ブラウンベアたちがブルックス滝の周辺に姿を見せるようになるのは、多数のサケが産卵のために川を遡上してくる、7月と9月の時期に限られるそうです。この時は9月初旬で、レッドサーモンを狙ってブラウンベアたちが滝の周辺に集まってきていました。
ブラウンベアたちは、滝の下でじっと待ち構えたり、時に水中に身を沈めたり、不意に飛びかかったりして、婚姻色の赤に身体を染めたレッドサーモンを捕まえます。彼らがレッドサーモンを前足で上手に持ちながら、皮を剥ぎ、卵や身にかぶりつくと、ばりっ、みちみちっ、と、すごい音が聞こえてきます。
ブルックス滝での漁場を争って、ゴーッ!と吠えながら互いに威嚇し合う、雄のブラウンベアたち。滝の近くでサケを獲っているのは主に雄で、体力のない雌や子供は、下流の河口付近で、産卵を終えて弱ったり死んだりしたサケが上流から流れてくるのを待ち構えているそうです。
ブルックス・ロッジに滞在した数日の間、毎日のようにたくさんのブラウンベアたちを観察し、ロッジやその周辺を歩き回る時も常に警戒を怠らないようにしていると、たまに10メートルほどの距離でニアミスしそうになっても、そこまであわてずに対処できるようになりました。そのうち、遠くに見かける分には「ああ、クマか」とさほど感動しなくなったり(笑)。それでも、この地の生態系の頂点に位置する彼らの気高さと恐ろしさは、骨身にしみて実感しました。
ある日の夕暮れ、ロッジからナクネク湖の湖畔に出てみると、対岸の山にかかる雲が黄昏の光に染まり、鮮やかな色を湖水に映していました。
……と、そんな黄昏の光に誘われたのか、湖畔に一頭のブラウンベアが現れました。少し離れた木立の隙間から見守っていると、ブラウンベアは何かを探しているかのように、悠々と歩きながら湖の方を見やっていました。
山本高樹 Takaki Yamamoto
著述家・編集者・写真家。インド北部のラダック地方の取材がライフワーク。2016年3月下旬に著書『ラダックの風息 空の果てで暮らした日々[新装版]』を雷鳥社より刊行。
http://ymtk.jp/ladakh/