ローカルに根づいたクラフトビールを紹介していくローカル×クラフトビール。そのビールは町の何を伝えているのだろうか。町の中でどんな役割をしているのだろうか。コロナ禍の逆風に吹かれるクラフトブルワリーも多い。取材もオンラインで行なっていることをおことわりしておく。第3回は兵庫県丹波篠山のZIGZAGブルワリーの代表、山取直樹さんにインタビューした。
結婚披露宴の会場に現れたクラフトビールカー
丹波篠山は兵庫県のほぼ中央部の山間地に位置する。その町で生まれ育ったビアマニアが2012年に設立したのがZIGZAGブルワリーだ。紆余曲折を厭わず、試行錯誤しながら前向きに進もう、そんな気持ちからZIGZAGと名づけたという。
2019年の秋、結婚披露宴が行われた住吉神社の境内に、1台のキッチンカーが止まっていた。場違いのような、お祝い気分を盛り上げるような……、そこから出てきたのはビールグラス。ZIGZAGブルワリーの山取さんが運転し、ビールを注ぐ。この日の新郎新婦のために醸造した特別なビールだ。
キッチンカーの名前は「幸せの一杯号」。2020年はこうしたお祝い事やイベントへの出動がもっと増えるはずだったが、コロナ禍によりイベントは軒並み取りやめになり、密を避けるための自粛が続いた。
「趣味のビール」だから妥協がない
山取さんがブルワリーを起こしてから、2021年は10年目になる。家業は新聞販売店。今も2つの仕事を併行している。
クラフトブルワリーを一から立ち上げたブルワーの多くがそうであるように、山取さんも根っからのビール好きだ。日本の酒税法が改正され、発泡酒の醸造が認められるようになった1990年代半ばから日本各地でわき起こった地ビールを楽しみ、いつか自分も造りたいという夢を膨らませるようになった。
ブルワリーの創業には醸造免許が必要だが、これを取得するのに苦労した。酒の醸造には酒税がかかる。よって税務署へ免許申請するのが、これがなかなか下りなかったと話す。
今から10年前、2010年ごろの話である。その頃はまだ「地ビール」という名称がメジャーだった。その地ビールの評判はというと、「高いけれどおいしいビール」と「高いだけのビール」に二極化していた。
京都に接する丹波篠山は古くから京文化を受け継ぐ町並みと、豊かな自然に抱かれた土地だ。都市部でもないが有名観光地でもない土地で、クラフトビールを立ち上げる……。事業計画を説明しても税務署は首を縦に振らない。きちんとした醸造設備を準備する資金はあるのか?醸造の腕は確かか?売れるのか?それらを証明するものを書面で提出しなければならなかった。
山取さんは、地元近辺の飲食店、酒販店、ホテルから病院まで、あらゆる事業者に営業に回った。まだ造ってもいないビールを「できたら買い取ります」という確約書を書いてもらった。全国にちらほらと芽生えていた小規模なクラフトブルワリーに研修に行き、「研修修了証」を一筆書いてもらった。はじめ設備投資に数億円かかると脅された設備費は、先輩クラフトブルワリーの設備を参考に、10分の1まで落とす算段を付けた。
「小規模ビールにとって日の光は見えてきましたが、市場参入には大きい壁がありました」
なんとか免許取得にこぎつけ、2012年、ZIGZAGブルワリーが開業した。家業の新聞販売店の隣に。
山取さんは自分の造るビールを「趣味のビール」と呼ぶ。商売として成立するかわからないブルワリーの醸造免許の取得に、あきらめず注力できたのは、それが「趣味のビール」だったからかもしれない。
「おいしいビールを造りたい、その気持ちがどれだけ強いかだと思います」と山取さんは話す。
ZIGZAGブルワリーのビールは、ひとことでいうならフルボディ。丹波名物の黒豆を副原料に使った「黒豆Imperial IPA」は、IPAでも濃厚な甘みを有する。
「幸せの一杯号」がいる風景をつくる
コロナ禍に見舞われた2020年、都市部でも山間部でもキッチンカーが大活躍した。山取さんが移動車でのクラフトビールの販売を企画したのは、人が集まる場所に自ら販売営業に行くためであり、もともとコロナ禍とは関係ない。しかし「幸せの一杯号」の出動は、当初予想より大きく減ってしまった。計画では、冒頭に紹介したような結婚披露宴や、2019年夏にオープンしたキャンプ場「やまもりサーキット」のバーベキュー場や、野外音楽フェスなどに出動するはずだった。
今後、「幸せの一杯号」が出来たてのおいしいビールを運んでいくためにはどうしたよいのか。山取はさんは「私はビール屋ですから」と言いつつ、人が集まる場所、イベントの企画にも関わっていこうとしている。
たとえば、地域で婚活パーティーを開催してはどうか?市役所の担当部署にそんなアイデアを持って行く。やまもりサーキットでバーベキュー婚活、飲み物はおいしいクラフトビール。それは「いいね!」となるのだが、実際に誰が集客するのか、運営するのかという話になると、なかなかむずかしいのが現状だと言う。
たしかに当面はむずかしいかもしれない。しかし、いいアイデアだ。クラフトブルワリーならでは特別なビール。たとえば、結婚式なら新郎新婦のリクエストに沿ったエールが醸造できる。あるいは新郎新婦の友人からのサブライズエールもできる。オリジナルデザインのラベルも貼れる。とてもいい記念になるだろう。小ロットならではの強みだ。
「個々のストーリーをつくれるのがクラフトビールのよさです。作り手と飲み手が出会える場があって、コミュニケーションしながらつくれるし、飲める。それがクラフトビールだと思っています」
現在、山取さんは時間を見つけてはサックスの練習に余念がない。もともと趣味で吹いていたという。「幸福の一杯号」の出動した先、そこではちょっとしたイベントやパーティーが開かれていることだろう、その雰囲気作りに自らが役に立てたら、という気持ちからだそうだ。
人の集まる場所に、「幸せの一杯号」が停まっている。そんな風景が見られるようになるのはいつだろうか。山と川に囲まれ、アウトドアスポットに恵まれている。「幸せの一杯号」が丹波篠山の、動くアウトドアスポットになる日が来るかもしれない。
ZIGZAGブルワリー http://zigzag-brewery.com(オンラインショップあり)
住所:兵庫県丹波篠山市福住191-1