クマが街中に出没したニュースなどを見るときこそ、「猟友会」の名前を耳にするが、一般的には馴染みのない方がほとんどだろう。
自宅の畑だけでなく、周辺住民の畑がイノシシによって荒らされたことで、一念発起して地元猟友会の門をたたいた池田瑠美さんにとってもまた、猟友会は遠い存在だった。わな猟免許を取得して奮闘する池田さんと、彼女を受け入れ、狩猟の知識を伝授している猟友会・会長の大池さんに、ひとつの事例として、静岡県駿東猟友会御殿場支部の現状と課題を伺った。
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猟友会の現在地
大池:シカやイノシシは暮らしを謳歌している。ハンターこそが絶滅危惧種ですよ!
静岡県駿東猟友会御殿場支部大池会長は皮肉まじりに話すが、そもそも、猟友会の仕組みをよく知らない。
池田:猟友会に入るためには会費、狩猟税、ハンター保険など含めて毎年、2万9500円かかります。加えて、3年に1度の免許書き換え時に2900円がかかります。
大池:一方の報酬は、管理捕獲として国から、1頭あたりメス1万5000円、オス1万円の補助金が出ます。また、有害捕獲として市から1万1000円の補助金が出ます。猟には必ず複数人で入ることになっていますし、暴れた時に大ケガをすることもありますから、十分な金額からはほど遠いのが現状です。
池田さんが所属している静岡県駿東猟友会御殿場支部には、30代2名、40代5名と若手は少なく、一方で70代48名、80代9名と高齢化が進んでいる。 1970年代のピーク時には、全国に51万人もいた猟友会会員も現在は3分の1ほどに激減し、半数以上が60歳以上という超高齢化時代を迎え、後継者不足は狩猟コミュニティでも加速度的に進んでいる。
大池:一人でも多く加入してほしいって思いますよ。御殿場支部も500人いた会員が、100人になってしまった中で、そのほとんどは60〜70代。かつて女性は皆無に等しかった。今でも池田さんを入れて女性は3人くらいしかいないんじゃないかな。
しかし、会員として活動することはそう簡単なことではないようだ。
池田:仕事があるため、平日の活動は困難ですし、土日などの休日を狩猟に費やしてしまうと、自分の時間や家族との時間が少なくなってしまうジレンマも生じます。また、持ち出し経費がかかるので負担感もありますし、加えて、趣味で殺傷していると誤解を受けることもよくあるんです。
環境意識の高まりから、狩猟に興味を持っている人は少なからず存在し、大池会長のジビエ料理との出合いというカジュアルな体験から興味を抱く人はいることだろう。
大池:高齢化・後継者問題と並行して、そうした新しい人たちの興味関心を拾いきれていないのが猟友会の現在地であり、大きな課題であり、我々の活動を知ってもらう方法について、いろいろと考えているところです。
狩猟とSDGsはつながるのか?
御殿場市には自衛隊演習場があり、静岡県自然保護課によると、適正数は1000頭といわれる中、3000頭以上のシカが周辺に生息している。そして、増えすぎたシカによる農作物の被害が絶えない。つまり、生態系のバランスが崩れてしまっているのだ。
池田:獣害のうち、シカによる被害が46.2%、イノシシと合わせると60%以上になります。シカは森林の下草を食べ尽くす習性があり、あるエリアを食べ尽くすと新しいエリアを求めて移動して、そこも食べ尽くしていきます。
大池:シカやイノシシが引き起こす獣害には大きく2つあります。1つは新しい場を求めて人間が住む里に降り、田畑を荒らしてしまうこと。もう1つは災害を引き起こす要因を作ってしまうことです。シカが森林の下草を食べ尽くすと、その土壌は痩せて脆弱になり、土砂崩れなど水災害を引き起こす要因になるのです。
かつては、獲物より会員が多かった時代があったくらいなんだけどね。要はね、保護に力が入り過ぎているんですよ。年々、耕作面積が減って農地がなくなり、動物と人間の境界が曖昧になっていると山に入ると感じます。山と町は繋がっているんです。そのためにも、シカやイノシシを適正な頭数にしないといけない。
かつては、メスジカは狩猟禁止、オスは1日に1頭までと、捕獲頭数が限られていた。また生態調査に3年かかることもあり、その3年間で増えてしまうのが実情だ。ましてや狩猟従事者が不足していることで、生態系のバランスを保つことがますます困難になっているのが現状というわけだ。
狩猟業界が変わらなければいけないこと
池田:家庭ゴミを堆肥(土の栄養)に変えるコンポストを導入したり、職場まで自転車や走って通勤することで環境負荷を下げるみたいなことを普段から意識していました。加えて、猟友会に入会してからは命を大切にすることを再認識しています。
SDGsが提唱され、環境意識は世界的に高まってきている。「山は海の恋人」という漁師の名言を出すまでもなく、生態系は繋がっている。この大きな社会のうねりを狩猟業界はどう捉えているのだろうか?
池田:私もそうでしたけど、猟友会って閉ざされた世界というイメージを持つ人が少なくないと思うんですよね。そうした意識を変えていくには積極的な情報発信と、体験を通じて知ってもらうこと。この2つはマストだと思っています。
狩猟そのものは免許もありハードルは高いが、ジビエ料理を食してもらったり、ジャーキー作りを体験したり、また、シカのツノは犬の嗜好品としてペットショップだと高く売れるそうで、犬好きの人にもおすすめだとか。
池田:もちろん、仕留めたり、運んだりする力仕事は男性向きですが、罠を仕掛けることは女性でもできますし、料理やグッズ作りといった手作業も狩猟の一貫でもあるんです。ぜひ、体験を味わってもらい、狩猟に興味を持ってくださる方が増えていくとうれしいです。
大池:耳が痛いです(笑)。何十年と組織の中でいると、縄張り意識が生まれてしまう。それが新規参入者の壁になっています。時代の変化についていけず、どんどん保守的になってしまう。本当は若い人が入ってきて欲しいと思っているのに……。指導者制度を確立するなど制度改革を進め、もっと柔軟な組織に変革していかなければいけませんね。
狩猟女子の未来図
自分の畑が獣害に遭ったことで猟友会に入会するという流れは決してよくある話ではない。行動力のある池田さんは、狩猟の世界の未来図をどう描いているのだろうか?
池田:一言で表すなら「猟友会を市民に知ってもらいたい」。私ができることはその接点作りかなと思っています。例えば、ジビエ料理などを通じて、ファミリー層に伝えることとか。趣味のトレイルランニングは山をフィールドにしたアウトドアスポーツです。地元のトレイルショップと連携して「Run & 狩猟」みたいなカジュアルなワークショップもやってみたい。親和性があると思っています。
若手女性ならではの視点で新しい発想をする池田さんに大きな刺激を与える存在がいる。
池田:「コロナで財政が困難で……」と市役所で言われ、「だったら自分たちで動いてしまえ!」と、保健所の許可のある解体施設を食肉加工センターとして、「富士箱根ジビエ」という事業を立ち上げたのが大池会長の奥様です。
話を聞くと、その活動はとてもエネルギッシュだ。2021年6月から農水省の許可を得てジビエを材料としたペットフード用の加工品を手がけ、イベント業者に営業を仕掛けては受注を取っている。
池田:行政や地域の理解を得て食肉加工センターができて、シカやイノシシの肉が市内の3つ星レストランで料理の一品になればと夢を描いています。そして、「富士箱根ジビエ」の販路拡大のため、私も地元の直売所などへ営業に回ったり、自宅でシカ肉ジャーキーを作っては周囲の愛犬家に配り、シカ肉の良さを広めています。
さらに会長夫人は、猟友会の組織改革ばりに、役割を明確化した会社組織を考えている。例えば、単価性を導入して収入源を確保し、個人の持ち出しを軽減させる取り組みなど持続可能な運営を狙ったものだ。その財源確保をジビエ料理の推進やグッズ販売が担うという。
大池:ひとつの世界に長く携わりすぎると、周りの変化に気がつかなくなってしまうこと、あるいは新しいチャンスに目が届かないことってよくありますが、狩猟はまさにそうです。池田さんや妻のように女性や外からの視点はとても新鮮で、狩猟は地産地消であり、町おこしになるんだと前向きに捉えています。
池田さんという若い女性が加入してきた勢いとSDGsの流れを追い風にしてもらいたいと願うが、その兆候を感じる出来事があった。
保守的な組織と思われる猟友会だが、70歳を超す大池会長はメールを使いこなし、記事で使いたいと依頼した数々の写真をわかりやすくファイル名をつけて、大容量のオンラインストレージサービスを使ってzipファイルで送ってきてくれた。
今回の取材をとおして、狩猟の世界の未来は決して向かい風ばかりではないと感じた。
池田瑠美(いけだ・るみ)
御殿場出身・社会福祉士
箱根駅伝での”山の神”往路優勝を現地で見たことをきっかけにトレイルランニングを始めるも、学生時代の体育は「1」。衝動的な行動力が取り柄。
大池信也(おおいけ・しんや)
静岡県駿東猟友会御殿場支部長
通信会社に勤めるサラリーマンの定年後、エゾジカを狩猟するためにライフル銃の免許を取得。猟友会の高齢化に悩みながら自立した組織作りと世代交代を目指している。