キノコはライフスタイルから、おおざっぱに二つの仲間に分けられる。「腐生菌(ふせいきん)」と「菌根菌(きんこんきん)」だ。「腐生菌」は植物や動物の糞や死体など分解するキノコの仲間のこと。多くの人が抱くキノコのイメージはこれだと思う。もう一方の「菌根菌」これは、樹木と共生するキノコの仲間のこと。
今回は、この「菌根菌」にまつわるお話。
キノコと樹木はWinWinの関係
キノコの撮影を始めて間もないころ、足繁く通ったフィールドは、関東地方の都市郊外の里山にある、よく手入れのされた現役の農用林だった。そこはキノコの宝庫で、森の中には畑に続く小路があり、道沿いのあちらこちらに、赤く色鮮やかなベニタケの仲間や大型で背の高いテングタケの仲間が生えていた。特に多かったのはイグチ類のキノコで、中でも「ヤマドリタケモドキ」の大群生に出会った時は飛び上がるほど嬉しかった。
日本のポルチーニ
「ヤマドリタケモドキ」はイタリア料理などで有名な高級キノコ、ポルチーニ茸と近縁なキノコで、里山のキノコ狩りでは大物中の大物だ。
この森で特徴的なのは、ほかに比べて菌根菌といわれるキノコの比率が高いこと。前述したベニタケ属、テングタケ属、イグチ類などの全て、もちろん「ヤマドリタケモドキ」も「菌根菌」の仲間だ。
菌根菌とは?
「菌根菌」とは樹木と助け合って(共生)して生活する菌類のこと。キノコは木に寄生していると思っている人が結構多いようだが、実はそういうキノコはさほど多くは無い。大部分のキノコはこの「菌根菌」と、植物や動物の糞や死体などを腐らせて土に返すキノコ「腐生菌」に含まれる。
ヤマドリタケモドキなど「菌根菌」の「菌根」とは、キノコの菌糸が木の細い根を覆い、細胞と細胞の間に菌糸を入り込ませて共生している状態のこと。キノコの菌糸は樹木の毛根よりずっと細い。木の根が入れない土の細かい粒子の隙間にまで広がって、樹木のために効率よく養分や水分を集めてくる。そのお礼に樹木は葉緑素を持たないキノコのために光合成で作った炭水化物などの栄養素を提供する。例外はあるが、多くの場合、菌根菌と樹木はWinWinの関係にある。
木とキノコには相性がある
菌根を作るキノコと樹木には相性があるようで、キノコと樹種の組み合わせは大まかに決まっている。たとえばマツタケは主にアカマツの木と共生する。ヤマドリタケモドキはブナ科樹木、特にコナラを好む。しかし、コナラがあればヤマドリタケモドキが必ず発生するというわけでは無い。
キノコが多い森の条件
荒れて落ち葉などが厚く堆積した森や藪になった森では、落ち葉を分解する腐生菌などの雑多な菌との競争にさらされ、コナラ本来の菌根菌であるヤマドリタケモドリなどの菌糸が発達できず、キノコは発生しない。キノコは菌糸のテリトリーを作って、地中で陣取り合戦をしているからだ。
菌根菌のキノコのたくさん生える森の条件。それはきれいな林床の森であること。下草が少ない明るく開けた印象の森に、なんとなくキノコが多いように思えるのはそのためだ。
菌根菌が里山にたくさん発生するのはなぜか?
里山の雑木林は、主に薪炭林と農用林に分けられる。私のキノコ撮影フィールドだった森は、農用林といわれる林だ。農用林は近くの農地とワンセットになっていて、畑や田んぼに肥料となる落ち葉を供給するために管理されている、主にコナラやクヌギ、アカマツなどから構成される林だ。
初冬、森の地面を厚く覆った落ち葉は全て集められ、森に隣接した農地に運ばれ積み重ねて醗酵させて堆肥にされる。
落葉が取り除かれた森の土地は痩せ、ナラやマツなどの樹木は栄養不足に陥る。さらにむき出しになった地面は乾燥しやすくなり、冬は根が凍るかも知れない。手入れの行き届いた里山は実は樹木にとっては過酷な環境なのだ。
瘦せた土地にキノコが多い理由
一方の菌根菌にとっては、落ち葉が取り除かれたことにより落ち葉を分解する腐生菌との争いから解放され、本来の能力を十二分に発揮できる環境だ。パートナーのコナラやマツを守り助けるため、菌根菌は最大限に菌根と菌糸を発達させて、やがて菌糸が成熟するとキノコが発生する。
里山の雑木林に菌根菌のキノコが多い理由は、農業など人の営みの結果なのだ。
キノコの山は減っている
残念なことに、近ごろは、雑木林が農業利用されることは少なくなった。多くの農用林が放置され荒れてしまい、キノコの出る山は減り続けている。
里山の森は人為的に作られた環境だ。ずっと昔、千年以上前から続く、人の営みが作り上げた自然といってもいい。その意味では、人の暮らしも自然の一部だったのだ。
特に関東地方の里山では、本来の生態系のシイやカシなど照葉樹林を切り開き、コナラやマツなど有用性の高い樹種に置き換えてきた。人手が入らなくなることで、ナラの林から再びシラカシなどの照葉樹林に戻りつつある。
発生するキノコの種類も変わり、発生量も減ってきたように思う。
食べられるキノコ(菌根菌)の見分け方
里山でみられる菌根菌のキノコを2種類、カサ、管孔(カサの下面)など、見分けのポイントとなる特徴とともに紹介しよう。
ムラサキヤマドリタケ
学名:Boletus violaceofuscus Chiu
【カサ】
饅頭形から平らに開く。紫色だが、しばしばクリーム色の斑入りになり、時にはカサ全体がクリーム色。湿時粘性があり、表面平滑だが、しばしば不規則な凹凸がある。
【管孔】
直生から上生し、成熟するとほぼ離生する。白色から淡黄色のち黄褐色。孔口は幼菌時白色菌糸で塞がれる。
【柄】
紫色で、上下同大の棒状で中実。表面は網目模様に覆われる。
【肉】
白色で無味無臭。
【環境】
梅雨から夏。ミズナラなどブナ科落葉広葉樹または照葉樹林地上に発生する。
【食毒】
食用として美味。
ヤマドリタケモドキ
学名:Boletus reticulatus Schaeff.
【カサ】
半球型から饅頭形に開く。表面は幼菌時、ややビロード状で暗褐色から淡褐色、時にしわ状の凹凸がある。成長すると平滑で黄褐色から緑がかった淡褐色。湿時粘性がある。径15㎝に達する大型菌。
【管孔】
直生から上生し、十分成熟すると時にほぼ離生する。淡黄褐色のち緑色がかった汚褐色。孔口は丸く小型。幼菌時、白色菌糸に塞がれ、成熟すると管孔と同色。
【柄】
下方やや太く、棍棒状。表面はカサと同色かやや淡色。普通顕著な網目模様に覆われるが、稀にあまり目立たないタイプもある。
【肉】
白色で硬く締まり、無味無臭。乾燥すると独特の良い香りがある。
【環境】
梅雨から夏。ブナ科落葉広葉樹林に発生。特にコナラとマツの混生林地上に発生。
【食毒】
優秀な食用菌として知られている。
食べられないキノコ(菌根菌)の見分け方
里山でみられる菌根菌のキノコがすべて食べられるわけではない。ここでは食べられない菌根菌のキノコを1種類、カサ、管孔(カサの下面)など、見分けのポイントとなる特徴とともに紹介する。
ニガイグチ
学名:Tylopilus felleus (Bull.:Fr.) P.Karst.
【カサ】
饅頭形から平に開き、表面粘性無く、ややビロード状。淡黄褐色から木褐色。
【管孔】
幼時白色、成熟すると淡紅色を帯びる。傷つけると褐色に変色するが変色性は弱い。直生から湾生する。孔口は小さく角形。
【柄】
カサと同色か、やや淡色。はっきりした網目模様に覆われる。
【肉】
強い苦みがあり、白色で硬く締まり、変色性は無い。
【環境】
広葉樹、針葉樹林の地上に発生。比較的まれ。
【食毒】
強い苦みがあり、食用に適さない。
キノコがある生態系を維持してほしい
最近、都市郊外の利用されなくなった農用林や薪炭林などを自治体が譲り受け、あるいは借り受けて自然公園として整備する例が少なくないようだ。
しかし、もともと農地と対になって伝統的な農業生産のシステムの上に成り立っていた環境だ。ただの緑地としてならともかく、農地から切り離されると、様々な動植物もちろんキノコも含めた本来の森の生態系を維持するのは難しい。
栃木県の茂木町は、昔はタバコ生産が盛んでたばこ畑の肥料に大量の落ち葉を使っていたという。たばこ産業の衰退とともに、落ち葉は放置され、山が荒れてしまった。しかし町のバイオマス事業の一環として堆肥生産用の落ち葉の買い取りを始めたところ、およそ80haの山林が再生したという。
どこかにアイデアはあるはずだ。
公園整備する自治体も、何とか上物としての里山風緑地では無く、森林機能を含めた社会的存在としての里山環境を残す方法を模索してほしいものだ。
これからもずっと、ヤマドリタケモドキやムラサキヤマドリタケの群生に出会えることを祈っている。
文・写真/柳澤まきよし
参考文献
- 『見る・採る・食べる きのこカラー図鑑』(小川眞 編 講談社)
- 『日本のきのこ』(山と渓谷社)
- 『日本のキノコ262』(柳澤まきよし著 文一総合出版)