沖縄は琉球の時代より、織物が盛んな地域です。日本本土・中国・東アジアに囲まれ、諸外国との交易を通じて、独自の文化が育まれてきました。現在、沖縄において国指定の伝統的工芸品は16品目あり、その半数以上が各地域に伝わる織物。
そこで今回はそんな沖縄、宮古島で織物工房を営む石嶺香織さんのお話をお届けします。石嶺さんは4人のお子さんを育てるかたわら、自身の工房「染織工房 timpab−天の蛇−」のオーナーをされています。織物をはじめたきっかけや織物の魅力、仕事にかける想いまで、いろいろなお話を伺ってきました。
「手仕事はいろいろな工程があるので、多くの仕事を作れる」
20代前半は大阪で福祉関係の仕事に就いていた石嶺さん。障がいがある方のサポートをするなかで、手仕事に興味を持つようになったという。
「福祉の仕事をしていた時に、障がい者の方々が描いた絵をTシャツにプリントして販売する取り組みをしていました。オーガニックコットンの生地を取り入れるなど、自分なりに工夫をしていましたが、基本的に絵を描く以外は外注だったんです。
もしこれが手仕事であれば、デザインだけでなく糸を作ったり、染めたり、生地を織ったりといろいろな工程があって、それだけ多くの仕事を作れるのではと考えていました」
織物の行程は、糸の原料となる植物を育て、そこから糸を紡ぎ、糸に模様をつけるために絣(かすり)をくくり、糸を染める。さらにできた糸で織り、それを製品にしていく。1つの作品を仕上げるだけでも複数の作業が発生する。さらに織物はデザインやアートの側面を持つため、創造力も欠かせない。
そんなクリエイティブな手仕事に惹かれ、石嶺さんは一念発起して織物の世界に飛び込んだ。最初は熊本の個人工房に見習で入り、その後この宮古島に移り住む。宮古島に来て10年あまりが経過した現在では、自身が主催する工房のオーナーだ。
宮古上布と宮古織
宮古島の伝統工芸品「宮古上布」をご存じだろうか。宮古上布は、経糸・緯糸ともに手績みの苧麻糸(ちょまいと)から作られる歴史深い織物。その起源は16世紀までさかのぼり、昭和53年には国の重要無形文化財に指定された。
十字絣(じゅうじがすり)と呼ばれる細かい模様が特徴で、それはそれは精巧に作られる。それゆえに1反(約12.5メートル)織るのに1年以上かかることもあるという。デパートなどで売られている宮古上布の着物は、数百万円するものも少なくない。
「手作りですべておこなうとどうしても時間がかかるので、高価格にならざるをえない。一般の人が手にするのはなかなか難しいかもしれません」、と石嶺さんは言う。
そして、織物をより手軽なものにしようと生まれたのが「宮古織」だ。宮古織は経糸が綿、緯糸が麻(ラミー)で作られる。既製品の糸を使って織られるため、織物をより身近なものとして楽しめる。価格も宮古上布に比べるとお手頃だ。
草木染めで宮古織に特徴を持たせる
「ただ、名前は「宮古織」というのですが、織り方や素材など“宮古島特有”の製法があるわけではありません。なので、私はもっと宮古島らしさを宮古織に取り入れたいと思い、草木染めで宮古織りの作品を作っています」
草木染めで宮古織をやっている人は、島内を見回してもほとんどいない。宮古の特徴を出しながら、事業として成り立たせるために付加価値をつける試みをしているということだ。
ところで、「草木染め」という言葉。耳にしたことはあるが、どうやって作られているのかよく知らない方も多いと思う。かくいう私もその一人。石嶺さんに、どうやって染めているのかを聞いてみた。
「草木染めではガジュマル、フクギ、レモングラスなど、宮古島によくある植物たちを使っています。染めの行程は、植物の根っこや葉を煮出すところから始まります。煮出していると色素が水に溶けだしてくるので、その染液に糸を浸してまた煮出します。その後、媒染といって、金属と反応させて色を繊維に定着させます。
同じ植物を使っていても、染める回数によって色の濃さ、風合いは違ってきます。一連の作業は1日1回しかできないので、数回染めるとそれだけでも数日かかるんですよ」
染める工程だけでも大変な作業だ。だが、使う植物、染める回数、染め方などによって表現できる色合いが異なるので、難しくもありそのぶん奥深い。石嶺さんの作品は、色鮮やかで華やかな一方、やさしい雰囲気を持つ。これもセンスと経験と勘がなせる業だろう。
織物の魅力とは
衣食住は大切だ。これは誰もが知っている自明の理であるが、本当にそうであろうか。「食」の分野ではオーガニックや家庭菜園など、より自然的なものに注目が集まっている。「住」もDIYやセルフビルドなどに興味を持つ人が増えている。
さて、「衣」はどうか。いまあなたが着ているTシャツ、ズボン、下着がどこでどのように作られたのか、知っている方は少ないと思う。スーパーでは「どこでつくられた野菜なのか」「どこ産のお肉なのか」を気にするのに、こと洋服となるとその意識が薄れてしまう。
「布は自分たちが当たり前に使っているのに、実はそれについてあまりくわしく知りません。でも、知っている方がより楽しいし、愛着もわくし、大事にする。
モノを大切にしなさいと言うけれど、どうやって作られているのかを知らないより、知っていたほうがピンときますよね。織るだけではなく、食育のように子どもたちにも布の成り立ちを伝えていきたいと思っています。最近では、子どもたち向けに『綿から作る糸紡ぎ体験』を工房で開催しています」
工業製品もいいのだが、一方で手作りにしかない魅力・価値がある。たとえば、染織工房 timpabの「織衣−origoromo−」というシリーズは、直線にしか反物を切らない。曲線に布を切るとどうしても端切れが出てしまうが、真っ直ぐに切ることで無駄になる布を最小限に抑えることができる。
「直線だけだとデザインは限定されますが、 “反物を極力裁断しない”というコンセプトに取り組んでいます。そういう発想も手織りだから生まれてくるんだと思うんです。昔の民族衣装も布を切らずに、自由に使ったりしますよね。1枚の布を、結んだり巻いたり」
石嶺さんは、そのほかにもおもしろい取り組みをしている。たとえば、知り合いの刺繍作家の方から刺繍をするときに余った糸をもらい、その糸を生地に織り込む。それがデザインのアクセントになるのだ。これも手仕事だからこそ生み出せる、新たな価値である。
「織物のすそ野を広げて、新しい仕事をどんどん作っていきたい」
「宮古島はいま開発ラッシュで、生活のために土木の仕事や県外資本のチェーン店などで働く人が増えています。でも、自分たちが持っている資源を使って仕事ができれば、幸せになれる人が一人でも増えていくのでは…と思っています。私の仕事がその一助になればと。一気にひっくり返すのは難しいかもしれないけども、できることを少しずつやっていきたいです」
洋服だけでなく、名刺入れやかごバック、三線の胴巻きにいたるまで、いまでは幅広いラインナップを展開する「染織工房 timpab−天の蛇−」。京都の刺繍作家「みるまに」とコラボしたがま口やアクセサリーなど、ほかの職人やアーティストと協業した新たな商品開発にも余念がない。
「すそ野を広げながら、新しい仕事をどんどんつくっていければいいなと思っています。いまは私一人でやっていますが、将来的には織り手を増やしたいとも考えています。
草木染めの宮古織を通じて、自然の恩恵を受けながら、同時にそれを大事にする。そんな生活スタイル、仕事のありかたをこれからも実践、提案していきたいです」
農業の6次化と言われて久しいが、「衣」の分野でもそういった動きがこれからも増えていくのかもしれない。手仕事、織物に興味がある方は、ぜひ一度宮古島にある工房を訪ねてみてはいかがだろうか。
写真/上宮田里紗
【 染織工房 timpab−天の蛇− 】
TEL:080-6490-1770
住所:〒906-0007 沖縄県宮古島市平良字東仲宗根561-7
営業時間:金・土 13:00~17:00(営業日以外も事前予約にて対応可)
HP:https://timpab.amebaownd.com/
オンラインショップ:https://timpab.shopselect.net/
Instagram:https://www.instagram.com/timpab.miyako/
Facebook:https://www.facebook.com/timpab.miyako/