ローカルに根づいたクラフトビールを紹介していくローカル×クラフトビール。そのビールは町の何を伝えているのだろうか。町の中でどんな役割をしているのだろうか。コロナ禍の逆風に吹かれるクラフトブルワリーも多い。取材もオンラインで行なっていることをおことわりしておく。第2回は長野県野沢温泉のAJB Co.を取り上げる。
極上の雪とアットホームな野沢温泉に一目惚れ
AJB Co.とはAnglo Japanese Brewing Companyの略。イギリス人のリヴシー・トーマスさんと、日本人の絵美子さんの夫婦が、2014年、長野県の野沢温泉にクラフトビールブルワリーを開いた。今回、絵美子さんにインタビューした。
トーマスさんはイギリスのほぼ中央部に位置するダービシャー(Derbyshire)の出身。イギリスといえばエールの本場。トーマスさんは若いころに醸造を経験している。絵美子さんは東京の出身。外資系の金融会社に勤務し、転勤先のロンドンでトーマスさんと知り合った。
2010年の冬。トーマスさんの初来日の地が野沢温泉だった。スノボをしようと、日本のスキー場を念入りに調べ、雪質がよく、かつ伝統的なスキー場を探し、選んだのが野沢温泉スキー場だった。今ほどインバウンドが盛んではなかった時代である。日本語がほとんどわからない中、ひとりで泊まった民宿のアットホームな雰囲気、温泉もパウダースノーも極上。すっかり惚れ込んだ。
2012年、住むならカントリーサイドと決めていたリヴシーさんたちは、野沢温泉へ移住してきた。仕事は住みながら考えようと思っていた。ふたりとも食べるのも飲むのも大好きだが、まさかここでブルワリーを開くことになろうとは思っていなかったと言う。
「はじめは地元の方に一升瓶を持ってあいさつに行き、畑を借りて、有機野菜を作ったり、日本中の食材とお酒を集め、海外からシェフを招き、料理とお酒のマッチングを楽しむディナーイベントを開いたり」
そこで気づいたのは、料理に合わせるビールのバリエーションの少なさだった。
2012年当時、日本のクラフトビール界の様子は今とはだいぶ違う。クラフトビールという言葉も、さほど行き渡っていない時代。野沢温泉ではなおさらだ。エールの本場から来たトーマスさんにとって日本のビールは物足りなかったことだろう。
美味しいエールが恋しい
野沢温泉にクラフトブルワリーはなかった。一番近くて、志賀高原ビールだ。かねてから地域に根ざし、野沢の魅力発信につながる事業をしたいと考えていたリヴシー夫妻は、自らのクラフトビールづくりを思い立った。先述のとおり、トーマスさんは醸造の経験も技術を持っている。そこで、村の人たちにも意見を聞いた。
「クラフトビールを立ち上げたいんだけど、どう思う?」と。
村にビールができるなんていいね!ぜひつくって!……たくさんの応援をもらった。
人口4000人の小さな温泉町だ。村長にも、村一番の温泉「大湯」前の常盤屋旅館の支配人にも相談に行った。そして、「大湯」の向かいに建つ空き屋を借り受けることになった。野沢温泉一等地の角地という、最高の立地である。ただ、長らく空き屋だったため、
「もうボロボロでして……。ふたりでスケルトンにして、床を剥がして、ブルワリーのレイアウトを描いて、内装もひとつひとつ自分たちで整えました」
主にトーマスさんの腕によるそうだが、リヴシー夫妻はDIYでブルワリーに改装し、必要な醸造設備を見立てて海外から取り寄せた。
その300Lのタンクを搬入する日のこと。タンクは村の端にある駐車場までトラックで運ばれてきたが、そこからブルワリーまでの道は細すぎてトラックが入れない。そこを助けてくれたのが常盤屋旅館の支配人のお父さん。なんと自前のフォークリフトを運転して、直径1メートルのタンクをひとつずつ、合計8基、ブルワリーまで運んでくれた。イギリス人と東京出身の夫婦が始めた小さなクラフトブルワリーは、小さな町で温かく迎えられた。
ブルワリーには「里武士」という名のタップバーを併設した。スキー場を訪れる観光客や、温泉帰りの人々で里武士はにぎわった。
廃園になった村の保育園をブルワリーに
ブルワリーオープンから2年後の2016年。AJB Co.は事業拡大に踏み切る。大湯の前のブルワリーは40㎡と手狭だったため、広い醸造所を探していた。
村長に相談に行くと、中心地から車で5分ほどのところに、使われていない保育園があるから使ってみないか、と薦められた。少子化で廃園になった村立の保育園が、そのまま残っていた。広さは500平米ほどあり、ブルワリーにするには十分だった。
旧保育園をブルワリーに改造し、リヴシー夫妻が力を入れたのが、バレルエイジドというビールだ。スコッチやバーボンなどウイスキーの木樽(バレル)に入れて、時間をかけて熟成させる。一般的なエールの熟成期間は半月から1か月ほどだが、バレルエイジドビールは1年から3年ほどかけて世に出る。出荷まで時間がかかり、仕上げが難しいこともあり、日本のクラフトビールではごく少数に留まる。ふたりがブルワリー設立当初つくってきた、もっとも好きなビールだ。
コロナ禍に見舞われた2020年。オンラインショップを開いて急場をしのぎながらも、ビールの売上は大幅に減ってしまった。
「2020年は、私たちのブルワリーの今後をじっくり考える時間にもなりました。やはり、私たちの強みは木樽熟成だと確信しました。木樽に加え、日本初となるフーダー樽を導入して2年、だいぶいい感じの樽が増えてきました。これをうまく私たちのシグニチャーとして売り出していきたいですね」
すでに、秩父のイチローズモルトの樽を使った「キングコングニードロップ」や、2年熟成のセゾンビールに野沢のルバーブをブレンドした「ルバーブサンライズ」が国際的なビアコンペティションで金賞を受賞するなど、評価されている。
「木樽は外の空気が出入りしますから、野生菌も入り、ビールに生きています。長期熟成であればあるほど、その時、その土地でなければできない熟成を遂げたビールができるのです」
イギリス・ダービシャー出身のトーマスさんと、東京出身の絵美子さんが野沢温泉にクラフトブルワリーAJB Co.を開いて6年が経つ。野沢温泉の湧き水を使い、野沢温泉にしかいない野生菌の力も借りながら熟成を待つ。2021年は機の熟したバレルエイジドが発売される予定だ。
AJB Co. https://anglojapanesebeer.com (オンラインショップあり)
住所: 長野県下高井郡野沢温泉村豊郷9347