事のはじまりは島の布団屋が営むゲストハウスだった
「アオリイカば釣ったら、福江島に移住したくなっとよ! 」ふーさんの、その一言を確かめたく、朝にめっぽう弱い私が、まさかの午前5時起床! 眠い。とにかく、眠い。食欲よりも遊び欲よりも……眠気が勝る真っ暗な冬の早朝。
ここは長崎県の西方に連なる五島列島のひとつ、福江島。町中にある「ゲストハウス雨通(うと)宿(じゅく)」の共有スペースのソファで白湯をすする寝ぼけ眼な私。雨通宿は島の布団屋さんが店舗奥のスペースで営むゲストハウスだ。ふーさんは雨通宿の宿主の父親であり、布団屋さんであり、そして冬~4月末まではアオリイカの漁師さんでもある。
この雨通宿ファミリー。とにかく、ゲストを巻き込む。と言うか、気がついたらゲストがふーさんたちの日常に溶け込んでしまっているのだ。その溶け込み具合が楽しくて、島じたいが好きになり、福江島に移住した人たちも! Iターン者獲得に躍起にならなくとも、それを自然にやってのけてしまう人徳は、なかなか真似できるものではない。
全身を包む空気が冷たい。辺りは、まだまだ、寝静まっている頃、ふーさんと、雨通宿がきっかけで移住した20代男子2人の計4人で、アオリイカ釣りへと向かう。車に揺られて着いた港が真っ暗すぎて、どこだかサッパリわからない。しかも“釣り船に乗る”という予定は今回の旅でまったく予想していなかった。なので、私の格好と言えばワンピース姿。冬の海にまったくもってアンバランスだ。ふーさんに雨具と長靴を借りて防寒し、いざ出陣。港に浮かぶ、釣り船に飛び乗った。
狙うは高級“アオリイカ”!
4人を乗せた小さな釣り船は、冷たい空気の中を風を切りながら進み、とある湾の真ん中あたりで泊まった。頬にあたる冬の澄み切った空気がひやっこくて少し痛い。「アオリイカば釣ったら、イカ釣りの病みつきになっとよ! 」「しかも、ココはバンバン釣るっとよ! 」ふーさんが棹の準備をしつつ、ウキウキと話してくれる。シーズン中、毎朝毎夕と言っていいほど釣りに出てるであろうふーさん。飽きる事などないほど、イカ釣りが楽しくて仕方ない様子。
「あ! 来た! 」数分経ったところで、船の先端にいた一人がリールをクルクルと巻きだす。海面からウニョッと頭を出すアオリイカが見える。でかい! 都会のスーパーで特大サイズと謳われて売られているイカなんぞ比べ物にならない。大海から船内の小さな水槽に放り込まれたアオリイカたち。窮屈そうにモゾモゾと動いている。そうこうしているうちに、もう一人の男子も「来た来た! 」と、リールを巻きだす。私はというと、その間、何度か地球を釣り上げかけてしまった(汗)。ふーさんは、私にもイカを釣り上げる快感を味わえるようにと場所を変えてくれたり、棹をいい場所めがけて投げてくれたり。それでも一向に私の棹には食いついてくれないアオリイカたち。だけど、私はそれでも充分だった。次第に夜が明けてまわりの景色が現れていく様を、釣り船から眺めるという非日常じたいが特別すぎて心がふわふわしてくるのだ。
水平線あたりには島民2名しかいない黒島がうっすらと見える。「今日が凪じゃったら、こん船でも黒島に行くっとけどね~」と、ふーさん(黒島は少しでも時化っていると、小さい船で渡るのは難しい島なのだ)。島好きとしては、無人島になる前に絶対に行きたい島のひとつだ。私が行くまで無人島にならないで……と、自分勝手な念をひたすら送る。
2時間ほどで6杯ほど釣れた。いつもよりは少ないのだそうだ。陸に上がると、ふーさんがナイフでギュッと1杯づつ絞める。そのとたんに、赤みを帯びたアオリイカの全身がサッと真っ白に変化し、目が澄んだブルーになる。絞めているから死んでいるのに、とてもとても艶やかで美しく見えるのは、なんでだろう?
人生初の●ラー!
釣った後は、卸すために漁港へと車を走らせる。ちょうど競りがはじまる頃だった。でっかい鰤やら蛸など、見慣れた魚介類から、見たコトもない不思議な形の魚もいる。しかも、これまた、でかい!
都会では、高級料亭でしか食べられない高級魚なんだそう。
漁港脇のワゴン販売で珈琲を飲んで一息つく。モーニングコーヒーで温まっていると、フウさんと20代男子たちが「ラーメン食べに行こう」とな! ……え? (目が点)。 まだ、午前8時前ですけれども!? 私、人生初の朝ラー(朝からラーメンの略)。四十路女の胃袋に朝ラーは少々くるしい(ゲップ)。でも、イカ釣りをした後にみんなで食べる朝ラーは、ほかほかと温かくておいしくて、ココでしか味わえないなんだか新鮮な時間だった。
福江島流アオリイカの食べ方
ちなみに、アオリイカの時期に雨通宿に泊まると、素泊まり宿なのにアオリイカが出るコトも。私が泊まった時には、アオリイカの刺身がどんッと出た! 柚子胡椒を付けて食べるのが福江島流だそう。しかも、雨通宿ではふーさんのお母さん手作りの柚子胡椒を付ける。
辛味が口の中からサッとひくので、辛さが苦手でも食べやすい。新鮮で甘いアオリイカの刺身に柚子胡椒の辛味がいい塩梅のアクセントになる。おかげで五島つばき酵母で作られた日本酒がよくすすむ。ほくほく気分でアオリイカを一切れずつ口に運んでいると、目の前に座っていたふーさんがブンブンと首を横に振る。「そんな少しづつ取らんで、もっとガボッと! 」と、おっしゃるではないか! フウさんがイカ刺しの塊を箸で持ち上げ、見本を見せてくれる。もはや、細く切る必要はなかったんでは?という量である。イカ刺しをそんな豪快に食べたコトがない山育ちの私。フウさんの真似をして、ガボッと刺身を持ち上げてみる。人生初のイカ刺しの食べ方に、ドキドキとウヒョウヒョ気分が入り混じり、心と舌と胃袋が忙しい。
「アオリイカは、いくらでも“生け簀”におっけんね~」と、ふーさん。福江島の海は島民の大きな大きな“生け簀”。なんと、贅沢な日常!
高級アオリイカの旬は4月下旬頃までだそう。GW前にふらっと福江島にアオリイカを食べに(もしくは釣りに)行ってみませんか? もしかしたら、あなたも福江島に移住したくなってしまうかも! (あぁっ! 危険! 笑)
※以上は、松鳥むうが訪れた時の情報です。諸事情により変更になっている場合があります。
【データ】
五島ゲストハウス 雨通宿
住所:長崎県五島市木場町500-5
TEL:080-6521-5468(瀬川)(受付9:00~19:00)
料金:ドミトリー2,700円/泊~(素泊まり)
アクセス:福江港より徒歩約15分
URL: http://gotogo.jp/
イラスト・文・写真/松鳥むう(まつとり・むう)
イラストエッセイスト
離島とゲストハウスと滋賀県内の民俗行事をめぐる旅がライフワーク。今までに訪れたゲストハウスは100軒以上、訪れた日本の島は97島。その土地の日常のくらしに、ちょこっとお邪魔させてもらうコトが好き。著書に『島旅ひとりっぷ』(小学館)、『ちょこ旅沖縄+離島かいてーばん』『ちょこ旅小笠原&伊豆諸島かいてーばん』(スタンダーズ)、『ちょこ旅瀬戸内』(いずれも、アスペクト)、『日本てくてくゲストハウスめぐり』(ダイヤモンド社)、『あちこち島ごはん』(芳文社)、『おばあちゃんとわたし』(方丈社)等。最新刊は『島好き最後の聖地 トカラ列島 秘境さんぽ』(西日本出版社)。
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