噴火から100年以上経過した現在、谷の名前の由来となった蒸気の噴出などはまったくありません。厚く堆積した火山灰を、幾筋もの渓流が削り取り、新たな峡谷や滝を生み出しています。ほんの100年前まで、こんな光景は存在していなかったのです。
谷の手前にあるビジターセンターから、2、3時間ほどかけて、一帯を歩き回りました。テレビゲームにでも出てきそうな、まるで冗談のような形の大きなキノコが生えていました。植物や動物もこの地に戻ってきて、新しいサイクルが巡っています。
抜け落ちた雄のムース(ヘラジカ)の大きな角。この角の持ち主だった彼は、今もこの一万本の煙の谷のどこかで、のんびりと草を食みながら暮らしているのでしょう。
一万本の煙の谷からブルックス・ロッジに戻った翌朝、ナクネク湖のほとりで、空が真紅に燃え上がるような朝焼けを見ました。日本では朝焼けは天気が崩れる前兆とよく言われますが、この地でもそれは同じだったようで、この後は雨続きの日々でした。
そんな雨の降る秋もほんの一瞬で、ほどなく、あらゆるものが凍りつく冬がアラスカに訪れるのです。
山本高樹 Takaki Yamamoto
著述家・編集者・写真家。インド北部のラダック地方の取材がライフワーク。2016年3月下旬に著書『ラダックの風息 空の果てで暮らした日々[新装版]』を雷鳥社より刊行。
http://ymtk.jp/ladakh/