒冷地では尾の先の黒をのぞいて全身が雪のように真っ白になる。ノルウェーのこの地域では、オコジョは10月に夏毛を脱ぎすてて、4月末まで白い姿ですごす。雪の中で獲物を狩るため、また猛禽類などの天敵から隠れるためだ。気温がある程度まで下がると、ホルモンの影響で体の色が変化する。
「このオコジョはいつも、ノルウェーのソール・トロンデラーグにあるぼくのキャビンのそばに食べ物を探しにくるんだ。ちょうどカメラや機材のテストをしていたとき、ものすごいスピードでオコジョが走ってきた。白い雪の上を走り回る白い小さな動物は、オートフォーカスのテストに最高だった。オコジョはとても好奇心が強くて、人間を怖がらないので、こっちは擬態する必要もなかったよ」
白い毛のオコジョ(Mustela erminea)
ノルウェー、ソール・トロンデラーグ県、ヴァルダーレン
氷のゆりかご Ice Baby
撮影:福田幸広/Yukihiro Fukuda
タテゴトアザラシの赤ちゃんは、生まれてから数週間のあいだ“白い毛皮”と呼ばれる。雪のように白く分厚い毛は、かつては毛皮取引で引っぱりだこだった。赤ちゃんは流氷の上にひとりぼっちで置いていかれ、長いあいだそのまますごすので、体温で下の氷が溶けて氷のゆりかごができることがある。やがて白い毛は灰色の毛に生えかわり、メスはまだらな黒っぽい色になっていく。特徴的な上半身の竪琴のような模様は、何度も毛が生えかわるうちにはっきりしてくる。
タテゴトアザラシの撮影のためにヘリコプターで現地に行った福田幸広は、下降しながら擬態のみごとさを思い知った。灰色の成獣たちは空からはっきり見えるのに、白い幼獣はすぐそばに行くまで姿が見えないのだ。「シャチが流氷の上のタテゴトアザラシを探しているのが見えたんだ。シャチは海面から顔を出していたけど、真っ白な幼獣の姿は見えていないようだった」
タテゴトアザラシは子どもを産む時期のほかはほとんど海中ですごし、海を泳いで長い距離を移動することもある。北極圏で流氷の上にあがって繁殖するので、北極圏の気候変化の影響を真っ先に受けることが心配されている。
タテゴトアザラシ(Phoca groenlandicus)の子ども
カナダ、セントローレンス湾
『世界で一番美しいかくれんぼ Hidden in Nature』(小学館刊・本体価格2700円+税)
イギリスのネイチャー雑誌『BBCワイルドライフ』の元編集者が集めた自然と生きものの姿。名だたる写真家が撮影した「擬態の時間」を集めた一冊は、生きものに興味を持つ子供から、アートを好む大人まで幅広く楽しめる。