ローカルに根づいたクラフトブルワリーを紹介するシリーズ。第18回は静岡県掛川市の掛川ファームブルーイング。掛川出身の代表、杉浦健美さんに地元でクラフトビールを造る強みを聞いた。
地元の農産物の廃棄量を減らしたい
掛川ファームブルーイングは2018年の創業。代表の杉浦さんは、これに先立ち2009年、JR掛川駅の近くに「FUNNY FARM(ファニーファーム)」というカフェレストランをオープンしている。ファームの名が示すように、地元の農産物を取り入れたメニューをコンセプトにしたレストランだ。
掛川市はお茶どころで知られるが、柑橘類、ベリー類をはじめとした果物や野菜に恵まれている。
「ぼくの実家は兼業農家でしたし、友だちにも農家はたくさんいました」ということで、杉浦さんにとって地元の農産物は、ごく身近な存在。当たり前すぎて気にして来なかったが、レストラン経営を始めた2000年代になって気づいたことがある。捨てられる農産物の量だ。
出荷されるより、捨てられるほうが多い。生産者サイドからすればそれはある面、仕方のないことであり、コスト的に理にかなったことでもあるのだが、杉浦さんの目にはやはり「もったいない」と映った。
何とかできないか……。と考えつづけ、そのひとつのアイデアがクラフトビールだった。
「レストランを経営するだけでなく、自分たちも生産したいという気持ちもありました。クラフトビールなら地元の農産品が使えます。それに、掛川にはまだクラフトビールのブルワリーがなかったのでチャレンジのしがいもありました」
静岡県にはいくつか全国的にも名の知れたクラフトビールがあるが、静岡市や沼津市など県中東部に集中していて、静岡市と浜松市の間にある掛川市には一軒もない。いわば空白地帯だった。
2018年、杉浦さんは掛川ファームブルーイングを創業。コンセプトは掛川の農産品をおいしく食べる、飲む、そして無駄にしないこと。
農産物もパンも。フードロスをクラフトビールで減らす
10月16日の世界食料デーをご存知だろうか。国連が定めた「世界の食料問題を考える日」だ。日本は2008年から10月を「世界食料デー月間」に定めていて、全国各地で食糧問題を考える啓蒙月間としてさまざまな活動が行なわれている。
杉浦さんはブルワリー創業以前から、フードロスをなくそうと、カフェレストラン「ファニーファーム」でイベントを開いてきた。農家から持ち寄られた廃棄予定の棄野菜でスープを作ったり、野菜から染料を取り出したり。近所の人たちとワークショップを開いてきた。
掛川ファームブルーイング創業翌年の2019年10月には、市内のパン屋さんから廃棄パンを提供してもらい、初めて廃棄パンビールを造った。
近年、廃棄パンを使ったクラフトビールが国内外でちらほら見られるようになり、エコ分野の人々からも注目されている。
パンは食パンやバケットなど油分の少ないもの。細かくして麦汁と合わせるのだという。つまり「麦芽の一種」として利用する。よって「パンを使ったビールならではの味わいというのは特にはないでしょう」とのこと。
2019年10月に第1号廃棄パンビールを醸造。しかし、昨年はコロナ禍で世界食料デー月間中のイベントは開催できず。「今年も様子を見ながらですが、何とか造りたいですね」と話す。業務用のパン工場やコンビニエンスストアなどから「廃棄パンをどうにかしたい」という相談は増えてきているという。
農作物の話に戻る。廃棄される農作物の多くは、出荷する際にサイズや形の「規格外」とされるものだ。店頭に並んだときに食べ頃になるよう、熟しすぎたものも規格外になる。
「農家さんにそういう農作物をくださいとお願いしています。双方、うまく噛み合えば、コストダウンにつながりますしね」
むずかしさもある。「重要なのは廃棄野菜を回収するタイミング」と杉浦さんは言う。廃棄されそうな時期を見計らって生産者に連絡を入れる。
「そろそろ桃、どうですか?」「あるよー。」「じゃ、取りに行きますねー」。こんなやりとりをしてすぐに取りに行けるのは、畑が近所にあるからだ。これが「じゃ、東京から来週行くので保存しておいてください」になると、生産者にとっても負担になる。
「生産者と直にやりとりできることがローカルのメリットだと思います。最後は“収穫して持ってって”になります。熟しすぎていて出荷できない桃とか。でもそれがビールの原料としてはちょうどいい」
桃の収穫はそろそろ終わり、これからレモンの収穫が始まる。杉浦さんもスタッフとともに収穫作業をする。
お茶の名産地である。掛川ファームブルーイングの定番ビールには「深蒸し茶エール」「ほうじ茶エール」がある。原料の茶葉は、地元の茶葉工場がカケガワビールのためにブレンドし、焙煎してくれたものだ。世界広しといえどもビール専用の茶葉を製造している工場はここしかないだろう。「だからほんと、がんばらないと」と杉浦さん。
農作物の提供元の生産者には、ビールを製品化する前に試飲してもらう。フルーツ系のビールには、たいがい「これビールなの?」と言いたげな顔をされると笑う。筆者も「森町うまれブルーベリービール」を飲んだときは、新酒ワインのような味わいに思わずラベルを見直してしまった。
「ビールにもいろんな味があるんです〜と説明して。はじめは驚いていた生産者の方もだんだん楽しんで飲んでくれるようになりました。市内に置いてくれる店も増えてきています」
ウチのビールだけじゃ足りない。掛川にビール文化の種をまく
杉浦さんはJR掛川駅の近くにカフェレストランのほか、「BUKET HERE/CORNER(バケツヒア/コーナー」というビアバーを経営している。ここにはタップが10本ある。3本はカケガワビール、7本は国内外のいろいろなビールが入れ替わる。
クラフトビールのブルワリーに併設されるタップバーのタップは、ほとんどそのブルワリーのビールであることが多いが、「バケツヒア/コーナー」は違う。
「たしかにクラフトビールは話題になっていますけれど、このあたりではまだまだと感じています。もちろん、自社のビールを飲んでほしいけれども、ウチのビールだけ置いていたら、それだけの世界になってしまう。世界にも日本にも素晴らしいビールは山ほどあります。その大きなビールの世界のひとつに、掛川の農産物を使っているビールもあるよってことで」
日本のクラフトビールの醸造所は2021年9月現在500を越え、今も増えつづけている。ただし、この人気がいつまで続くのかはわからない。
「掛川には日本酒があります。焼酎もあります。でも、ビールはなかった。だからビールの世界の楽しさを知ってもらうのが先」と杉浦さんは語る。「ぼくら、本気で根づきたいんで」。
今のクラフトビールブームの先まで見ている。10年後、掛川のパンや野菜の廃棄量は減っているだろうか。日本のフードロスは? そして掛川ファームブルーイングはどんな原料でビールを造っているだろう。
掛川ファームブルーイング
静岡県掛川市肴町3-5 https://kakegawabeer.official.ec