キノコを採って&撮って30年! マッシュ柳澤の知れば知るほど深みにハマる野生菌ワールドへようこそ!
キノコはライフスタイルから、おおざっぱに二つの仲間に分けられる。「腐生菌」と「菌根菌」だ。
前回の「菌根菌」に続いて、今回は「腐生菌」の中で、特に木材を分解する「腐朽菌」にまつわるお話。
『 ヤマドリタケモドキ 』はキンコンキン?
もしも世界にキノコがいなかったら、世界はどうなってしまうだろう。
キノコのことを以前は義務教育で、「花の咲かない植物」(注)として教えていたという。しかしキノコは、もちろん植物ではない。
植物は光合成によって二酸化酸素と水から様々な有機物質を作り出し自分の体を形づくる。キノコは枯れ木や動物の死骸を腐らせ分解し、水と二酸化炭素に戻す。正反対の性質をもった生き物だ。
生態系という大きな枠組みの中でいうと、いわば有機物を作り出す生産者の植物に対して、キノコはそれらを元に戻す還元者としての役割を担っている。
世界にキノコが無かったら、割と短期間で、世界は枯れ木や生き物の死骸でいっぱいになってしまうだろう。荒唐無稽な妄想の様だが、長い地球の歴史の中には、かつて、そういう時代もあった。
まだキノコのいない太古の巨大樹の森は、巨大昆虫の天国だった。
およそ3億5920万年前から2億9900万年前の間、石炭紀と呼ばれる時代の後期。シダ植物の巨大な森林が地表を覆い、翼開長70cmに達する巨大なトンボ「メガウネラ」が飛びまわる。後の恐竜や哺乳類の先祖に当たる両生類や、巨大化した節足動物や昆虫が栄えた時代だ。
昆虫の大型化は、石炭紀の大気中の酸素濃度が高かったからという説がある。当時の酸素濃度は35%ほどといわれ、それ以前のデボン紀の15%、現代の21%に比べても10%以上高い。気圧も現代より高かったという説があり、もしそうならば、実際の酸素の大気中保有量はさらに多かった可能性もある。
酸素濃度が上がったのは、地表を覆い尽くす巨大森林の光合成による酸素の放出と二酸化炭素の減少のためだといわれるが、もう一つほかにも重要な原因がある。それは、巨大森林の樹木が枯れても、それを分解する生物の能力が非常に小さかったからだ。
枯れ木の材を構成する主な成分は、セルロース、ヘミセルロース、リグニンという物質で、地球上でもっとも分解しにくい有機物質として知られている。中でもリグニンは分解できる生物がほとんど皆無で、枯れた巨大樹木は分解し切れないまま堆積し地中深く埋もれ高温、高圧の下で化石化していった。それが、今、私たちの使う化石燃料「石炭」の起源だ。
石炭が今有るのは、古生代後期の石炭紀に、キノコ(白色腐朽菌)がいなかったからだ。
現在でも、生物の中でリグニンを枯れ木など植物遺骸から直接分解できるのは、唯一キノコの仲間だけだ。2億9900万年前、石炭紀が終わりを告げたのは、進化によってリグニン分解能力を持つキノコが出現したか、腐朽菌の能力が進化してより強力になったかどちらかだと考えられる。いずれにしても、リグニンがキノコによって分解されるようになったことで、時代を追うごとに酸素濃度が高くなり続けるという、石炭紀の不安定な状態が解消された。
実際に石炭紀末期は、二酸化炭素濃度の減少によって気温低下を招き、氷河期を迎えている。動物たちには大変つらい時代だった。現在に続く安定した大気組成、これは後の生態系の安定と繁栄のためにも大切なことだっただろう。
リグニンを分解するキノコは、褐色のリグニンを分解し白色のセルロースなどを残し、材の白腐れをおこすことから、白色腐朽菌といわれる。
白色腐朽菌の仲間は、シイタケやブナシメジ、ヒラタケなど栽培できるものが多い。多くが私たちの生活に密接にかかわっている。キノコ狩りの対象になるキノコも少なくない。たとえば、ナメコ、マイタケ、クリタケ等々。
●クリタケ(食べられるキノコ)
※白色腐朽菌の仲間
学名:Hypholoma lateritium (Schaeff.) P. Kumm.
※注意※生では有毒、必ず十分加熱して利用すること。
【カサ】
径3cm~8cm。半球型から平に開く。表面は湿り気を帯びるが粘性は無く平滑。栗褐色から淡茶褐色。幼菌時、下面が白色の繊維状被膜に覆われ、上部に被膜の破片を鱗片状に付着するが成熟すると脱落する。
【ヒダ】
黄白色から帯オリーブ褐色のち帯紫褐色。直生~やや垂生する。やや密~やや疎。
【柄】
ほぼ棒状だが、基部は細まる。ツバは無い。中実~髄状。表面は上部が黄白色、下方は茶褐色を帯び繊維状。
【肉】
黄白色だが、柄の基部付近は褐色を帯びる。通常は無味だが、ごく弱い苦みがある場合もある。無臭。
【環境】
秋から晩秋。主に広葉樹の枯れ木や埋もれ木に発生。マツなど針葉樹にも発生する場合があるが、全体に淡色で赤みが強い。同種かどうか検討が必要。
【食毒】
時に販売もされる優秀な食用菌。しかし生食では有毒。海外では有毒とされている。必ず加熱して食べること。
キノコは独力で、動物は細菌の力を借りてセルロースやヘミセルロースを借りて栄養にする。
一方、枯れた植物のその他の成分。セルロースやヘミセルロースを分解する微生物は古生代石炭紀にもいたはずだ。セルロースは直接動物には消化分解できない。微生物の力を借りなければ、巨大昆虫や動物は植物から栄養を得ることができないからだ。
現代もセルロース分解能力を持つ微生物はたくさんいる。土中に普通に存在するセルロース分解菌や、カビの仲間、身近なところでは納豆菌なども。
草食動物やシロアリの消化器には常在菌としてセルロース分解菌があり、その助けを得て植物を消化して栄養としている。セルロースは多糖類で炭水化物の一種だ。分解されるとブドウ糖になり、リグニンに比べ分解しやすいだけでなく、生物がエネルギー原として利用するのに効率が良い。早くから動物がセルロースを利用できるように進化してきた理由の一端はそういったところにもあるだろうと思う。
キノコの中でセルロースやヘミセルロースの分解を担う菌類を褐色腐朽菌という。白いセルロースやヘミセルロースを分解して、褐色のリグニンを残し、いわゆる材の褐色腐れをおこすキノコの仲間だ。これら褐色腐朽菌は、さすがキノコ。ほかの微生物に比べてセルロース分解能力がずっと強力だ。
微生物が糖にまでしか分解しないのに対し、一部の褐色腐朽菌、ミミナミハタケ、やマツオウジなどのキノコは、セルロースを分解するだけでなく、糖も一気に分解しにアルコールを作り出す。それも菌糸を生ごみに混ぜておくだけという手軽さで。
現在、マツオウジなど褐色腐朽菌を使って、バイオ燃料を生産しようという研究が盛んに行われているという。
●マツオウジ(注意が必要なキノコ)
※褐色腐朽菌の仲間(針葉樹を腐らせるキノコには褐色腐朽菌が多い。住宅の建材を腐蝕して嫌われることも)
学名:Neolentinus lepideus (Fr.) Redhead & Ginns s. l.
【カサ】
カサの径、約5cm~15cm。饅頭形のち皿型に開く。表面は黄白色~淡黄色で褐色鱗片に放射状に覆われる。ときに乾燥によってひび割れ、白色の肉を表す。
【ヒダ】
垂生~柄に長く垂生し白色。縁は鋸歯状。
【柄】
中実で硬く、白色で下方ほど褐色鱗片が密に覆う。
【肉】
緻密で白色。松脂様の匂いがある。
【環境】
針葉樹、主にマツの枯れ木、切株などに発生する。
【食毒】
従来、可食とされてきたが体質などにより消化器系の中毒をおこすことがある。
枯れた植物を分解してもとに返す、それはキノコを中心にした生物の総力戦だ。
強力な分解能力を持つキノコだが、それでも膨大な植物を菌類だけで消費、還元するのは力不足だ。キノコを要に様々な生物が複雑に連携してやっと植物遺骸を分解し尽くすことができる。
たとえば動物や昆虫が植物を食べセルロースから栄養を取り出す過程で、噛み砕いて細かくしたり、糞として排出することで、キノコの分解効率が上がる。その逆もあって、キノコが木材などを分解することで、材そのものを消化できなかった昆虫などが栄養として利用しやすくなる。また分解の過程で細かくなった成分を細菌がさらに栄養にして分解する。植物を再び水と二酸化炭素に戻すこと、それは全ての生物による総力戦だ。
もっともそれが、キノコにとっても動物にとっても生きる=食べるということなのだけれども。
【人間はキノコを、カブトムシは菌糸を食べる。カブトムシを育てるキノコ「ヒラタケ」】
生態系の中で、分解者、還元者の要を務めるキノコだが、皮肉なことに、今や一番のそして暴力的で破壊的な還元者は、私たち人間かもしれない。
人間が石炭や石油など化石燃料を使い続けることそれは、地球史の時間を逆に巻き戻す行いなのだろう。
●ワサビカレバタケ(食べられないキノコ)
※落ち葉分解菌(落ち葉も枯れ木と同じ成分でできている。落ち葉を専門に分解するキノコを特に落ち葉分解菌という。樹木の中に菌糸を張る材上菌に比べ、落ち葉をめくって菌糸を簡単に観察できる)
学名:Gymnopus peronatus (Bolton:Fr.) Antonín, Halling & Noordel.
【カサ】
径1.5cm~4cm。饅頭形から平に開く、表面にやや乱れたな放射状のシワがあり、ベージュ色~黄褐色、乾燥時は淡色化。カサ部の肉は薄く、なめし皮様の感触がある。
【ヒダ】
直生~上生、ほぼ離生し疎。カサと同色。
【柄】
細い棒状でねじれ、中実。基部は淡黄色の菌糸毛が付き、しばしばL型に曲がる。
【肉】
薄く、やや皮質で、強い辛みがあり無臭。
【環境】
夏~秋、林床の腐葉上に群生する。
【食毒】
不食。食用に不適。
文・写真/柳澤まきよし
参考/
「日本のキノコ262」(自著 文一総合出版)
「見る・採る・食べる きのこカラー図鑑」(小川眞 編 講談社)
「山渓カラー名鑑 日本のきのこ」 (山と渓谷社)
「C5・C6糖発酵担子菌によるバイオマスからの直接的エタノール生産」(岡本賢治 日本菌学会報53巻 2号)