国立公園に野生のヒツジを探しに行こう!
カナダ、ユーコン準州に棲む野生のヒツジの生息地は、他の動物に比べて特定しやすい。国立公園内では狩猟は行われないので、ヒツジたちの人間に対する警戒心も低いはずだ。ということで、クルアニ国立公園に野生のヒツジを探しに出かけた。
ユーコンのヒツジは…
シンホーンシープ(Thinhorn Sheep)と言う。この種類は毛色によって、さらに3種類に分類できる。白い毛色のドールシープ(Dall Sheep)、灰色の毛色のファニンシープ(Fannin Sheep)、黒に近い茶色い毛色のストーンシープ(Stone Sheep)。どれもシンホーンシープの亜種という分類になる。それぞれ、体高約1.5メートル、体重45〜110キログラム、寿命約14年、雌雄ともに角が生えていて、オスは大きな巻き角を持つ。クルアニ国立公園内の山には、そのうちのドールシープがいる。
ドールシープを探してシープマウンテンを歩く
僕の住むホワイトホースから車で約2時間半、クルアニ国立公園の目的の山の麓に到着した。山の名前はシープマウンテン。名前の通り、ドールシープの生息地として知られている。高い山が多いこの一帯の空は、午前11時頃になってようやく明るくなる。気温はマイナス15度。体を動かしても汗が出にくい、ちょうどいい気温だ。
車を降りて、双眼鏡で斜面を覗く。するとコヨーテの遠吠えが聞こえた。よく探すと、斜面中腹に2頭のコヨーテが見える。コヨーテはドールシープにとって天敵。今日はドールシープは期待できないかもしれないな…。
ハイキング用のトレイルを進む。ところどころドールシープの新しい足跡、糞などがあった。数時間前まではここにいたのかもしれない。しかし、ドールシープはどこにも見られない。やはりコヨーテの遠吠えで逃げてしまったのだろうか?
眺めの良い箇所でお昼休憩。午後1時半、ようやく太陽が完全に稜線から出てきた。再度双眼鏡を覗くと、向かいの斜面にコヨーテが3頭いる。驚かさないように、少し近づいてみよう。
野生のコヨーテを撮影
開けた斜面では、あっという間に見つかって逃げられてしまった。近づくことすらできない。3頭のコヨーテがいた場所まで行ってみると、ドールシープのものらしい古い骨が1本だけ落ちていた。以前コヨーテに狩られたものかもしれない。しばらくしたらコヨーテが戻って来るもしれないから、茂みの陰でしばらく待つことにしよう。
茂みの陰でカメラを構えてじっと待つ。30分くらい待っただろうか? 思いのほか早く、一頭が骨を取りに戻ってきた。雪が舞う斜面を登って、骨を咥えて去っていった。
気が付けばもう午後3時半近い。太陽は随分と低い。そろそろ下山して、ドールシープは次回来た時に期待しよう。
ちなみにこの日は、マイナス40度対応のブーツを履いた。動きを止めた体は、末端から冷えてくる。気温のことだけ気にして、ソールの硬さを考えていなかった。このブーツのソールはとても柔らかい。そのせいで随分と急斜面を歩くのに難儀した。
マックブーツ&スノーシューで再チャレンジ!
約2週間後、改めてシープマウンテンに行ってみると、斜面に7頭がいるのが見えた。驚かさないように登ってみる。この日の気温はマイナス5度。かなり暖かい。
今日はマックブーツを履いて登ることにした。このブーツはゴム製のしっかりしたソールと、それ以外はネオプレーンでできているから動きやすい。前回に比べてかなり歩きやすくなるはず。耐寒はマイナス20度対応。そしてMSRのスノーシューも履く。
雪山を登りメスの群れに遭遇
思ったよりも急な斜面を登る。風上に面した山肌は雪が飛ばされて、岩がほぼ剥き出しになっている。かと思いきや、雪が吹き溜まる小さな谷間は、スノーシューがあっても足が沈むくらい雪深い。
ドールシープたちは山の低い位置にいたおかげで、1時間かからずに、撮影可能な場所まで登ることができた。メスの群れだ。
ドールシープを近距離で撮影!
もっと近付いて撮影したい。でも僕の体は彼らから丸見え。それに足場も悪いから、これ以上近づけば石がゴロゴロと転がって、音も立ててしまう。ドールシープたちを驚かして、逃してしまいかねない。とりあえず、三脚を立てやすい場所を探して、カメラをセット。
被写体に近付こうとあまりガツガツすると、どうやらその雰囲気が動物にも伝わるらしい。すると彼らは逃げていく。そうやって過去に何度もチャンスを棒に振ってきた。とりあえずは、しばらく観察してみよう。
レンズ越しに見えるドールシープたちは、僕の思惑とは関係なしにのほほーんとしている。僕もシープたちののほほーん感に便乗しよう!
目の前の7頭が近づいていたと思ったら…
こちらものほほーんとしていると、ドールシープたちは、ゆっくりと草を食みながら近づいてきた。と思ったら頭上から、石が転がる音がかすかにする。見上げてみると、そこにもドールシープが! 面白くなってきたじゃないか!
僕はのほほーん感をキープしたまま、引き続きじっと待った。右からは元々いた7頭が、左頭上からはオス2頭と数頭の若いメスの群れが少しづつ近づいてくる。
ドールシープの繁殖期は11月末から12月。時期がずれ込んでいたら、オス同士のケンカも見られないかな?と期待するも、全くその気配はない。やはり繁殖期には少し遅すぎたみたいだ。
15頭以上に増えた群れは、僕の目の前をゆっくりと横切って、そのままのほほーんと去っていった。ちょうど日も沈みかけてきた。今日はこれ以上は撮れないから、もう下山する。
ユーコンに棲む野生動物の中で、ドールシープは特別大きい動物ではない。それでも目の前で見ると大きく感じる。その動物がこんなにも急な斜面で、雪の下に隠れて枯れたかけた植物を食べて、長く寒い冬を毎年越していると思うと、その健気さに胸が熱くなってくる。
ムースやカリブーなどの鹿の仲間と違って、野生のヒツジは一生角が伸び続ける。それでも食料が乏しくなる冬の間は、角の成長は止まる。分かっていても、それを目の前で見ると、冬に角を伸ばしてる余裕はないよなぁ、と改めて納得。
コヨーテも生きていくためには、ドールシープを狩らなければならない。でもついつい、無事に冬を乗りきってくれよ、と言いたくなってしまう。