富良野の宿で「自由な田舎暮らし」を体現してくれる夫婦の思い
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    2019.08.15

    富良野の宿で「自由な田舎暮らし」を体現してくれる夫婦の思い

    初夏はラベンダーで冬はスキー、ちょっと足を伸ばせば、美瑛町できれいな風景を楽しめる富良野。JR富良野駅から15分ほど車を走らせたところには、北海道らしい赤い屋根の建物が2棟並びます。2棟のうちのひとつはゲストハウス「ゴリョウゲストハウス」、もうひとつはカフェ「cafeゴリョウ」。その前にはぶどう畑、横と後には野菜畑も広がって、まるで絵本に登場するかのような風景です。

    バックパッカーの経験をカフェとゲストハウスに生かして

    ゴリョウゲストハウスに向かうと、まず手作りの可愛らしい看板がかかっています。看板を通り過ぎ、1つ目の建物の扉に手をかけて開けると、おおらかでのんびりした雰囲気の澤井雅樹さんが出迎えてくれます。ハキハキしていてとてもしっかりしている印象の澤井加菜子さんは、カフェの仕切りをメインに、毎日、美味しい食事やデザートを作っています。

    ふたりがゲストハウスを開いたのは、2011年7月。カフェのオープンはその3年前、2008年12月のこと。その前は2年の間バックパッカーとして世界一周の旅をしていました。

    カフェの入り口前にて、澤井さん夫妻

    「2006年から、どんどん隣の国を訪ねていく感覚で、夫婦で世界一周旅行をしていました。2年間国外にいたので、住む家もない状態。富良野に住みはじめたのは、旅行の最後に、と知り合いのお店を訪ねたのがきっかけでした」

    その時は雅樹さんにとっては初めての富良野。加菜子さんは、美瑛町のペンションに短期間で働いていたので2度目の訪問だったのだとか。海外から戻ってきて成田空港を経由し、富良野へ来るその道中で、マイペースな北海道の雰囲気に魅了されていました。

    「外国から帰ってきて東京都内で乗った電車で通勤ラッシュにあたってしまったんです。車内はひどく混雑してるし、電車には朝から疲れた顔をして悲壮感が漂っている人もいるし、電車の1、2分の遅れをあやまるアナウンスが流れている。バックパッカーで行ったインドなんかで、日常的に12時間もの電車の遅れを体験しているから、日本って大変だなぁと思って。でも、札幌から富良野に来るために乗り換えた電車は、40分待っても出発しないんです。その間、誰も騒がずじっと座って携帯電話をいじったりしてるんですよ。その様子を見て、『ここなら自分たちも生活できるかも』って思いました」

    富良野は見通しがよく、外を出歩くだけでも気分がよい

    人当たりも良くて、初夏でもカラッとして空気も清々しい、と富良野に住むことを決めたふたり。カフェと宿の2つができる物件を探し始めました。

    カフェは外国で食べて美味しかったものを北海道の野菜で提供するため。宿は今まで600件以上の宿に泊まった経験を今度はお客さんを迎えることに生かそうと考えました

    手前の建物がゲストハウス

    この2つを実現するために、母屋と納屋がセットになった物件を見つけ、それぞれゲストハウスとカフェに改装。最初に着手したのは、改装しやすかった納屋の方でした。最初は全体がゆがんでいてボロボロの状態でしたが、壁板を剥がして洗浄し、断熱材を挟んでまた元に戻す。床もコンクリートがひび割れていた上に板を張り、元の素材を生かしながら居心地のよい空間にしました。

    「完成のイメージはできていたので、大工さんに手伝ってもらいました。カフェがオープンしたら、その売上も投入しながらゲストハウスの改装を進めて。でもそれだけだと資金も足りないので、冬はスキー場で、夏の終わりには玉ねぎをフォークリフトで運んで、稼いでいました。資金が入り次第作業を進めていたので、まるで自転車操業のようでしたよ」

    そうしてできた建物は、戸棚も窓もとても良い感じに設置されていて全体的におしゃれな雰囲気。その理由は「ふたりともアパレルにいたからかなぁ」とのこと。

    カフェの一画

    「服屋さんってものをよく見せる仕事なんですよ」

    雅樹さんによると、アパレルでは、陳列の仕方で商品の魅力を引き出すのも仕事の基本だったのだとか。会社の先輩から教わったことや自分で工夫して培ってきた経験が、空間づくりに生かされているのかもしれません。

    「お客さんに自由に滞在してもらいたい」という思いで作られる心地よい空間

    木調で見た目もあたたかなゲストハウスには、入り口からすぐに大きな空間につながります。ここが導線の中心で、壁際に洗面所とキッチンが設置されています。そこから右側に向かうとトイレとシャワーが、左に行くと2つの宿泊室です。宿泊室は、女性のみの部屋が4名で、男女共同の部屋は8名分のベッドが設置されています。

    女性専用ドミトリー

    建物は、横長の窓がとても印象的。特に洗面台の窓からは裏手の畑を見渡せて、女性部屋の日差し向きの窓からは朝日が差し込みます。初夏の強い日差しも適度にさえぎってくれるのでとても快適です。

    キッチン。ポットや鍋、フライパン、食器……と、必要な道具は一通りそろっている

    夜は、電灯色の照明が木質の室内を照らしてとても落ち着く空間です。

    こちらは洗面所

    雅樹さんは、「お客さんに自由に滞在してもらいたい」と考えながらゲストハウスを運営しています。「協調したうえで、ですが」 と付け加えつつも、食事はカフェでも摂れるし自炊という選択肢もある、過ごし方も観光スポットを巡ってもよいし近所を散歩しながら楽しむ方法もよい、と考えているそうです。

    「もうひとつ、料金にもこだわっています。ゲストハウス自体の定義は安宿。サービスは最低限にして、安価に滞在できるように工夫しています」

    壁には地元のイラストレーターに描いてもらった、ゲストハウス周辺のおすすめスポットをまとめた地図が掛かる

    ゲストハウスのキッチンには調理器具が揃っているし、壁には周辺のお店をまとめたマップや、周辺の山岳マップがかかっています。自分たちで過ごし方を考えても良いし、澤井さんにおすすめの富良野の過ごし方やお店を教えてもらっても素敵。冬になれば、スキースポットなどを教えてもらうこともできます。

    ゲストハウスと同様に、カフェも木調で照明は電球色であたたか。こちらは、ところどころに置物やドライフラワーなどの装飾品や、オリジナルカレースパイスやドリップコーヒーなどの物販などが置いてあります。

    カフェ内観。コーヒー豆やはちみつなど、カフェで使っている食材や、オリジナルのカレースパイスなどのほか、オリジナルTシャツも販売(ゲストハウスでも購入可能)

    「カフェは文化を提供する場だし、そうすることで、そのカフェ自体が文化になっていくというか」と雅樹さん。世界中の料理をお客さんに出していくことで、ふたりが経験した世界の文化を伝えていく場なのです。例えば、提供しているコーヒー。昨年、ふたりは東ティモールまで行き、コーヒー豆をおろしてくれている農場を訪ねました。

    東ティモールの農園にて(提供:澤井さん)

    そこで聞いたのが、豆の出来は毎年違うという話。同じ国のなかでも、栽培する農家の考え方やその年の雨の量などに左右され、豆の出来が変わるのだそう。「そういった話は、現地でないとなかなか聞けないですよね」。

    インドにて(提供:澤井さん)

    チャイも、富良野を訪れた後に再び行った海外旅行で現地調達したレシピ。「インド現地の人がどんな作り方をするのか、じーっと見ていました。『今なに入れた?』とか『もう一回作ってみてよ』とか頼んだりして」。

    世界中で体験してきたストーリーは、メニュー表にも書いてあります。そのストーリーを読めば、より深くそれぞれの世界に入り込むことができます。

    「ストーリーを伝えることを大切にしつつ、食材はできるだけ自分たちの作った食材や富良野産のものを使っています」。新鮮な食材を使って作られたスパイスのきいた料理は、素材の美味しさがひきたって、深い味わいです。

    カフェの看板メニュー「ゴリョウサンド」など、ここで提供されるパンは加菜子さんの手作り

    カフェとゲストハウス、畑、遊びで体現される富良野での「自由な暮らし」

    「もともと野菜作りに興味を持っていました。自分が食べるものを作れるのがとても良いことだし、できたらすごいと思って畑を始めました」

    直径10cmほどのトマトが鈴なり

    畑には、パクチーやトマト、セロリ、じゃがいも、かぼちゃなどの野菜のほか、ブラックカラントやホワイトカラント、ハスカップ、ラズベリーなどの果物も植わっています。さらに、2年前にはブドウ畑も増えました。

    ハスカップはこんななりかた

    「やってみたかったというのもありますが、お客さんが車を降りた時の印象を大事にしたいと考えました。ゲストハウスとカフェの前にビニールハウスがあるよりもブドウが植わっている方が気持ち良いでしょ? ブドウは芝生に植えるので草刈りの手間が増えますが、草原みたいで素敵な見た目になるし、ブドウ畑越しの十勝岳の見晴らしもなかなかよいですよ」

    ここでつくったブドウは、富良野産のワインの原料になる予定で、毎年9月や10月にはブドウを収穫し、11月には枝の剪定をして、翌年の収穫に備えます。

    手前と左手奥の2ヘクタールがブドウ畑。野菜畑は建物の裏手と右手のビニールハウスにある

    改装した建物でゲストハウスとカフェを運営し、野菜とブドウも育てる……。とても目まぐるしく動く澤井さんの1年の楽しみには、冬のスキーと年1の海外旅行があります。

    11月下旬にスキーができるほどに積もると、雅樹さんは朝4時5時に起きて除雪して8時半にはスキー場に到着する生活が始まります。一番好きなのは、パウダースノーの日。

    加菜子さんによると、新雪が積もっているかどうかで、雅樹さんのテンションが全然違うのだとか。

    (提供:澤井さん)

    「パウダースノー用のスキー板を持っているんですが、端から見てもワクワクしているのがよくわかります。雪降っているときはお客さんも全員テンションが高くて。冬限定でカフェの朝ごはんを出しているんですが、皆さんスキーが待ちきれないようで、6時〜8時半の朝ごはんの時間よりずいぶん前に起きてまっていらっしゃることもざらです」

    スキー場だけでなく、バックカントリーでもスキーを楽しんでいます。「もちろん雪崩が起こるときのことを考えて、脱出用のエアバッグと捜索用のゾンデ棒(プローブ)、スコップ、ビーコンを持っていきます。あと山岳保険も必要ですね」と装備をきっちり揃えて、向かうのは富良野岳。車で標高1000メートルの登り口まで行って、車を降りた後は標高1700メートルまで歩きます。上まで登ったら、登り口まで一気に滑り降ります。胸まで舞い上がるようなふかふかの新雪を、さ~っと滑るのだというから、気持ちがとてもよさそうです。

    こうして忙しい夏とアウトドアスポーツも楽しむ冬を過ごしたら、最も客足が遠ざかる3月中頃からは1ヶ月休んで海外へ。行った先で、メニューの材料や未体験の外国文化を仕入れて来ます。ちなみに、コーヒー農園の話は、2018年3月に訪れたときの経験。

    海外旅行やスキー、畑など、澤井さんのこれまでの活動はその都度小冊子にまとめられ、カフェに置かれている。年に数回出店するイベントの様子もみることができる

    こうした澤井さん夫妻の生活の大きなテーマは「自由な田舎暮らし」。自分のルールを持って生活する姿はとても素敵で、忙しそうではあるけれど、富良野の大自然に包まれたのびのびとした空気が伺えます。滞在しているうちに、つられて清々しくゆったりとした気分に。

    初めて訪れる富良野は、これまで経験したことのないほど開けていながら、どこを向いても山が見えて安心する場所でした。ゲストハウスとカフェの雰囲気はもちろんのこと、今度は冬に訪れて、また違う富良野を感じてみたい、と思いました。

    店舗情報

    cafeゴリョウ
    ゴリョウゲストハウス
    TEL:0167-23-5139
    MAIL:mail@goryo.info
    住所:〒076-0015 北海道富良野市上御料
    URL;https://www.goryo.info/cafe/
    〈カフェの営業時間〉
    11:00〜20:00(19:30 LO) ※予約不可
    定休日:火曜日

    ――

    数珠つなぎでゲストハウス津々浦々について
    訪ねたゲストハウスの方に、おすすめのお店と次に伺うゲストハウスを紹介していただく連載です。
    取材・文/松本麻美

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