シンプルにして、親しみとどこか懐かしさを感じるデザインのザック・・・。「神戸ザック」は、地元・神戸はもちろん全国に根強いファンを持つ老舗ザックメーカーだ。1971年の創業以来、職人の星加弘之さん(78歳)が生み出すザックは、そのデザインだけでなく、使い勝手が良く、丈夫で長持ちとベテラン登山家からの評価も高い。何を隠そう私もその愛用者の一人だ。
しかし高齢となった星加さんの後継者はいなく、一時期廃業の危機に追い込まれた。2020年、そんな状況を見かねた地元アパレルブランドが事業を継承することに。2021年春、新たなスタートを切った同社を訪ねた。
自宅庭のプレハブ小屋からスタートしたガレージブランドの先駆け
国内外の有名無名を問わず、星の数ほど存在するアウトドアブランド。今もなお、どこかでガレージブランドが立ち上がり、数多あるブランドからアイテム選びに頭を悩ますのも、楽しみの一つかもしれない。そんな現在のアウトドアブームから遡ること約50年前、星加さんは神戸市の自宅庭のプレハブ小屋を工房にして、ミシン一つでザックを作り始めた。
19歳の時に当時勤めていた川崎重工の山岳会に加わり、本格的に山を始めた星加さん。装備係を任され、会員が使いやすい道具選びに奔走する。そこで出合ったのが、現在テントの主流となっている「吊り下げ式」を生み出した、地元メーカー「トモミツ縫工」だった。
「使いやすさと丈夫なものづくりに心が動かされました」。
感銘を受けた星加さんは、しばらくした後に川崎重工を退職し、トモミツ縫工に弟子入りする。「その人がいつ、どういう場所で、どのように使うのか」を常に考慮したものづくりをたたき込まれた星加さんは、およそ5年間の修行を経て、同工房の最後の弟子として独立することになった。
ちなみにトモミツ縫工のテントは、その後「ダンロップ」ブランドとして世に広く知られることとなる。
今も昔も変わらぬ手作りで登山家からの信頼を得る
独立後は修行時代と変わらぬ丁寧なものづくりで、信頼を獲得してきた星加さんの数々のアウトドアギア。それらはエベレストやK2などの登山隊にも採用され、ローカルブランドながら、全国から注文が舞い込むほど揺るぎない地位を築いてきた。阪神大震災後の1996年には、最も被害の激しかった長田区に移転し、現在もなお続くオリジナルブランド「IMOCK」の製造販売を開始。同地の復興と共に、神戸ザックは新たな一歩を歩み始めたのだ。
独自のデザインが新たな可能性を拡げいく
当時の神戸ザックのものづくりは、全ての過程で手作りが基本。顧客から要望があれば、デザインから型紙を起こし、ハサミで断裁し、ミシンで縫っていく。流行を先取るファッション性は二の次で、あくまでこだわるのは「山での使い勝手の良さ」。そのデザインが逆に神戸ザック独特の魅力として、登山家以外にも徐々に知られるようになる。
神戸、大阪、東京などで「ランチキ」ブランドでセレクトショップを展開する「ワークトゥギャザーロックトゥギャザー」社長の前川拓史さんも、神戸ザックの魅力に引き寄せられた一人だ。
「10数年前、電車で偶然神戸ザックを背負っている人を見かけて、気になってすぐにメモをしました」と出合いを振り返る前川さん。仕事で海外での買い付けなどを行っていたため、知られざるブランドの発掘に常にアンテナを張っていたのだ。
その後、星加さんにコンタクトを取り、2009年には自らのセレクトショップで販売するオリジナルデイバックやウエストポーチの製造を依頼。「神戸ザックの良さを活かしつつ、ファッション性も加えたオリジナルアイテムは、若い人にすごく支持されました」。この成功をきっかけに、前川さんを介して「BEAMS」をはじめとする、様々なブランドやショップとのコラボアイテムが誕生することになる。
後継者不在から事業継承への決断
これまで奥さんの和子さんを含む、わずか3人程度でものづくりに邁進してきた星加さん。2018年、長年の無理がたたり、体調を崩すことになる。しかも後継者はいなく、やむなく廃業を決意する。そんな矢先、神戸市が行う事業継承支援の施策を知る。これは後継者不在の中小企業の事業を継承できるよう、第三者の企業等をマッチングするという取り組みだ。
ユーザーからは廃業を惜しむ声が多数寄せられ、星加さんは藁をもすがる気持ちで同産業振興財団へ相談する。しかし「何社か紹介してもらったが、どこもものづくりの考え方が少し違っていた」とミスマッチが続く。そんななか、手を挙げたのが長い付き合いのあった前川さんだった。
「それまでも冗談半分に『継ぎましょうか?』とは言ってましたよ(笑)」と語る前川さんの登場によって、廃業危機から一転して、事業継承へと話が動き出した。そして2020年6月、星加さんと前川さんは、正式に事業継承の契約を交わすことになった。
同年秋には新社長の前川さん主導で、同じ長田区内に新たな店舗兼新工房を開設。スタッフもファッションを学んだ若者達を加えるなど、大幅に増員。「これから星加さんの技術を身につけていってもらいます」と前川さんが語るように、星加夫妻の指導の下で新たなものづくりが始まっている。
神戸ザックを通じて地域のものづくりを盛り上げていく
2021年春、新店舗での営業も始めた神戸ザック。しかし「まだまだ注文に在庫と技術が追いついていない」と前川さんは少し焦りを感じている。シンプルなデイバッグや小物は新しいスタッフでも何とかやりくりできるが、本格的なアルパインザックとなると、やはり星加さんの技術なしでは作ることができない。前川さん自身もアウトドアブランドには詳しいものの、「ものづくりに関しては素人です」と頭をかく。
とはいえ、新たな取り組みにも挑んでいる。ひとつは既存アイテムのブラッシュアップ。これまでのザックは、山での視認性が高い赤や青など単純なカラーのみだったが、前川さんはタウンユースにも使える新色を取り入れた。「特にブラックは『これじゃ山で見えない』と星加には注意されました」。ところがブラックは発売と同時に一番の人気アイテムに成長。前川さんのファッション業界で培ったセンスが活かされた例だ。
さらなる取り組みは、地域を巻き込んだ新しいものづくり。前川さんは語る。「荒廃したデトロイトが、時計など『MADE IN USA』にこだわるメーカー『シャイノーラ』のものづくりによって、雇用を生み出し、まちのイメージアップへ繋がったように、神戸ザックを通じて”ものづくりのまち・長田”の復興へ繋げていきたい」。
塩化ビニールから作られる「ケミカルシューズ」の一大生産地として関連事業所が軒を連ねる長田。震災後の再開発により、町並みは新しくなったが、かつてのような活気は失われたとも言われる。それを前川さんは自動車産業の盛衰によって、繁栄から衰退へと陥ったアメリカ・デトロイトと重ね合わせる。「このまちには、今もたくさんの職人さんがいます。彼らの力を借りて新たなものづくりを始めました」。
それが新商品として発売以来、人気で品薄状態が続くサコッシュだ。デザイン・企画・販売は神戸ザックが行い、裁断や裁縫などの製造工程は長田で活躍するそれぞれの職人にオーダーした。「各工場がこの商品のために、垣根を越えて体制を整えてくれました」と前川さんは手応えを感じている。
そんな前川さんらの取り組みに、「神戸ザックという名前を残しつつ、若い人たちの感覚で挑戦する新たなものづくりに期待しています」と星加さんも目を細める。現在は一線を退いた星加さんながら、若いスタッフへの指導と難易度の高いギア作りへの意欲は衰えることはなく、今も工房で汗を流している。
事業継承により廃業を免れた「元祖ローカルガレージブランド」とも言える神戸ザック。地元の職人と新しい感覚が生み出すアウトドアギアが、これからのまちの新たなシンボルとして、今徐々に光を放ち始めているようだ。
神戸ザック http://www.kobezac-imock.net/
新長田店(店舗&工房)
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