ファーストネーション(北米先住民)の伝統彫刻を伝える日本人
日本でインディアンやイヌイットと呼ばれる北米先住民は、カナダでは総じてこう呼ばれている。カナダだけでも650を超える部族が、人口がわずか4万人強しかいないユーコン準州だけでも、14部族8000人以上が暮らしている。
準州都ホワイトホースでは、毎週水曜日の夕方、地元の若者向けに、ファーストネーションの伝統彫刻を学べるワークショップが行なわれている。その講師をしているのが、岐阜県出身の日本人、森島雄也さんだ。
先住民彫刻との出会い
森島さんがファーストネーションの彫刻と出会ったのは、2013年。ワーキングホリデーでホワイトホースを訪れた時、地元のファーストネーションの若者向けの、ワークショップを訪ねたのがきっかけだった。
もともと手先を使った作業や、木に触れること、仏像彫刻を見ることは好きだったけれど、それまで実際に彫刻を始めようと思ったことはなかったという。
ノースウェストコーストスタイルのデザイン
ワークショップで出会ったのは、「ノースウェストコーストスタイル」と呼ばれるデザインと木彫刻。ユーコン準州の南に住むクリンギット族が、南東アラスカ沿岸部から移住して、その後もユーコン準州内で代々受け継いでこられた文化だ。
曲線だけで構成されたシンプルなデザイン。これがノースウェストコーストスタイルのデザインの大きな特徴。森島さんはクリンギット族の芸術に出会い、曲線の美しさに魅了され、シンプルな形の組み合わせに無限の可能性を感じたという。そして湧いてきた興味、創作への情熱を注ぎ続けて今に至る。
日本人だからこそ通じやすかったこと
森島さんが彫刻を学び始めて、ファーストネーションの人々と過ごす時間が長くなるにつれて、居心地が良くなってきたという。それは先祖代々自然とともに生きてきたファーストネーション特有の、西洋化された現代社会とは明らかに違うゆっくりとした空気感や、彼らの人柄がそうさせたようだ。それを森島さんは、自然な流れ、しっくりきた、と表現してくれた。
時間が経つにつれて、それ以外にも見えてくるものがあった。自然を敬うこと、先祖の霊や魂という概念、祈りを捧げること、人々と何かを分け合う精神、ファーストネーションの老若男女の中にあるこの感覚は、古き良き日本の感覚や習慣にとてもよく似ているということ。古くから自然と深く関わってきた日本人も「八百万の神」と神道で表現したように、ファーストネーションも違う土地で同じように、自然と深く関わってきことが想像できる。
制作活動の中でも共通点が見えてくるという。彫刻を掘る前に、デザイン画を筆を使って描く。曲線を描くときの筆運びは、日本の習字に通じるものがあるという。
「これは余談だけれど、日本製の刃物は多くの地元彫刻家にも評判が良い。日本に一時帰国するときは、仲間から日本製の彫刻刀、ノミ、ノコギリなどを買って来るように頼まれることがよくある」と森島さん。
これらが、外国人である自分が全く違う文化にしっくり馴染めた理由だと、森島さんは考える。そして引き続き自身も学びつつ、今では地元の小学校やワークショップで、若者に彫刻を教えるようになっていった。
もう一つ大切なこと
教えるということは、才能を発掘し、文化、伝統、技術を次世代に継承していく大事な役目を担っている。教えることからも、自分自身が学ぶことも多いと話してくれた。しかしそれら以外にも、もっと大切なことがあるという。
1870年代から1990年代にかけて、国によってファーストネーションへの同化政策が行なわれてきた。それによって多くの部族が言語、文化、芸術など、アイデンティティーを失いかけた。国が同化政策を廃止後、今では失いかけたアイデンティティーをみんなで取り返そうと、各部族で日々努力が行なわれている。
そんな中、若者のアルコールや薬物の問題があるのも、現代の問題点だ。もちろんごく一部の若者に限った話だ。高速化した現代社会と生まれ育った伝統文化の狭間で戸惑い、思春期の不安定な時期に生きる方向性を見出せずに、アルコールや薬物を持て余したエネルギーの捌け口にしてしまうのだろう。
彫刻を教えることで若者たちに興味を持ってもらい、夢中になれるものに出会って、健全な人生を送ってもらいたい。森島さんが所属する彫刻団体、ノーザン・カルチュアル・エクスプレッションズ・ソサイエティの理念の一つだそうだ。
純粋な彫刻への想い、人々との繋がり、若者への想いと一緒に、これからも彫刻と関わっていくだろう。
森島雄也フェイスブックページ
https://www.facebook.com/yuyacarver
ノーザン・カルチュアル・エクスプレッションズ・ソサイエティー(NCES) ホームページ
森島雄也プロフィール
https://www.northernculture.org/yuya-morishima