DAY 12【Clay Bank Top to Blakey Ridge 総距離13.5 km
前日は35kmの道のりを歩き、ヘトヘトの状態でなんとかたどり着いたBuck Innで迎えた朝。ぐっすり寝たからか、案外すっきりと目覚めることができた。
昨夜、朝ご飯は何が食べたいかと細かいチェックシートに記入したものの、なぜかほとんどそれは反映されていなかったが、ボリューム、内容ともに大満足の朝食が出てきた。
ドイツから移住してきた宿のオーナーは、ここ最近、いかにC2Cの人気が出てきたか話してくれた。数年前までは、歩く人たちはほとんど地元のイギリス人で占め、続いてアメリカ人、オーストラリア人が多かったが、最近は中国を始め、アジア諸国からも歩きにやってくるという。
今日の予定の事を聞かれたので、昨夜、ある朗報がメールボックスに入っていた事をオーナーに告げる。この先にあるBlakey RidgeのLions Innという1年前に予約をしても取れないほど人気のB&Bにダメモトで空きはないかと連絡をしたところ、当初は満室との返事だったものの、少ししてから実は直前キャンセルがあり、興味ありますか? という連絡が来ていた。読むやいなや、即座にもちろん! と返事をした。よって、今日は13.5km程のゆるい距離ということで、お気楽モードで出発。
宿のオーナーに昨日ピックアップしてくれた場所に降ろしてもらい、燦々と輝く朝日が降り注ぐ中、スタート!
しばらくすると前方にどう見てもウォーカーとは違う出で立ちの人々や乗り物が前方に見えてきた。
ここで何をされているのですか? と聞くと、これから「Grouse shooting」が始まるから歩行人が来ないかチェックしつつ、準備をしているんだよ、との返事が。
Grouseとは、アカライチョウのことを指す。
狩りをするにあたり、伝統的な衣装を纏い、旗を持ったFlankerやBeaterと呼ばれるサポーターたちが犬とともにライチョウを囲いながら中へ中へと追い込む。
日本では特別天然記念物に指定されている雷鳥を狩るということなぞ考えられないが、ここのアカライチョウの狩猟の歴史はおよそ160年前から続けられているという。狩猟が解禁となる8月21日はGlorious 21と呼ばれ、それから121日間、各地で狩りが行われる。
アカライチョウは低空を時速130kmという高速スピードで飛び、さらに急な方向転換をするため、撃ち落とすには高い技術が必要とされる。英国では “King of all game birds”、つまり狩猟鳥の王者とも呼ばれている。
まさに狩猟とは、銃で撃つ本人の腕だけでなく、サポートする人々、 狩猟犬、そして通行人が来ないかしっかり見張る人々などといったチームワークの賜物だった。仕留めた獲物は自ら処理をし、コトコト煮てシチューにしたり、ローストして食べるという。チキンと比べると脂肪分は3分の1で、一方でタンパク質は2倍もあり身体にも良いという。
個人的には娯楽として狩猟を行うのは反対だけれど、もし彼らが話してくれたように、撃った一羽一羽を自らの手で丁寧に処理をして、余す事なく使うのであれば、一般的にスーパーで肉を買うことよりよほど命のありがたみが実感できるのではないかと思った。
歩いていると、時折ヘザーが燃やされた跡がある。
何故燃やされているのかと、ライチョウ狩りの人に聞くと、実は、狩りと密接な関係があるという。ヘザーを燃やす事で新芽が出てきた際に彼らの食料源となるので、猟場の番人が区画に分けて、幼鳥が巣にいない冬や早春に燃やしているということだった。
猟を間近で見学させてもらってから、まわりの景色がより身近に感じられるようになった。
ヘザーの湿原の先の谷には、イギリスの伝統的な牧畜風景が広がる
ルートがしばらく重複していたCleveland wayは北へと折れ、C2Cのルートは、150年前、近くの採掘された鉄鉱石を運ぶための、Rosedale Ironstone Railwayの線路跡を辿る。
猟の見学時間を入れて3時間半ほどで、今日の目的地である人気宿、Lions Innが見えてきた。
孤高のLions Innは16世紀に建てられ、標高403メートルとNorth York Moors National Parkの中でも最も高い位置にあり、食事処やパブとしても人気を博している。
空いている場所を探していると、一角に、見慣れた顔が!
ヤング・ニールと今日から合流した彼の弟であった。
パブの外で飲んでいた彼らと乾杯し、今後の予定について話す。彼らはこのあと先に進む一方、私たちはここに一泊するということで、おそらくもうC2Cのルート上で会うことはないだろう。C2Cを歩き出して、2日目から幾度と出会ってきた彼ともついにお別れするのは寂しいものがあった。連絡先を交換し、お互い、ゴールしたら写真を送り合おうね! と約束し、健闘を願い合った。
食事を終え、腹ごなしに外に出ると、地平線の上に夕陽が沈もうとしていた。
繰り返しになるが、そもそもテントポールが壊れていなければ、ここに宿泊予約はダメ元でも入れていなかった。人生、何が功を奏するかわからない。夕陽を見つめながら感謝の気持ちで手を合わせた。
(実際に歩いた距離15.1km、万歩計23,657歩)
写真・文/YURIKO NAKAO
プロフィール
中尾由里子
東京生まれ。4歳より父親の仕事の都合で米国のニューヨーク、テキサスで計7年過ごし、高校、大学とそれぞれ1年間コネチカットとワシントンで学生生活を送る。学生時代、バックパッカーとして世界を旅する。中でも、故星野道夫カメラマンの写真と思想に共鳴し、単独でアラスカに行き、キャンプをしながら大自然を撮影したことがきっかけになり、カメラマンになることを志す。青山学院大学卒業後、新卒でロイター通信社に入社し、英文記者、テレビレポーターを経て、2002年、念願であった写真部に異動。報道カメラマンとして国内外でニュース、スポーツ、ネイチャー、エンターテイメント、ドキュメンタリーなど様々な分野の撮影に携わる。休みともなればシーカヤック、テレマーク、ロードバイク、登山、キャンプなどに明け暮れた。2013年より独立し、フリーランスのカメラマンとして現在は外国通信社、新聞社、雑誌、インターネット媒体、政府機関、大使館、大手自動車メイカーやアウトドアブランドなどから依頼される写真と動画撮影の仕事と平行し、「自然とのつながり」、「見えない大切な世界」をテーマとした撮影活動を行なっている。2017年5月よりオランダに在住。
好きな言葉「Sense of Wonder」
2016 Sienna International Photography Awards (SIPA) Nature photo 部門 ファイナリスト
2017 ペルー大使館で個展「パチャママー母なる大地」を開催。