本年度アカデミー賞受賞のドキュメンタリー映画『フリーソロ』で、命綱なしにカリフォルニア州ヨセミテ国立公園内に位置する975mの断崖絶壁エル・キャピタンに挑んだフリーソロ・クライマーのアレックス・オノルドに密着したエリザベス・チャイ・ヴァサルヘリィ監督。夫のジミー・チンもクライマー。今作の共同監督で、撮影監督も手掛けている。
――ご主人のジミー・チンもクライマーですが、アレックスの恋人であるサンニに共感する部分はありましたか? 監督自身、孤独を感じることも?
「作り手として、映す対象者の感情へ常にアンテナを張って敏感であろうと思っていましたし、ずっとサンニの傍にいたので、彼女の気持ちはとても理解できました。でもアレックスとサンニの関係と、私とジミーの関係は決して同じではありません。ただパートナーがクライマーでなくても、男でも女でも、例えば相手が出張などで留守にしたら孤独を感じますよね。家族として大きな決断をしなくちゃいけないときにその場に彼がいないとちょっと辛いな……と思いますけど。でもキチンとコミュニケーションはとれているし、信頼しているので、それほどの問題ではありません。子どもが小さいときは大変でしたけど、いまはもう6歳と3歳半で。逆に彼がいなくても、二人の子どもがいれば大丈夫(笑)。むしろ、自分が仕事で家を留守にしなくちゃいけないときの方が孤独を感じるかも。子どもと離れるのがさみしくて!」
――ご主人とは仕事の上でもパートナーですよね。そのプラス面とマイナス面を、どのように感じていますか?
「創作の面でプラスなのは、相性がいいし信頼し合っているので相乗効果が生れること。制作を進めやすいです。マイナスの部分があるとすれば、二人が一緒に留守にする時間が長いので、子どもたちがかわいそうだなということ」
――プライベートの面で、ジミーに「こうしてほしい」という希望はありますか?
「靴下が見つからない! なんて探し始めると、こっちがイラっとするくらいに面倒くさくなります(笑)。それから糖分を採り過ぎること。去年の冬に娘をスキーへ連れていってくれて。帰ってきた娘に『お昼ご飯はなにを食べたの?』と尋ねると、『ド〇トス一袋』って。ジャンクフードのなかでも最悪の類じゃない!? いちおう健康的な食生活を送るようにしているけど、彼は甘党でお菓子が大好き。いまどき甘いジュースを飲む人なんてそういないし、子どもたちも見ているのだから止めてほしいのに。日本の大福も大好きで、いつも家にストックしてて、朝からそれを食べるのよ」
――ご自身はプライベートで、山登りやアウトドアを楽しむことも?
「山登りはしなくて、ジムでちょっとクライミングをするくらい。あと3歳からスキーをずっとやっているので、冬山へ登るときはスキーを背負っていきます。それから必ず持って行くのは日焼け止めと……子ども用のキャラメルかな(笑)。ふだんはマンハッタンに住んでますが、この映画の撮影中はヨセミテに子どもたちも連れて行きました。いまジミーと子どもたちは、ジャクソンホール(ワイオミング州北西部の谷)へ行ってます。機会があれば子どもたちを、自然に触れられるところへ連れていってます」
――登山をやらない人間にとって不思議なのは、なぜ命をかけてまで山に? ということ。アレックスの姿を傍で見て、ご自身はどう感じましたか?
「クライマーの誰もがそうかはわかりません。でもアレックスに関していうと、彼は大きな目的に向かっていて、その生き方が彼にとって重要だということ。それで『いつ死んでもおかしくない』というのは、誰にでも当てはまることですよね。この映画を観て感じていただきたいのは、じゃあ自分は、本当に自分が生きたいと思う人生を生きているのか?ということ。アレックスは、山に登る準備の過程も心から楽しんでいました。どうせ生きるならあんなふうに、好きなことをやってとことん追及したい、そう思ったんですよね」
『フリーソロ』(配給:アルバトロス・フィルム)
●監督:エリザベス・チャイ・ヴァサルヘリィ ジミー・チン ●出演:アレックス・オノルド ほか ●9月6日~新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国公開
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取材・文/浅見祥子