にっぽん刃物語「クマ撃ちのタテ鉈 」~山の神への敬意は忘れない~
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    2019.07.03

    にっぽん刃物語「クマ撃ちのタテ鉈 」~山の神への敬意は忘れない~

    刃物の持ち主
    猟師・熊の湯温泉主人
    吉川 隆さん
    青森県鰺ヶ沢町在住。20歳から白神山地で狩猟を始める。過去に息子さんと山のパトロール中にクマに襲われ顔面に重傷を負う。「風が強い日でずっとガサガサしていて、互いに気が付かなかった」
    ※ 所属や肩書は取材当時のものです。

    右は猟に出るときにメインで使うタテ鉈。タテには切り込む、断つという意味がある。チェーンソーのガイドバーを鍛造した。左はたまに使うマギリ。弘前市の刀匠が造ったものだ。

    マタギとは猟師の別名ではない。独特の観念を持ち、山の神への崇敬と獲物の尊厳、仲間との絆を大切にしてきた狩猟集団のことである。真の意味でのマタギはもう消えたのかもしれないが、その精神を継ぐ猟師は今も山里に健在だ。

    家系は、わかっているだけで21代前まで遡れる。先祖は地元に伝わる鬼退治の民話に出てくるほどだから、かなりの旧家であるのは確かだ。床の間にあるマタギの由来書『山立根元巻(やまだてこんげんのまき)』は、延宝5年(1677)に筆写されたものだった。

    白神山地の自然を知り尽くす吉川隆さんが撃ち捕ったクマの数は、これまで80頭ほどになる(取材当時の数です)。“最後のマタギ”と呼ばれることの多い吉川さんだが、自身はマタギと称されることに複雑な思いがあるという。

    マタギとは、独自の宗教観、自然観を守り続けた狩猟集団だ。猟のときは山言葉という独特の言葉を用い、獲物を仕留めた後は丁寧な送りの儀式を行なうことで知られる。つねに公正平等な肉の分配ルールは、マタギ勘定とも呼ばれてきた。

    「今の大然(おおじかり)という集落は、前は赤石川のもっと上流にあったんだよ。昭和20年春に鉄砲水が襲い、人命から田畑、家財産、マタギの文化までを一瞬で流し去ってしまった。床の間にある山立根元巻も、後年になって下流に住む人が、洪水のときに流れてきた長持(ながもち)の中に入っていたと返してくれたのさ」

    移転後の集落で生まれた吉川さんが猟の教えを受けたのは、大然とは猟の交流がなかった隣の一ツ森地区のマタギ衆だった。

    「若いときは、うっかり里の言葉を使うと頭から沢水をぶっかけられるほど厳しかったけれど、暮らしが変わるにつれ、山言葉もだんだん使われなくなって。刃物も言葉も使わないと錆びてしまうな。鉄砲はズノベ。クマはシシ、クロジシ。カモシカはケラとかマッカ。ウサギの呼び方は…ほら、もう忘れてる(笑)。そんなものだから」

    どこか半端な感じが付きまとい、教わりそびれたこともたくさんある。だからマタギと呼ばれるのは恥ずかしいという。けれど、吉川さん自身の自然観や生命観は、まぎれもなくマタギ譲りのものだと思う。

    猟に入るときは手を合わせて山の神に祈る。クマが捕れるとケボカイという儀式を執り行なう。タテ鉈と呼ぶ刃物で、雄の場合は右前脚、左後脚、左前脚、右後脚の順に切り込み、最後に喉から腹へ切って皮を剝ぐ。雌の場合は、左前脚から剝ぐ。剝ぎ終えた皮はすぐ体に逆さに着せる。次は解体だ。

    まず心臓を取り出し、山の神に祈りながら刃先で十文字に切り込みを入れる。最後に木の枝で串を3本ないし4本作り、12個の肉片を刺して感謝の言葉を唱える。

    魂を山の神の元、つまり自然に帰すのがケボカイの意味だ。グループ猟でも単独猟でも、吉川さんはこの儀式を欠かさない。

    「狩猟は生き物にひとつしかない命をいただく行為。獲物を粗末に扱うことは狩猟や釣りに限らず、山菜やキノコ採りでも許されないことだと思うんだ。欲を捨て、感謝の気持ちでいただく。自分たち世代が伝えていかなければならない、自然との付き合い方だと思っています」

    熊の湯温泉
    http://spa.kumanoyu.net/

    文/かくまつとむ 写真/大槗 弘

    ※ BE-PAL 2016年4月号 掲載『 フィールドナイフ列伝 21 クマ撃ちのタテ鉈 』より。

    現在、BE-PAL本誌では新企画『 にっぽん刃物語 』が連載中です!フィールドナイフ列伝でお馴染みの『 かくまつとむ&大槗弘 』のタッグでお届けしております!

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