新緑がまぶしい初夏の森で、偶然にも出会ってしまった。
地元の猟師さんに。そして、シカに止め刺しをする瞬間に・・・!
滋賀県の実家で、のほほんと田植えの準備をしていると、目の前を1台の軽トラックが通り過ぎ田んぼの裏山に入って行った。ダッシュボードに『ハンティングクラブ』というボードを掲げながら。
猟師さんに違いない。すかさず追いかけた。山の奥から出て来たのは、さっきの軽トラックに乗っていたおじさんだ。「猟師さんですか?」思わず声をかけた。うなずくおじさん。「今から、罠を仕掛けはるんですか?」続けざまの私の質問におじさんがボソッと答える。
「(罠にシカが)かかっとる」。え? それは、もしかして、これから止め刺しをするというコトなのでは? 罠猟で、獲物が罠にかかっているところに出くわすのは猟師さん以外だと、なかなか難しい。「止め刺しに耐えられたら、狩猟免許取得を考えよう」と思っていた私には、またとないチャンス! 「止め刺し、見学させてください!」と、すでに口から出てしまっていた。
猟師さんの名は奥田御年(みとし)さん。若い頃に狩猟免許を取ったものの色々あり、いったん返上したのだそう。そして、数年前に猟師として再デビューを果たした。近隣の山々に増えるイノシシやシカを駆除するためだ。
奥田さんの後について山の中に入る。70~80m進んだトコロに獣道があり、1頭のメスシカが、片足を罠に取られ、もがいていた。私たちを見ると、逃げ出そうといっそうもがく。
奥田さんの手には先がとがったT字の長い棒が。「これは、トメトメって呼んでいる止め刺しの道具」。やたらかわいいネーミングだが、要はシカにとどめを刺す道具だ。滋賀県の狩猟時期は11月中旬~3月中旬まで。初夏の現在は、完全にオフシーズンなのである。この時期には銃を使った狩猟ができない。が、罠猟なら可能だ。「最近は電気ショックで止め刺しする人が多いけど、わしはコレ(=トメトメ)が使い慣れてるから」と言いながらトメトメを握りしめ、奥田さんはシカの目の前に立った。
向かい合う一人と一頭。さっきまで、もがいていたシカが座り込んで、じっと奥田さんの方を見つめる。な・・・なんだ、この緊張感!! シカも心を決めているのか? 空気がピーンと張り詰める。ドッドッドッと自分自身の鼓動が早くなるのがわかる。カメラを持つ手に変な力が入る。
「キャン!」
胸を突かれたシカが飛び跳ねた! 逃げようともがく。残念ながら、奥田さんのトメトメは1発で命中しなかった。シカがやせ気味のため、うまく刺さらないのだそう。再び態勢を整える奥田さん。それに合わせて、なぜか、シカも再び静かに座り、奥田さんと向き合った・・・と、思ったら、くるりと私の方を向いた!
「キューン」という細く高い声とともに、うるうるした瞳で、じっとコチラを見つめてくる。
全身で訴えてくる。きっと助けてと言っている気がする・・・。心にズキズキと何かが刺さるような感じ。目を逸らそうにも、身体が固まって逸らせない。
私のドキドキとズキズキが限界に達したその瞬間、奥田さんが再びシカの心臓めがけてトメトメを刺した!
シカは、しばらくもがいた後、横向きになり、次第に動きがなくなる。空に向かって伸びていた足が、ゆっくりとゆっくりと曲がり、地面に落ちていく。まるで、スローモーションのように。
「・・・死んだん・・・ですか?」
「うん」
血抜きは、車で数分のトコロにある自宅で行い、肉は近所の人と分け合うのだそう。
シカのあのうるうるした瞳が、ずっとずっと脳裏に焼き付いて離れない。尖ったものやナイフでの止め刺しをする自信どころか、勇気すら早くもしぼみはじめてしまった(小心者・・・)。それとも、銃なら耐えられるのだろうか? 悶々と、答えが出ぬまま、シカを乗せた奥田さんの軽トラックが農道を曲がるまで、ただただ見送っていたのだった。
考えぬいた挙句、辿りついたのはソコだった。
狩りガールへの道は、まだまだ遠い私なのであった。
イラスト・文・写真/松鳥むう(まつとり・むう)
島旅イラストエッセイスト
今までに訪れた日本の島は76島。島の人の日常のくらしに、ちょこっとお邪魔させてもらう旅が好き。著書に『島旅ひとりっぷ』(小学館)、『ちょこ旅沖縄+離島』『ちょこ旅小笠原&伊豆諸島』『ちょこ旅瀬戸内』(いずれも、アスペクト)などがある。
URL http://muu-m.com/