気鋭の写真家としての活躍のかたわら、『REGENBOGEN』という小さな旅の写真集シリーズを個人で制作し続けている角田明子さん。インタビューの後編では、その『REGENBOGEN』シリーズ最新刊の取材のために訪れたタイ北部の街チェンマイの魅力や、旅の写真によって伝えていきたいと感じていることなどについてお話を伺いました。
——角田さんがチェンマイに興味を持つきっかけになったのは、チェンマイ郊外の孤児院「バーンロムサイ」のスタッフの方が作った、山岳民族のテキスタイルを使った財布だったとおっしゃっていましたが、そのバーンロムサイの施設にも行かれたんですか?
角田明子さん(以下角田):行きました。バーンロムサイでは、敷地の隣に「hoshihana village(ほしはなヴィレッジ)」という宿泊施設を運営されていて、映画「プール」の舞台にもなった素敵な場所なんですけど、魅力的な分とても人気で、ロイクラトンの時期は予約が取れませんでした。それで泊まるのはあきらめたんですが、今回私たちの旅に協力してくれた知人が、「バーンロムサイさんに連絡できるから、とりあえず行って見学させてもらおうよ」と、繋げてくれたんです。そうしたら、施設の中をいろいろ案内していただいて、子供たちにも会わせてもらえて。HIVに母子感染した孤児たちを保護する施設ということで、設立当初はなかなか地元の理解が得られなくて大変だったそうなんですが、だんだん軌道に乗ってきたというお話を伺って。本当にきちんとした活動をされている団体でしたね。
バーンロムサイ
http://www.banromsai.jp/
——チェンマイに興味をお持ちになったきっかけが旅の中での取材にもつながって、得難い経験になりましたね。山岳民族の村には?
角田:カレン族の村で、天然の藍染めと黒檀染めのワークショップをされている方がいて、そのワークショップを見学させていただきに行きました。ご家族でやってらっしゃって、その日は息子さんが藍染や織物の歴史をいろいろ教えてくれて、こうやって染めるんだよと実演して見せてくれました。綿を紡いでいるところとか、それを染めていく工程とか。ほかの山岳民族の村も巡って、すごく細かな刺繍をおばあさんがやってらっしゃるのも拝見しました。『REGENBOGEN』ではその国のライフスタイルとハンドクラフトを紹介するというテーマがあるので、実際に見せていただけてよかったです。やっぱり、素敵なものに魅力を感じるのは、それを作っている方の思いがこもっているからだと思うので。
——ものづくりという視点で見ると、今までに『REGENBOGEN』で取材してきた他の国々と相通じる部分はあるでしょうか。
角田:これはマイナスな話ですけど、どこの国でも言われるのが、作り手が減ってきているということです。現地で暮らす若い人たちは、伝統的なものづくりの良さや大切さに気付いていないことも多いんですよね。あまりにも身近すぎて、古臭いものだと思ってしまって。そこに、私たちのような外部の人間から注目されることで、「このものづくりは実はとても素敵な仕事なんだ」と現地の人たちが気付いてそれを守り続けてくれたらいいな、と。藍染も刺繍も、本当に魅力的なんです。この色使いや模様はいったいどうやって生まれるんだろう、と感動しました。
——他に、村ではどんな体験をされたんですか?
角田:おひるごはんに、カレン族の方々が普段食べてらっしゃるのと同じものをごちそうになりました。全部おいしかったです。素材そのままの味がして。たまに舌がしびれましたけど。
——え? 舌が?
角田:何かの草を茹でたものがあって、それを食べたら舌がしびれちゃって。びっくりしました(笑)。でも、余ったごはんを葉っぱで包んでおみやげに持たせてくださったり、すごくアットホームなおうちでしたね。あと、畑でちょうど麦や落花生の収穫作業をしていて、その様子を見せていただいたりもしました。
——農作業の取材って、お仕事でも今まであまりされてなかったんじゃないですか?
角田:割と衝撃的でしたね。脱穀作業で、束ねた麦を振り上げて、バンバン叩いてて。落花生も叩いてて。その様子を動画でも撮ったんですけど。
——叩いてるの、何だかかわいいですね。
角田:見ていて、すごく面白くって。こんな風にやってたんだなあと。
——旅を終えてみて、チェンマイにはどんな印象を持ちました?
角田:人に対するやさしさ、柔らかさを感じましたね。いろんな場面で、たとえば挨拶をする時でも、すっと笑顔が入ってくる感じなんです。田舎だからかもしれないけど、特にそれが印象的に感じました。チェンマイの街には、かわいらしさを感じましたね。「かわいい」も私の旅のテーマの一つなので、そこはすごくフィットしたと思います。
——具体的に、どんなかわいさですか?
角田:えっ、何だろう? 説明するのが難しいですね。ほんとにちょっとしたことなんですよ。街の様子、乗り物、ごはんとか、着ているもの、民族衣裳もそうですし、市場でよく見かける雑貨や刺繍とか……ファンシーなかわいさではないですね。落ち着いてるというか、ちょっと懐かしいというか。街はカラフルで、お寺もカラフルで、色がよかったです。キンキラキンなのに成金っぽくなくて、ちゃんと信仰に裏付けられている感じがしました。
——初めてのチェンマイ、いい旅になったんですね。
角田:本当にミーハーな旅です。それが写真に出てくれるといいなと思っています。私自身がストイックな人間ではないのもいいのかなと。ストイックになってしまったら、写真も変わってしまうと思うんです。誰もが驚いてのけぞっちゃうようなすごい写真は、ストイックな写真家の方々が専門にされているお仕事なので。私はまた違う分野の、私ならではの、旅のスペシャリストの方々とは違う旅をしたいです。
——そういう向き合い方だからこそ、撮れる写真、伝えられることって、たくさんあるんじゃないでしょうか。
角田:最近、海外での紛争やテロなどの影響で、外国を旅する若い人たちが減っていると言われてますよね。でも、実際に行ってみなければわからないその国のよさとか、逆に離れたことで理解できる日本のよさとか、たくさんあるはずなんです。ニュースやネットだけで知る海外の情報より、自分自身で海外に行って、いろんな国の人たちと接してそのやさしさや魅力を感じる人が増えれば、世界はどんどん良くなると思うんですよ。私自身、自分の子供たちに「お母さん、この国に行ったけど、すごくいいところだったよ」と話すだけで、子供たちにはその国に対する印象がよくなりますし。一人のカメラマンの小さな活動ですけど、自分の写真が、誰かが世界に行くきっかけになれば、と思っています。
——『REGENBOGEN』を読んで、実際にその国に行きました!という話を読者の方から聞くと……。
角田:それは本当にうれしいですよね! ほんのちょっとだけ工夫して、ワンステップ踏み込めば、こんなより素敵な出会いもいっぱいあるよ、と知ってほしいです。私自身も楽しんでいます。行きたいところ、いっぱいいっぱいありますから。
——これからも、角田さんならではの瑞々しい視点で切り取られた、いろんな場所への旅の写真を拝見できるのを楽しみにしています。ありがとうございました!
角田明子 Akiko Tsunoda
1976年、東京生まれ。多摩美術大学グラフィックデザイン科卒業。フリーランスのフォトグラファーとして広告、雑誌や書籍、CDジャケット、写真展開催など、さまざまな分野で活躍している。2012年から刊行している写真集『REGENBOGEN』シリーズでは、より現地の暮らしや文化に触れることができる、スーツケースでも行ける気軽で魅力的な世界への旅を提案している。2016年春に『REGENBOGEN』の最新刊となるタイ・チェンマイ編を刊行予定。
http://www.akikotsunoda.com/
http://tsunoakko.blogspot.jp/
聞き手:山本高樹 Takaki Yamamoto
著述家・編集者・写真家。インド北部のラダック地方の取材がライフワーク。2016年3月下旬に著書『ラダックの風息 空の果てで暮らした日々[新装版]』を雷鳥社より刊行予定。
http://ymtk.jp/ladakh/