他の国とは大きく違う、ブータン旅事情
「幸せの国・ブータン」
そのフレーズとともに、ブータンの名が日本に広く知れ渡るコトになったのは、たぶん、2011年。5代目ブータン国王とその王妃が、結婚後初の外遊として日本を訪れた時じゃないだろうか? ニュースでも頻繁に取り上げられ、ブータン関連の書籍も多く出た頃だと記憶している。
私が初めてブータンを知ったのは、更にその前の2000年頃。1970年代まで鎖国していた国だと聴き、つい最近まで鎖国していた国があるなんて! と、興味がフツフツと湧いたのだ。外からの影響を受けることなく、どのような暮らしをされているのだろう? と。
だが、しかし、ブータンを旅するには1人あたり240ドル前後/日の公定料金なるものを出発前にドカンと一括で支払わなければならない。旅中のドリンクや土産物以外の料金がすべて含まれているので、現地へほとんど現金を持って行かなくて良いのは助かるものの、一週間行こうと思うと一人当たりゆうに30万円は越える。しかも、ブータンの空港に到着してから、ブータンを出国するまでの間、ずーっと現地のガイドが付き添わなければならないと決められているのだ(ただし、インドの人は単独でok)。
ひとり旅好きには、これまたハードルが高い。いつか、ガイドなしでもウロウロできる日が来るだろうと思っていた。が、ブータンを思い続けて早20年。結局、それは変わることがなかった。
そんな時だ。ブータンをメインで撮り続けている写真家であり『ブータンの笑顔』(径書房刊)著者の関健作さんとお会いしたのは。関さんは、青年海外協力隊として、ブータンの小中学で3年間、体育教師をしていた経験を持つ。ブータンの国語であるゾンガ語もペラペラだ。その関さんがブータンツアーをすると言うではないか。どっちにしろ、ガイドを付けないと旅行ができないのなら、日本人としてブータンを知り尽くしている関さんのツアーに参加するのもありかもしれないと思ったのだった。
電気よりもツルを選んだ村
今回のブータン旅のメインのひとつは、ブータン中央部付近にあるポプジカ谷の奥の奥、タンチェ村のジャガイモ農家さん宅で3泊4日過ごすコトだ。
「ポプジカ谷には電線がないんです。冬になったら飛来するオグロヅルのために。電気よりもツルを選んだ村なんですよ」
谷に差し掛かった時、ガイドのプブさんから説明があった。ポプジカ谷は湿地の保存に関する国際条約である“ラムサール条約”にも登録されている。秋から冬にかけては、絶滅危惧種であるオグロヅルがやって来ることでも知られている。オグロヅルは、世界に5000羽ほどしかおらず、そのうち200〜500羽ほどがポプジカ谷にやって来るのだと言う。
※ポプジカにあるRSPN(王立自然保護協会)のインフォメーションセンターには、ケガをしたオグロヅルが1羽、保護されている
自分たちの便利さよりも、ツルが電線に引っかからないようにと考えるブータン人のマインドには本当に頭が上がらない。ちなみに、現在は地中に電線が埋められているので、村内に電気は通っている。
ブータンの農家さんで民泊
タンチェ村に近づくに連れて、頬にあたる心地よい風が、さらにやわらかな風になる。広い広い青空の下、ダルシンと呼ばれる死者を弔う108本の白い旗がはためいている。眼下には緑の谷が広がり、その間を細い川が流れ、ザワワ……サワワ……と、心安らぐ音を奏でている。
村に入ったのは夕方だった。車が通る横を牛たちが1列になって我が家に向けて歩いている。家々が近づくにつれ、舗装されていない細い道には牛の糞が次第に増えていく。下校途中の子どもたちは、男の子は「ゴ」、女の子は「キラ」と呼ばれる民俗衣装を着用し、足元はブルーの長靴で統一されている。糞対策か? 保育園ぐらいの子どもたちは、家に帰って来た牛たちにつかまって戯れている。いつものコトなのか、牛たちはされるがまんま。我関せずだ。その景色だけで、自然と人間が共存しているコトが見てとれる。今の日本では、なかなか考えられない光景だ。かつては日本にもあった景色なのだろうけれど。
お世話になる家は、牛が入って来ないように積まれた石垣の壁を超えた中にある。1階はジャガイモ倉庫で、2階が住まいだ。入口前は、広いウッドデッキになっていて、洗濯物を干す場所にもなっていた。
入るとそこはすぐに広い居間でキッチンも同じスペースにある。その中央には薪ストーブが一台。訪れたのは8月下旬。標高が高いせいか、昼間は暑く、朝晩はグッと冷え込む。日本の秋ぐらいか。
薪ストーブの上では、大きな銀色のやかんで常にお湯が沸かされている。日本では、とりあえず客人に緑茶などの茶を出すのと同じように、タンチェ村をはじめブータンでは、ミルクティーとそれに浸して食べる少し固めのクッキー等が頻繁に出てくる。床に座り、みんなでそれを頂く。
部屋中には、けっこうな量のハエが飛び交う。ハエ取りリボンを振り回せば、テープ全面に大量のハエをGETできるのは間違いない。時折、誤って、熱々のミルクティーの中へ落ちてしまうハエもいる。そこは、殺生をしないブータン人。ミルクティーの中から、指でそっとハエをすくい上げ、フーフーと自分の息で羽根を乾かしてやり、窓辺にそっと置いてやるのだ。
「先祖の生まれ変わりかもしれないし、もしくは、自分は来世、ハエに生まれ変わるかもしれないから」
“輪廻転生を信じる”とは、ココまでしてから語るモノなのだと、心底感嘆してしまった。
殺生をしない国・ブータン。魚釣りも禁止だという。国内に多くの川が流れ、たくさんの川魚があふれているにも関わらずだ。「罪なコト(=殺生)はしない」。日本の「罪」とは遥かに違う。生命あるモノすべてが対象だ。「人間」って、自然界に生きる一種族の動物にすぎないんだなぁと、改めて感じた夜だった。
データ
今回のブータンツアーの主催者
関健作 (カメラマン)
https://www.kensakuseki-photoworks.com/
GNHトラベル&サービス
https://gnhtravel.com/