モンゴルといえば誰しも思い浮かべるのがどこまでも続く青い草原とモンゴリアンブルーの青い空、そして白いゲルに馬や羊などの家畜たちが草を食むのどかな風景。そんな草原を駆け抜ける世界で唯一の「草原マラソン」があると聞きつけて、モンゴルに向かった。友だちに「優勝して馬をゲットしてくるから!」というジョークを残して……。
成田空港から約5時間半でウランバートル国際空港への着陸態勢に入った。眼下には草原とゲルが広がっている。いよいよモンゴルにやってきたのだ。翌日に控えたマラソン大会本番では、このような草原風景の中を駆け抜けるのだろうと思うと今から心が浮足立ってくる。
ウランバートル国際空港の出口は迎えの人で溢れていた。ここからウランバートル市街までは車で約15分~20分。今回モンゴル人の友人が迎えに来てくれることになっていた。が、その友人の姿が見えない……。きっと少し遅れているのだろう。ベンチに座って待っていればじきに来るだろう。
しかし待てどくらせど友人は現れない。そうこうしているうちに、同じ便に乗ってきた人たちが、一人、また一人と空港を去っていく。あっという間に人の群れは消え、気づくと私の他には3人ほどが残るのみ。まずい。現地通貨も持ち合わせていないし、現地で使える携帯電話もない。おまけにモンゴル語もわからない。モンゴルでは英語はほぼ通じないのだ。到着日をまちがえていてこのまま現れなかったらどうしよう……。不安が募ってきた。さぁどうしよう。
同じ便に乗ってきたモンゴル人なら、きっと日本語が通じるはずだ。彼らが空港を去る前に助けを求めないと!と思い立ち、ちょうど最後のひとりが去ろうとしていたとき勇気を出して声を掛けてみた。
「迎えに来てくれるはずの友人がまだ来ないんです。ここに電話してくれませんか?」
期待どおり日本語が流ちょうに話せる男性だった。友人はどうやら急用ができたらしく、別のドライバーに迎えを頼んだということだった。もうすぐ着くはずだと。
ついにドライバーが現れた。助けてくれた男性は、すでに迎えの人と落ち合っていたが、私のためにドライバーが来るまで待ってくれていた。親切なその彼に御礼を言い、私も空港を後にした。
滞在先のモンゴル人の友人宅に到着した頃には、すでに辺りは暗くなっていた。今頃、ホテルでは草原マラソンの前夜祭をしているだろう。事前情報によると前夜祭ではロシア、ウクライナのコース料理のほか、アルヒというモンゴルウォッカが飲み放題だという。当日にボランティアとして通訳をしてくれるモンゴル人大学生との顔合わせも兼ねているという。皆大会前に酔いつぶれないといいが……。
前夜祭に間に合わなかった私のために、滞在先のモンゴル人の友人宅では熱々の手作りボーズが用意されていた。不在の友人に代わって同僚が作ってくれていたのだ。
ボーズとは「蒸した肉餃子」だ。モンゴルでは普段からよく食べるが、大晦日から正月には必ず食べるので、家族皆でボーズを作るのが正月前の恒例行事だという。各家庭によってそれぞれの味があるが、一般的に肉の餡には羊もしくは牛のひき肉が使われることが多い。生姜やニンニクなどは入れず、醤油もつけず肉の風味そのまま味わう。「肉の風味」といえば聞こえはいいが、悪くいえば「肉の臭み」ともいえる。ボーズに限らず、モンゴルの料理は「肉の臭みを消す」といった考えがないのか、寒い地域だから腐ることがないのか、あまり香辛料を使うことがない気がする。
「いただきます!」手作りの皮はモチモチした歯ごたえ。一口噛むと思わず皮からジュワーと熱々の肉汁が……。「あちち」私のモンゴル人の友人はこの肉汁をズズズーッと音を立てて吸いながら食べていた。ずっしりお腹にたまるボーズ。私には3つが限界だった。今日5食目の食事だったので仕方がない。
明日の本番のために、今日は早めに休むことにしよう。
構成/古谷玲子
(②へつづく)
プロフィール
古谷玲子
編集者・ライター。出版社・編集プロダクションの株式会社デコ所属。移住者向け雑誌「TURNS」のほか、単行本『孫育て一年生』を担当。フリーランス時代は、海外旅行ガイドブックで、台湾、台北、モンゴル、東アフリカを手掛ける。2年前に初めてモンゴルで遊牧民の男の子に恋して以来、毎年モンゴルを訪れている。「人の営み」に興味がある。旅はライフワークのひとつ。