クジラ漁の伝統とラマレラ村を記録したドキュメンタリー映画『くじらびと』
手作りの木の小舟で海に漕ぎ出で、小舟よりもはるかに巨大なマッコウクジラに、銛一本で挑みかかるラマファ(銛打ち)。21世紀の現在もなお、こうした原始的で勇敢なクジラ漁によって、日々の暮らしを営んでいる村があります。
写真家・映画監督の石川梵さんは、30年以上にわたって、このインドネシアのラマレラ村に通い続け、彼らが先祖代々受け継いできたクジラ漁の伝統を取材してきました。その石川監督が、3年の撮影期間を費やして完成させたラマレラ村のドキュメンタリー映画『くじらびと』が、2021年9月3日(金)から、新宿ピカデリーをはじめ全国各地の劇場で順次公開されます。
インドネシアで人気の観光地バリ島から、東へ約1500キロ離れた場所に位置する、レンバタ島。沖縄本島よりやや大きなこの島の南端に、人口約1500人のラマレラ村はあります。村の土地は火山岩ばかりで農耕に適しておらず、村の人々は古くから、海で漁をすることで日々の糧を得てきました。漁の獲物は、トビウオなどの小魚から、マンタやジンベイザメのような大物までさまざまですが、それらだけでは、村人全員が生活するには足りません。
ラマレラ村の人々の暮らしを今も支えているのは、年間で10頭ほど獲れるというマッコウクジラ。マッコウクジラが1頭獲れると、村では骨以外のすべての部位を村人全員に分配し、それだけで全員が2カ月は食べていけると言われています。
ラマレラ村のクジラ漁では、テナと呼ばれる木製の小舟が用いられています。アタモラ(船大工)が代々受け継いできたテナの伝統的な作り方では、設計図もメジャーも用いず、釘や金具もいっさい使いません。完成後は、ヤシの葉で編んだラジャ(帆)を張って航行します。ラマレラ村の人々にとって、テナは今も、魂を宿した神聖な存在なのです。
大きな個体では全長15メートル、体重40トンにも達するマッコウクジラに、ラマファの銛だけで挑むクジラ漁は、常に命の危険をはらんでいます。マッコウクジラの尾びれの一振りで、テナがひっくり返ることもざらだとか。
そんな文字通りの決死の状況下で、石川監督とスタッフの方々が撮影に成功したクジラ漁の映像は、言葉を失うほどの圧倒的な迫力。船べりからの映像だけでなく、ドローンを駆使した空撮の映像も、ラマレラのクジラ漁のありのままの姿を、かつてない視点で見せてくれます。
石川監督がラマレラ村での撮影に取り組んでいた時、一人のラマファが、マンタ漁のさなかに命を落とすという悲しい事故が起こってしまいました。カトリックを信仰するラマレラ村の人々は、ラマファの死を悼みながら、火を灯したたくさんの小さな舟を、夜の海へと送り出していました。自分たちの命は、海とともにある。村人たちは常に、そうした畏れを抱きながら生きています。
映画『くじらびと』では、人間の側からだけでなく、マッコウクジラの視点からもクジラ漁を捉えようとする試みがなされています。大海原で自由に生きるこの巨大で美しい生き物が、はるか遠い昔からラマレラの村人たちにもたらしてきたのは、かけがえのない自然の恵みであり、人々が命をつなぐのに欠かせない糧でした。ラマレラの村人たちはそれをよくわかっているからこそ、常に敬虔な祈りと感謝を込めながら、マッコウクジラの命をおしいただいています。
捕鯨に対する一般的な是非では判断できない、自然と人の理想的な共生のかたちが、ラマレラ村には今も息づいているのです。
ラマレラ村にも、時代の変化の波は、確実に押し寄せてきています。石川監督がラマレラ村に通いはじめた30年前には、電気もガスも水道も、村へとつながる道路すらなかったそうですが、今は道路が開通し、2020年には電気も24時間使えるようになりました。クジラ漁に使うテナにも、以前は禁じられていた船外機が用いられるようになっています。都会に出て働くことを望む若者たちも多く、村の伝統的なクジラ漁は、慢性的な人手不足に悩まされているそうです。
映画『くじらびと』で記録されたラマレラ村とクジラ漁は、これから先、どうなっていくのか。その行く末はどこかで、私たち人間すべての未来のありようにも、つながっているのかもしれません。
『くじらびと』
監督:石川梵
2021年/ドキュメンタリー/日本/113分/カラー/ビスタ/5.1ch
配給:アンプラグド
配給協力:アスミック・エース
公式サイト:https://lastwhaler.com/
2021年9月3日(金)新宿ピカデリー他全国公開