ところで、ユーコンの魅力とはいったい何なのでしょうか?
「BE-PAL」2016年6月号掲載のインタビューで、野田さんは次のように語っています。
「ユーコン川は、自由を求める人間がめざす場所なんだ。自由に対する思索も深いから、他人にとやかくいうやつがいない。どう生きるかを選び取り、すすんであの厳しい荒野にやってくる。そういう人間たちの集まる土地がユーコンなんだよ」
同じインタビュー記事で、イカダ旅に同行した日本最初期のサーフィン写真家・佐藤秀明さんは、写真家的視点から川の魅力を語ります。
「ユーコンはふしぎな川なんだよ。朝起きてテントを出たら、まず川を眺める。そのまま夜までずーっと眺めていられるんだよ。焚き火を見てると吸い込まれそうになるでしょう、あんな感じでね。流れも時速10kmくらいとかなり速い。それが何回行っても新鮮に感じられるんだ」
そんな野田さんと佐藤さんの旅を綴った最新単行本『ユーコン川を筏で下る』が2016年5月に発売されました。
『ユーコン川を筏で下る』
野田知佑・著
本体1200円+税
小学館
《ぼくのカヌー人生の中で、ユーコン川は、すべてを放りだして娑婆と縁を切り、漂流し、自由を謳歌する最大最良の場所である。》
(『ユーコン川を筏で下る』77ページ)
1938年生まれの野田さんは、戦争と終戦、高度成長と公害、バブル経済と自然破壊、すべてを体験してきた世代です。
大学受験では浪人し、就職活動でも失敗。アルバイト生活をへて27歳でヨーロッパを放浪、30代の会社員生活と離婚体験をへて、40代半ばから作家として活動してきました。
いまでいうところの「フリーター出身」「バツイチ」「超遅咲き」の人生です。けっして平坦な道のりではありません。そんな人生の中で、ユーコン川は、冒険心や自由な魂をとりもどすための精神的故郷だったのかもしれません。
《ユーコンやマッケンジー川などの川は二千年前からあまり変わっておらず、人々はそこを漕ぐ時、「歴史感覚の中を散歩する」という言い方をしている。ぼくは一時、外国の川に逃げることで自分の精神の均衡を保っていた。》
(同書135ページ)
私たち人間は、本来は自由な存在であるはずです。そもそもこの世界に「普通の生き方」などというものはありません。どのような生き方をしてもいい。それなのに、ときに窮屈だったり、閉塞感や淀んだ空気を感じるときがあります。そんなときにはぜひ、この本を読んでみてください。ちまちまとした日常を離れ、ゴールドラッシュ時代から脈々とつづく川の流れに思いをはせれば、ふしぎと心がひろびろしてくるはずです。
そしてもしこの夏、一週間の休みが取れるなら、あなたも一度、旅をしてみませんか? 世界中の自由を求める人がめざす川・ユーコンへ!
●著者プロフィール
野田知佑(のだ・ともすけ/写真中央)
1938年生まれ。熊本県出身。早稲田大学英文科卒。カヌーイスト/紀行作家。1980年代には愛犬のガクとともに「チキンラーメン」のCMに登場し一世を風靡した。アウトドア月刊誌『BE-PAL』に連載をもつほか、『日本の川を旅する』『北極海へ』『旅へ―新放浪記』など著書多数。
●撮影/佐藤秀明(写真右)