アウトドア界を席巻する素材の実力を明らかにし、
さらには自作の世界へ……
話題の一冊に秘められた思いをたずねてみました。
著者は、本誌でもおなじみのアウトドアコーディネーター・長谷部雅一さん。自室の自作棚には数々のアウトドア道具とおもしろ本、そして各種素材がぎっしり。さながら男の秘密基地!
素材を知ると、自作はもちろん、買い物上手に!
類例を見ない一冊が密かな話題を呼んでいる。アウトドアウェアや道具に使われる代表的な素材25種を集め、独自の手法で引き裂き強度や撥水防水機能、耐熱性、摩擦強度などを調べあげる。そうして各素材の長所短所を明確にしている。
「はじめは、バックパッキング道具の自作本を書こうと思っていたんです」
そう話すのは、著者の長谷部雅一さん。しかし、自作の前には、どんな素材を選ぶかという大きな問題がある。
「そこで、思い切って素材に舵を切ったんです。素材を見る目は自作に必要なのはもちろん、ウェアや道具を選ぶときの基準、力強い道しるべとなるんです」
鋳物職人を父に持つ長谷部さんは、小さなころからもの作りが好きだった。小学生のころには雑巾や上履き袋を自分で縫い、長じて古着に興味を持つと、その補修を行なう。憧れのザ・ノース・フェイスのマウンテンライトジャケットを手にしたのは20歳、アメリカ留学中のこと。
「アメリカ一周や世界一周の旅の間ずっと着て、ドローコードを直し、破れを繕いしながら、キリマンジャロの頂上まで一緒に行きました」
補修で縫い物の腕を磨くと、次第にカスタムの道へ。吟味して選んだバックパックに使い勝手を考えてベルトを、ポケットを足していく。
「そうこうしていると、世の中にいいものはたくさんあるけど、ちょうどいい! というものは案外少ないことに気づくんです」
万人に向けた既存の道具には、使うこちらが合わせることになる。それを避けるべくつけられたバックパックの背面調整などは重く、壊れる原因に……。
「例えばこのサコッシュは、iPadと図鑑2種、デジカメと煙草を入れるために作った。ここまでぴったりのものは、そうはないんです」
仮に存在したとしても、不要な機能が値段を釣り上げる。
「飲み屋で出てきた煮物が旨い! だけどこれは自宅で作れるうえ、もう少し甘みが欲しい。何より、同じ値段でもっと食べられる……って感じです」
そして、自作をするからこそ、既製品の良さもわかるようになるという。力のかかる部分に、4枚の布を少しのズレもなくビシッと重ねて縫いあげる──そうした細部を確認すると、商品の値付けに得心がいくように。
「そして、使っている道具でその人を見るみたいな風潮には抗いたい。野外で必要なのは知恵と能力であり、道具は二の次。何よりフィールドに出ることが大事ですから!」
野外へと飛び出し、自作道具を使うことで経験はより深まる。自作でなくとも、素材を見極め道具を選ぶことで、本当に必要な機能が手に入る。そして、「高額だから」「ハイブランドだから」という価値観から独立することができる。
「お金を出してものを買う喜びはぼくにもあります。ただ、シンプルなアウトドアの喜びを味わうための、道具と人の適正な距離、があると思うんです」
素材を知り、自作を通し見えるアウトドアの原点。だけど、この素敵なくだりは本書には描かれていない。
「野外体験と同じで、考えてもらう余地を残したかった。そこを書くことで、安直にそう思われても困るぞ……みたいな(笑)」
1時間ほどで作りました!
X-PACを使い自作したサコッシュは、長谷部さんのアウトドアでの経験と知恵が細部にまで注がれる。ちなみに、かかった費用は1,700円ほど。
『アウトドアファブリック大全』
長谷部雅一著 グラフィック社
¥2,200
※構成/麻生弘毅 撮影/須藤ナオミ
(BE-PAL 2021年6月号より)