4000m峰が連なるツェルマットの魅力
スイスのツェルマット周辺には29座の4000m峰が連なる。そのうちの1つが標高4164mのブライトホルンだ。岩場がなく氷河上をアイゼンで登っていく、スイスで一番難易度が低い4000m峰として知られている。ここには、登山愛好家や山の景色を楽しみたい観光客が世界中から集まってくる。
ヨーロッパの登山スタイルとは?
ヨーロッパではどんなスタイルで登山をするのか?どんな装備を使うのか?そして、国際山岳ガイドがどんなガイディングをするのか?日本からチャレンジする場合、事前の知識や心構えがあると、より快適に山行を楽しむことができる。そこで、実際にブライトホルンに登頂して体験したヨーロッパの登山スタイルを紹介する。
ブライトホルンやマッターホルンなどの4000m峰は自己責任で個人で行くこともできる。しかしより快適な登山、事故のリスクを考えると知識や経験のある国際山岳ガイドと一緒に行くことを強く勧める。ヨーロッパでは多くの国際山岳ガイドが活動している。ガイドの予約はツェルマットにある山岳ガイドオフィスの「ツェルマッター」でできる。
氷河の山を登るための装備
装備はなるべく軽くコンパクトに。女性は荷物が多くなりがち。装備を確認すると余分なもの使わないなものが入っていることが多い。洗面道具は小分けボトルに。行動食は食べる分だけ。フリーザーバックに入れて軽量化を図る。
登山靴はアイゼンが装着できる雪山用。水分補給は背負ったまま飲めるハイドレーションをおすすめする。ハーネスは軽くコンパクトになるものを選ぶとバックパックに収納しやすい。山小屋1泊の場合は、バックパックを30L 前後にすると背負いやすく疲れにくい。
装備は現地でレンタルも可能
朝9時に女性の国際山岳ガイド3人と合流。スイス人のカロ、オーストリア人で過去にフリーライドスキーのチャンピオン経験もあるナディンはスイスブランドのマムート・プロチーム・アスリートだ。イギリス人で国際山岳ガイドを目指しているアスピラントガイドのロウ。そしてスイス人フォトグラファーのフローレンス。今回の国際メディアトリップに参加した取材メンバーは11人、全部で15人の女性のチームだ。
足りない装備があれば”マムートショップ”でレンタルできる。アイゼン、ピッケル、ハーネス、カラビナを現地調達することで、装備を日本から運ばず手軽に楽しむこともできる。雪山用の登山靴もスポーツショップでレンタルできるが、慣れた自分の装備で行くのもよい。
装備が揃ったら、自分の登山靴にアイゼンを調整して合わせる。ガイドたちが丁寧に指導してくれた。
天候を確認して服装と装備を決める
事前に天候や風の確認をし、どんなウェアやグローブ、帽子、飲み物が必要なのかを決めることも重要だ。天気は抜群で標高3880m地点は最高気温が1度と比較的に温かい予報だが、とにかく風が強い。なんと登頂日の山頂付近の風速は時速約85km。立っているのがやっとだろうと予測。登頂できるのだろうか?
例えば上の写真のマッターホルンは、前日まで悪天候だったため真っ白だ。このくらい岩に雪がつくとマッターホルン登頂は非常に困難になる。プラス強風ともなると滑落の危険度が増し、ガイド協会が登山自体を中止することもある。
3880mの展望台への快適すぎる移動
ツェルマットからゴンドラに約30分乗り、トロッケナーシュテークへ。そこから3本のケーブルを使う最新の”3Sシステム”のロープウェイに乗り換えた。風に強く安定した走行だ。標高3883mのクライン・マッターホルンにあるマッターホルン・グレッシャー・パラダイス駅へ移動。富士山より高い場所へ簡単に行くことができるのだから驚き感謝の念が沸く。
大事なのは高所順応
日本を出発する前の体力トレーニングや雪山での山行経験も大事だが、現地に入ってからの高所順応が非常に大切だ。私たちは前日に標高3080mのゴルナグラート展望台へ行きハイキングをし、標高1620mのツェルマットのホテルに宿泊。これも高所順応の一役を担っている。
マッターホルン・グレッシャー・パラダイス駅では約50分弱、ゆっくりとお茶休憩とお手洗いタイムを取った。天候と行程時間に余裕があれば、これが非常に大事な時間だ。高山病になると血中酸素濃度が低くなり、頭痛や吐き気、視界が狭くなったり、ふらふらすることも。水分を補給しお手洗いに行くことによって、血流の中の酸素を促すのだ。もちろん前日の睡眠もとても大切である。
女性の国際山岳ガイド
外に出ると風がすごく強い。フードをかぶり、風で装備が飛ばないように注意する。まずはアイゼンの装着。右と左を間違えないように。12本の爪をしっかり食い込ませて歩く。
スイスには女性の国際山岳ガイドが約40名。じつは日本には女性の国際山岳ガイドがまだいない。
風が強く手が冷えるのでグローブをしてアイゼンを装着する。初めてアイゼンを履くメンバーはグローブをしながら紐をうまく締めることができない。しかしガイドたちが親切に見回ってチェックしてくれるので、慌てる必要はない。
アイゼン・ピッケル・ロープワークの練習
ブライトホルンのノーマルルートはツェルマットを早朝に出発し日帰りも可能だ。その場合は下る必要がなく、山頂を目指して登っていく。
今回は標高3883mのマッターホルン・グレッシャー・パラダイス駅から、標高3480mの山小屋まで下り宿泊をする特別なプラン。そして翌朝にマッターホルン・グレッシャー・パラダイス駅まで同じコースを登り返してブライトホルンに挑戦する。マッターホルンの南壁を眺めながら氷河上のスキーコースを軽快に歩き出す。雪はしまっていて歩きやすい。
コース横に張ってあるロープをくぐるとクレバスがあるのでコースを外れてはいけない。
エイトノット
約4㎞、標高差約400mを下り、小屋付近にて”エイトノット”を作る練習をした。ねじれがないようきれいにできるまで何度も作り直す。
タイトロープ
氷河上での歩行はクレバスの危険があるので必ず約15m間隔のタイトロープで結ぶ。ロープは踏まないようにたるませず少し張って歩く。
プルージック
固定ロープにスリングで”プルージック”を作る練習。これは荷重がかかると固定されるので、確保、懸垂のバックアップ、登り返しの際に使う技術だ。考えなくてもできるまで何度も作り直す。今回の登頂アタックでは使う場面は出てこなかったが、ロープワークは知っておくと何かと役立つ。キャンプではテントやタープ設営、ランタンを吊り下げたり、いろんな面で大活躍する結び方。
滑落停止
アイゼンを外した状態で、ピッケルの持ち方を指導してもらい、滑落停止の練習をした。ピッケルを差し込むタイミングが難しく、とっさにできるように何度も練習した。
3480mの山小屋では自己紹介をして交流タイム。そして高所順応のため水を購入して、たくさん飲んでは、お手洗いへ。夕食は消化を良くするために腹八分目。お酒は飲むと酔いが回りやすいので控えめに。そして21時に就寝。
登頂アタック開始
早朝5時前に起床。酸素が薄い高所での宿泊と登頂の緊張が重なり、眠れないメンバーがほとんどであった。朝食のパンとチーズやハムはなかなか喉を通らなかったので、紅茶やコーヒーを飲んだ。
6時前にアイゼンとハーネスを装着し出発。タイツの上にソフトシェルのパンツ、薄手のダウンの上に防風を意識してゴアテックスのジャケットを着た。
マッターホルンをバックに朝焼けの中を歩く
昨日下ってきたスキーコースをゆっくりと登り返し、マッターホルン・グレッシャー・パラダイス駅を目指す。山頂までは標高差約700mだ。マッターホルンや周辺の4000m峰が赤く染まっていく景色は素晴らしかった!
高所なのでロウソクを吹き消すように深呼吸をしながら登っていく。少し斜度がある場面ではストックがあると姿勢が良くなり登りやすかった。筆者は2本持って行ったので1本は持ってこなかったメンバーに貸し、助け合った。
休憩はガイドがロープを用意している間に素早く
マッターホルン・グレッシャー・パラダイス駅近くに到着すると、とにかく風が強く寒く感じた。ここからはクレバスが潜んでいる可能性もあるので、ガイドたちがロープで繋ぐ準備する。
その間に筆者はグローブを雪用に、ヘアバンドからニット帽へチェンジ。さらにジャケットに入れておいたチョコバーを口に入れ、ハイドレーションで水分補給。氷河上でバックパックを下ろす場面は少ないので、貴重な時間。
お手洗いはないので、ガイドに確認しハーネスを外し氷河上で用をたす。今回は女性のメンバーだけなので、きっと初めて体験する人には言い出しやすく良い点であったと思う。
エイトノットでタイトロープに結び、ガイドのカロとナディンの2グループに分かれた。フォトグラファーのフローレンスはロウと組み2グループの写真を撮ってくれた。
最後の急斜面
筆者は先頭を行くカロのグループ。急登になる手前でショートロープに変更。ピッケルも準備。カロがロープを用意しているときに行動食と水分を補給。山行中にガイドの動きをよく見て観察すると、いつ装備を変えるのか行動食を食べるのかタイミングが分かるようになる。
登りは山側でピッケルを持ち、曲がる度に持ち返る。写真では分かりにくいが、強風でしっかり支えていないと体をもっていかれそうだった。
感動の登頂の瞬間
登頂は感動的であった!しかし風が強すぎ、山頂をじっくり味わう時間もなく即座に下山!自分のカメラを取り出す余裕がなかったほどだ。フォトグラファーのフローレンスは強風のなか、2グループの間を駆け回りしっかり撮影してくれていたので尊敬する!
下山も慎重に
なんとか登頂できたのはカリカリのアイスバーンではなく、雪質が最高の状態であったから。下山はガイドのカロが最後に歩き力強く確保。私たちは転ばないよう慎重に下った。
マッターホルン・グレッシャー・パラダイス駅からロープウェイとゴンドラで下山し、ツェルマットのカフェで登頂を皆で祝った。
強く美しい女性国際山岳ガイド
彼女たちの優しく逞しいガイディングに感動をした。筆者は子供が2人おり、産後初の4000m峰となった。いろんな世代が混ざった女性のツアーはお互い助け合い励まし合い、女性のペースで進むことができるのが良いポイント。仕事や子育て、アウトドアの経験をシェアし合い学びの多い山行となった。久々のアドベンチャーな体験は感覚を取り戻すきっかけとなり、人生のモチベーションが上がった!
いつか日本から安全な渡航ができるようになり、4000m峰に挑戦する際にはスイスのツェルマットにあるブライトホルンをおすすめしたい!
●取材協力:スイス政府観光局
www.myswiss.jp
●参考サイト
100% Women Peak Challenge サイト
https://peakchallenge.myswitzerland.com/en/
https://www.myswitzerland.com/en-ch/experiences/100-women/