若い頃から旅が好きで、気がつくとアウトドアのライターを仕事にしていた。僕に人生哲学のようなものがあるとしたら、その多くは旅の経験から学んだものなので、いま9歳の息子にもできるだけ旅をさせたいと思っている。
なので、5歳の頃に東京の西の自宅から秋川渓谷のキャンプ場までプチ自転車旅行をしたことを皮切りに、北アルプスに登ったり、三浦半島一周のバイクパッキングをしたり、丹沢の麓まで自転車で行って塔ノ岳に登ったり、これまでもちょっとした冒険旅行に連れ出してきた。
今回、東京都福生市に新しくできた『The TINY INN』というアメリカで話題のタイニーハウスを活用したモバイルホテルに泊まってみようと、彼とのプチ冒険旅行の行き先を福生に決めた。
出発は東京都の東大和市と埼玉県の所沢市に挟まれた多摩湖。その駐車場にクルマを置いて、サイクリングロードを繋いで福生を目指す。
多摩湖畔のワイディングロードは爽快なライディングが楽しめるし、そこから少し下るとトロッコ列車の線路跡に作られた自転車トンネル群があったり、 福生の横田基地周辺では独特のヌケの良さや異国情緒が味わえたり、短いながらもバラエティに富んだルートのはずだ。息子も楽しんでもらえるとよいけど。
多摩湖を出発して、福生をめざす!
多摩湖に隣接する狭山公園の駐車場にクルマを置き、朝の9時半に出発した。多摩湖沿いのサイクリングロードには息子の犀(さい)も何度か連れて来ているので、勝手を知っているせいか調子に乗っていきなりビュンビュン飛ばしている。何年か前とはペダリングや操縦も見違えるようで、子供の成長の早さをあらためて思う。
多摩湖のサイクリングロードを数キロほど快調に走り、青梅街道に下った。東京都とは思えないのどかな風景の生活道路に入ってしばらく行くと、小さなトンネルの入り口が見えてきた。ここから始まる「野山北公園自転車道」はダム湖である多摩湖・狭山湖を建造する際に敷かれた資材や土砂を運ぶトロッコ列車の線路跡に作られたサイクリングロードで、とくに武蔵野の面影を残す谷戸を縫うように通されたこのトンネル群は、知る人ぞ知る奇景スポットなのだ。
トンネルに入った瞬間、犀は「ワー!」っと大声をあげて反響を楽しんでいる。ひとつトンネ ルを抜けるとまたトンネルが現れ、抜けるとまたトンネルが現れた。トンネルで谷戸を越えると雰囲気も変わり、小さなトンネルは異世界への入り口みたいで、思わず気分が盛り上がる。
トンネルを抜けるとはあたりは閑静な住宅地に変わり、しばらく行くとサイクリングロードの終点に辿り着いた。住宅街の向こうに横田基地の施設が見えたのでそちらに向かうと、基地沿いの道には望遠レンズを抱えたおじさんたちが鈴なりになっていた。どうやらこれから米軍機が離陸するらしい。「これからあの輸送機が離陸するよ!」とひとりのおじさん。さっそくフェンスに張り付く犀。
大型旅客機よりも巨大な鼠色の軍用輸送機が滑走路をゆっくりと旋回しながらやって来た。目の前で一瞬、力を貯めるように止まると、ジェットエンジンの轟音を響かせながら離陸していった。 思わずふたりで「おおー!」と叫ぶ。この興奮、ママと妹にはわかるまい。
福生に到着!国道16号線沿いの商店街は個性的なスポットばかり
基地の周囲をぐるりとまわり、いよいよ福生市に足を踏み入れた。横田基地に沿ってのびる国道16号線には異国情緒を感じさせる雑多で多種多様なお店が立ち並んでいて、いつも通るたびにワクワクする。そういえば、このあたりに住んでみようかと物件を探してみたこともあったな。 この街でひと夏を過ごしたらどんな気分なのか、いまでもすこし気になる。
横田基地に沿って伸びる国道16号線には多くの個性的な店が軒を並べている。
16号沿いの家具屋『DECO DEMODE』も広々とした店内にアメリカ製のパブリックファニチャーやメディカルファニチャー、リノベーション用の建材までが並ぶ老舗店だ。
DECO DEMODE
【住所】東京都福生市福生2351
【電話番号】042-552-6274
【営業時間】11:00~20:00(年中無休)
https://www.demode-furniture.net/deco/shop/
16号線沿いには『フレンドシップパーク』という名の公園もあり、公園に差し掛かると、「ちょっととまっていい?」と犀。遊具で遊びたいらしい。朝から自転車でずっと走っていても、面白そうなものを見つけると思わず体が動いてしまう年頃なのだ。
個性派揃いの16号線沿いの店のなかでも、ひと際雑多な雰囲気を放つ『夕陽のTシャツ』というセレクトショップに入ってみた。店内には古着やアンティーク、アメカジやストリートスタイルのアパレルや雑貨が所狭しと並び、すこし懐かしい気分になる。
そういえば10代の頃、僕にとってこういう店は音楽や文学や映画など、様々なカルチャーへの 入り口だった。僕が旅に出たいと思ったのも、そこで出会ったものに植え付けられた影響が大きかったのかもしれない。物珍しそうに店内を見てまわる犀も今年で10歳だから、だんだんそんな多感な時代が始まるというわけだ。彼もこれから様々なカルチャーに出会い、たくさんの何かに夢中になっていくんだろう。
夕陽のTシャツ
【住所】東京都福生市福生2215-1F
【電話番号】042-530-3005
【営業時間】12:00~21:00(土・日11:00~20:00)(年中無休)
http://yuhitee.com/
お昼は『ニコラ』のピザと決めていた。かつて六本木にあった一号店が日本最初のピッツェリアだったという『ニコラ』は福生の老舗的な存在で、広々とした店内は多くの客で賑わい、地域でこの店がずっと愛され続けていることがよくわかる。
ゴーダチーズがたっぷり乗ったピザはシンプルだけど他では食べたことのない味で、犀はシーフードのピザを夢中で頬張りながら「シーフードが生まれてはじめておいしいと思った!」と言っていた。
ニコラ横田本店
【住所】東京都福生市福生2402
【電話番号】042-551-0707
【営業時間】 11:00~23:00(火曜定休)
http://pizza-nicola.com/
有形文化財「田村酒造場」で武蔵野の原風景を見る
午後は16号線から少し足を伸ばして多摩川へと向かうと、古めかしい煙突の下に大きな蔵がいくつも立つ酒蔵が見えてきた。1822年創業の田村酒造場は多摩の者なら知らぬモノはいない (?)「まぼろしの酒」と呼ばれる『嘉泉』の蔵元で、僕自身の趣味としてここで酒蔵見学を旅の計画に入れ込んでいたのである。
はじめはまったく興味のなさそうだった犀も、それぞれ200年前や100年前に建てられた酒蔵の静謐な雰囲気に飲まれて、なぜか僕のスマートホンであたりの写真を撮りまくっている。それもそのはずで、田村酒造場の酒蔵や石垣は国の有形文化財に指定されているのだという。
かつての水車小屋や雑蔵が立ち並び、まさに武蔵野の原風景といった趣を持つ庭を案内してくれながら、田村酒造場の吉原さんはこんなふうに言っていた。
「この景色も酒づくりも、先人から受け継いできたものを守ってゆくことはうちの大事な仕事だと思っています」
田村酒造場
【住所】東京都福生市福生626
【電話番号】042-551-0003
【営業時間】8:30~17:00 (日・祝・月曜定休)
蔵見学は12月・1月以外、随時開催(要予約・10名以上)
http://www.seishu-kasen.com/
自然豊かな多摩川サイクリングロードを堪能
田村酒造場をあとにして、多摩川のサイクリングロードを経由して福生市街へと帰ろうとすると、またも「ちょっとストップ!」と犀。河原で遊んでいきたいらしい。引っ越ししてしまったけれど以前は多摩川が流れる街に住んでいたので、僕にとっても犀にとっても多摩川は馴染みの場所だった。
堤防の上に立つと、多摩地区でもなかなか拝めない広々とした景色が見渡せて、やっぱり気分が清々する。僕のように多摩で生まれ育った人間の心の川ナンバーワンは、やっぱり多摩川だ。
まるでアメリカ西海岸の街角のような『DELTA EAST』と『The TINY INN』
午後の3時過ぎ、ようやく目的地の『The TINY INN』に到着した。フードトラックやデッキ、ミニスケートランプなどを設置した『DELTA EAST』と呼ばれる新施設の一角にあり、『The TINY INN』はアメリカのトレーラーを「モバイルホテル」としてデザインしたものだった。
フードトラックにはアメリカンスタイルのピザやクラフトビール、ハンドドリップコーヒーやバインミーを提供するものもあり、グラフィカルなサインペインティングが施されたフードトラックが立ち並ぶ姿は、まさにアメリカそのもの。基地が近いこともあり、このときも基地関係者と思わしき外国人が次々とやって来ては、デッキのテーブルで談笑しながらピザやビールを楽しんでいた。
犀はといえばミニスケートランプに大興奮して、ボードもないのにグルグルまわったりジャンプしたり、ずっと走り回っていた。『The TINY INN』もすっかり気に入った様子で、「ここに住みたい」と言いだす始末。
夜になると『DELTA EAST』はライトアップされ、いっそう異国情緒……というか異世界感が増した。ふたりで散歩に出かけると、自宅からそう遠くない福生とはいえ泊まっているという事実が感覚を変えるのか、何度も来たことのある福生もいつもとまったく違く見えた。モバイルホテルで父と過ごした風変わりな夜を、犀はどんなふうに思い出すのだろう?
The TINY INN
【住所】東京都福生市福生1990-1 DELTA EAST
【宿泊料金】(宿泊のみ)※一人あたりの料金
■通常料金(最大2名まで) 平日・3,500円/人 休日・15,000円/人
■ハイシーズン料金(最大2名まで) 平日・5,500円/人 休日・20,000円/人
https://www.tinyinn.jp
翌日も同じ道を辿って多摩湖まで帰り、1泊2日のプチ旅行は終わった。東京都内でのたった 30kmの自転車旅とはいえ、湖あり、里山あり、トンネルあり、異国情緒あり、酒蔵ありと、バラエティに富んだ景色に触れることができて、我ながら驚いた。
感想を犀にたずねると、「ひとことで言うとね、最高だった!」という答え。もっと気の利いた表現はないのかと文章を生業とする父などは思うが、まあ仕方ない。今日の経験が彼のなかでつぼみとなり、ある日あるとき何かの形で咲いてくれたなら、父はとても嬉しい。
撮影/sumi☆photo
~NATURE TOKYO EXPERIENCEとは~
豊かな山々に囲まれた多摩、青空と海が広がる島々。日本の中心都市の顔とはちがった、“東京の自然”という今までにない魅力を感じることができる多摩・島しょエリアに着目し、体験型・交流型の新たなツーリズムを開発する事業を応援するプロジェクト。https://www.naturetokyoexperience.com/
協力/公益財団法人東京観光財団