“ひとり”なのに仲間と一緒という不思議な体験
目的地も、走るペースも、途中でルートを変更するのも自由。そんなソロライドの気軽さと、気心の知れた仲間と一緒に走る楽しさをあわせ持つ「新型グループ・ライド」が開催された。
同じ日の同じ時間に日本の各地を走る参加者をリアルタイムでつないだのは、音声で人と人がコミュニケーションできるSNS【Clubhouse(クラブハウス)】だ。
グループ通話とラジオのイイとこ取り
Clubhouseは2020年にアメリカで生まれ、翌年2月頃から日本での利用者が急増した音声のみでやりとりするSNS。LINEやFacebookメッセンジャー、FaceTime Audioなどのグループ通話が、基本的に全員が発言者となる「複数で話す電話」なのに対し、Clubhouseで大きく異なるのが「リスナー」の存在だ。
「ルーム」と呼ばれる会話の場に入ると、発言者同士の会話を聴くことができるだけでなく、リスナーも挙手をすれば会話に参加が可能となる(※)。
※進行役の許可が必要
入退室は自由だし、仲間だけが参加する非公開の「ルーム」や、広くリスナーを集め内容を公開する「ルーム」の設定もできる。Clubhouseなら、リスナーが気軽に参加可能な”双方向型のラジオ番組”の制作者に誰でもなれるのだ。
なお、現状ではClubhouseアプリはiPhoneのみの対応で、サービスに登録する際に既存の参加者からの招待が必要となる。
気になる料金は?
サービスの使用料は無料だが、Wi-FiやiPhoneのデータ通信料が必要になる。
【データ使用量】
聞くだけなら1時間で20MB程度、発言者として参加すると40MB程度(※)。参加者が増えると使用量が増える傾向にある。
※筆者個人の例。データ量は高音質モードの使用や環境により大きく変わる場合がある
【バッテリー】
1時間で15%ほど消費。バッテリーの状態や温度、電波状況(弱い場所では接続し続けるためにバッテリーの消費量が大幅に増えることがある)、バックグラウンドで動作しているアプリの状態(GPS信号を常時受信する地図アプリなど)により異なる。
「新型」のグループ・ライドはこうして生まれた
赤松さんは「クリティカル・サイクリング(批評的に自転車に乗ること)」をテーマに、移動とリアリティに関するメディアアートの研究を行なっている。
「テクノロジーが現代社会にどのような影響を与えるのかを考察する目的でさまざまな活動を行っていますが、新型グループ・ライドはコロナ禍でのサイクリングの楽しみ方を模索するなかで生まれました」
自転車で走行する際のコロナ対策として、ソーシャル・ディスタンスが前後に10m〜20m必要といわれている。これでは何のためにグループで走るのかわからないので、赤松さんは「同じ場所を走る必要はない」「参加者同士が意思の疎通を図ることができれば良い」との条件で、オンラインのコミュニケーションツールを使いグループ・ライドを”再発明”した。
当初はビデオ会議システムのzoomミーティングを使用していたが、走行中は画面を見ることができないため、今回は音声のみでやりとりできるClubhouseを使用することになったという。
イヤホンの使用については自治体のルールを確認すること
自転車でのイヤホンの使用については「道路交通法」内で具体的に禁止されているわけではない。一般的に両耳にイヤホンをした状態で自転車に乗ることはNGだが、自治体によっては交通規則や条例などによって片耳だけのイヤホンでも取り締まりの対象となる場合がある。
【道路交通法】
道路交通法第70条「安全運転の義務」、また道路交通法第71条の1項6号で「道路又は交通の状況により、公安委員会が道路における危険を防止し、その他交通の安全を図るため必要と認めて定めた事項」を遵守する義務がある、と規定されている。
イヤホンを装着しない場合でも、スピーカーから大音量で音楽を流すなど周囲の状況が聞こえない、つまり「交通の安全を図る」ことができないと判断される場合には、取り締まりの対象となることがある。詳細は地域の自治体や警察に確認すること。
【新型グループライドのルール】
赤松さんは新型グループ・ライド参加者に対し、下記2点のルールを義務付けた。さらにイヤホンの使用にあたっては、走行エリアの自治体のルールを確認することをアナウンスしている。
・自転車保険への加入と安全な走行の遵守
・マスク着用、手洗い消毒、三密回避
赤松さん自身は耳を塞がない骨伝導式イヤホンを適度な音量で使用。参加者のなかにはノイズキャンセリング機能を持つイヤホンを「外部音取り込みモード」で使用する人もいた(片耳のみ)。
iPhone本体は自転車のハンドルバーに取り付けたり、ポケットに入れたままにし、走行中の画面操作は行なわないルールである。そのため”リスナーからの挙手への対応”や背景音の大きさなどで”発言者のマイクをミュートする”など画面操作が必要になる場合を想定し、「グラウンド・コントロール(地上管制官)」という自転車に乗らずに参加者のやりとりを調整する役割を配置している。
岐阜県大垣市を中心に、札幌や尾道からも参加
当日は岐阜県大垣市にある情報科学芸術大学院大学で開催される卒業制作展へと自転車で向かう学生を中心に、発言者とリスナー合わせて20人ほどが参加。朝8時にスタートし、各自のコースを2時間ほど走行した。
京都の宇治川沿いのサイクリングロードを走る人、親子で長良川の河川敷を走る人、なかには徒歩での参加や自宅で読書しながらの参加者もいて、”自転車に乗らない”人も一緒になってグループ・ライドを楽しむことができることに目から(耳から?)ウロコが落ちる思いだった。
走りながら話題となったのは、各自の”実況中継”だけでなく、卒業制作の内容の説明や北国の冬の自転車事情など多岐に渡った。その他「1時間程度走ったのちに喫茶店などで休憩」というゆるいルールが設定され、小倉トーストに代表される中京圏の「喫茶店モーニング文化」についての話題で盛り上がる場面もあった。
“ご近所”がつながるおもしろさ
僕は福島県の郡山市からロングテールバイク(カーゴバイクの一種)で参加した。周辺に朝から開いている喫茶店がないため、ガスのソロストーブとコーヒーセットを積み込んでの出発となった。走り始めてすぐに気づいたのは、Clubhouseの音声処理が優秀なのかウインドノイズ(マイクが風に吹かれて発生する雑音)が少なく、会話が聞きやすいということ。
インスタグラムなどの写真を中心としたSNSではフレームで切り取った風景しか見ることができないが、Clubhouseでは背後に聞こえる電車や踏切の音、話者の息遣いなど会話以外の意図しない情報が適度に盛り込まれ、音によるコミュニケーションの可能性を感じることができた。
また、自分は勝手知ったる馴染みの道を走っているのに他の参加者からは新鮮な風景に感じられたり、逆に他の参加者にとっては当たり前の「モーニングに茶碗蒸し」の話題が自分にとって新鮮だったりという場面が何度もあり、ローカル同士がつながるおもしろさを痛感した。
自分の現在位置と他の参加者のいる場所を頭の中の地図で確認しながら走っていると「Think Globally, Act Locally(地球規模で考え、足元から行動する)」という言葉が繰り返し思い浮かんだものだった。
「ルーム」の終了後、赤松さんの呼びかけでGoogleフォトとGoogleドキュメントを利用して各自の写真やレポートでライドの様子を共有した。リアルタイムでは音だけで想像していた参加者の行動を、あとから種明かし的に知ることができたのもおもしろかった。
ソロライドだけでなく、ソロ登山やソロキャンプにも応用できる
Clubhouseには「ルーム」で誰かが話しているのを”聴きに行く”というイメージがあった(※)。つまり話す人と聴く人が、リモートでの参加であっても仮想空間上の同じ場所に集まっているという思い込みがあった。
ところが今回開催された「新型グループ・ライド」では「ルーム」は無線のチャンネルのようなものであり、発言者は各自自転車に乗ってさまざまな場所を走っているという点に「こんな使い方があったのか」という発見があった。
ロードバイクに小径車(折り畳み式の小型自転車)、ママチャリにカーゴバイクと、自転車の種類も走るペースも各自自由に選ぶことができるという点も大きなメリットだと思う。
※キャンプやグラベルバイクなどアウトドア関連の話題を扱う「ルーム」も定期的に開催されているのでぜひチェックしよう。
音声を聴くだけなのでアウトドアでもハンズフリーで行動ができ、映像に比べデータ使用量が少なくて済むClubhouse。ソロ登山やソロキャンプなどでも仲間とつながるツールとして活用してみたい。
参考リンク
クリティカル・サイクリング
http://criticalcycling.com
道路交通法第70条、71条
https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=335AC0000000105#651