地域に根ざしたクラフトブルワリーを取材している当シリーズ。第9回は、地域から世界にはばたくブルワリーを紹介したい。熊本県のダイヤモンドブルーイング。代表の鍛島勇作さんにインタビューした。
農業と阿蘇の伏流水がビールにつながった
熊本県熊本市の繁華街に2軒のビアレストランを経営している。2012年にオープンした1号店にブルワリーが併設されている。この4月23日には、JR熊本駅に新設された商業ビルのテナントとして、3軒目がオープンする予定だ。と書くと、レストラン会社がクラフトビールをつくっているように思われるかもしれない。
実際、鍛島さんにお話を聞くと、ダイヤモンドブルーイングはクラフトビール界だけに留まる気はなさそうだ。
若いころから海外でビジネスしたいと考えてきた。20代に30か国以上を旅しながら気がついたことがある。どんな国のレストランやバーに行っても必ずビールはある、ということ。日本の片田舎の飲み屋でも、ワインはなくてもビールはあるのと同じだ。そして、それぞれの土地に根づいたビールカルチャーがあるということ。
「10年以上前になりますが、ヨーロッパを回っているとき、町々にあるマイクロブルワリーがすごくおもしろかった。小さいけれど歴史と文化があって、土地の人たちに愛されていて。そうした店で飲むたびに、どんどんビールが持つ魅力にはまっていきました」
海外でビジネスしたいという思いがさらに強くなって帰国。その後、知人を通じて商社の仕事でインドやスリランカに赴任する。
「これも10年ほど前のことで古くさい話に聞こえるかもしれませんが、そこで見たメイドインジャパンの存在感に、逆カルチャーショックを受けました。日本のいいものって、まだまだあるんだな、と」
熊本で生まれ育った鍛島さん。帰国して、視線が足元の熊本に向いた。熊本のいいものって何だろう?まずは農業。熊本は農業県だ。それから水。カルデラ火山阿蘇の伏流水は、水のいい日本においても誇れる水だ……。
「もともとビールが好きであったけど、あの世界各地にあるクラフトビールカルチャーを熊本に根づかせたい。そしていつか自分で作ったメイドインジャパンのクラフトビールで、世界でビジネスをしたい。点と点が1本の線につながりました」
鍛島さんはクラフトビールのセレクトショップから始めることにした。2012年、ビアホール火縁(現BREWERY KAEN)をオープンした。
自らビールを造りブルワリーを始めたのは2017年の春。決心したきっかけは、その前年に起きた熊本大地震だった。店舗も被害に見舞われたが、鍛島さんはスタッフらと被災者に炊き出し、ビールの提供を行う。はじめこそ「アルコールなんて出していいのか」と迷ったが、訪れた人々の感謝の笑顔や涙を見て、「自分たちにできることはこれだ」と再確認したという。
「熊本ってクラフトビールがすごいらしいぜ」にしたい
ビールは農業。クラフトビールをつくるにあたり、鍛島さんは農家との連携を考えた。何ができるだろうか?熊本の素晴らしい農業をビールを通して世界へ発信したい。規格外の作物が大量に廃棄されつづけていることを知る。それはなんとかしたい。「ゴボウビール」をつくった。
「熊本のゴボウはホントは1メートル以上あります。スーパーの売り場には長すぎるから先の方を切って処分しているんです。でも、先っぽだからって味が劣るわけじゃないんです」
ふつうなら廃棄される部分をビールに使った。ゴボウのほか様々な規格外野菜で作った。
その他、熊本の特産品や有機野菜、面白い農法で作られた商品を使ってビールをつくってきた。
農業以外の業種とのコラボも積極的に行っている。スポーツやツーリズムの運営企業、キャンプやフィッシングなどのアウトドアショップ。これまでコラボしてきた生産者や企業、行政の数は50近い。熊本の外にも飛び出す。たとえば、福岡のアマムダコタンというベーカリーとのコラボ。
「アマムダコタンさんからパン屋では廃棄パンが出ており、そのパンを使ってビールをつくりたいというご提案をいただきました。現在それを原料にしたクラフトビールを開発中です。うちのブルワリーはラボと呼んでいますが、1商品ごとのロットが小さく、だからいろんなビールがつくれます。失敗しても大損害にはなりません。ここでいろんなビールを試して、世界中のビールを再現する、そして今までなかったビールをつくり出していきたい」
熊本からクラフトビールカルチャーを発信していきたいという。
「世界レベルのクラフトビールのカルチャーを熊本に根づかせたい。熊本に行くとなんかおもしろいクラフトビールがあるらしいぜ、熊本のビールがなんかスゴイらしいぜって思われるような町にしたい」
熊本のカルチャーを発信ではなく、熊本に新たなカルチャーを、クラフトビールを媒介に発信したいというのだ。視線の先にあるのは海外だ。
もはやマイクロブルワリーではない
海外を目指すのに必要なのはマイクロではなく、大きなブルワリーだ。現在、熊本県内に新工場の設立を進めている。2023年の竣工をめざしている。
現在、ダイヤモンドブルーイングは定番ビールを置いていない。先述の、ラボのようなブルワリーで次々と新たなビールを醸造するためだ。記者は東京在住のため、今あるビールを送ってもらった。コクがあってジューシー、飲み応えのあるIPA「un-Formula だった。
得意なビアスタイルはサワー系だという。日本のJGBA(Japan Great Beer Awards)で受賞したビールもサワー系が多い。近年、若い人や女性を中心に人気上昇中のスタイルだ。
「新しい工場ではAIを活用し、職人技だけに依存しないブルーイングを考えています。データを利用してビール酵母も育てていきたい。
今、日本でもIPAが盛り上がっています。全体のレベルが底上げされてどこのIPAもおいしいと思う。反面、似通った味になりかねない。日本の大半が似通った酵母を使用しているからだと考えます。酵母の採取と培養から手がけて、日本一サワー系に強いブルワリーを目指したい」
新工場の設立が進めば、得意なビールの定番化も始まるだろう。海外への販路も広がるだろう。実はひそかにビジネススタイルをお手本にしているブルワリーがある。
「常陸野ネストビールがお手本なんです。ニューヨークに行ったとき、ビアバーにネストビールが置いてありました。東南アジアにもありました。味はもちろん、ビジネスとして勉強になるなと思い、帰ってから何度も茨城に通いました」
常陸野ネストビールは木内酒造(茨城県)がつくる、日本を代表するクラフトビールの一つだ。日本にはすでにそうした実績のあるクラフトブルワリーが存在する。鍛島さんはそれを鑑としつつ、業界の枠を超えて、ファッションや音楽、サブカルチャーとも手を組み世界を広げていく。
ダイヤモンドブルーイングは「ビールは農業」から始まっている。ビールは農業の一環にあり、カルチャーを生む産物となる。まさにアグリカルチャー。その土地土地に根づいたビール文化を醸すのはクラフトビールの役どころでもある。熊本に根づくビール文化とは?それは長い時間をかけて醸造されていくのだろう。
ダイヤモンドブルーイング https://diamondbrewing.co.jp
住所(BREWERY KAEN):熊本県熊本市東区長嶺南3-1-102