最 後は、「アタックザック」。
杉本という友人が安曇さんに話してくれたこと。槍ヶ 岳を目指すクラシックルート途中のテン場。広 さは40平米くらいだろうか。ほかに人はおらず、ひとりでテントを設営していると、向こうにポツンとアタックザックが置いてある。
「逆はありえますよね。60Lくらいのザックがおいてあったら、あ あ、今アタックザックだけ背負って頂上を目指してるんだなってわかるけど、で も、置いてあるのはアタックザックなんです」
な んだろう、あのアタックザック。
強い違和感を感じた杉本さん。夕方、軽い食事をとり、テントの中でゴロンと寝転んだ。
風がそよそよと吹き、とても気持ちのいい夜。
もうこのまま眠ってしまおうか、とうとうとしていると、ふいに
「やっ と見つけたよ!」
耳 のすぐそばで男の声がする。慌 ててテントをでて周囲を見渡しても誰もいない。た だ、あのアタックザックがポツンと置いてあるだけ。な んだか胸騒ぎがして、杉本さんは翌日、槍ヶ 岳を目指さず山を降りることにした。最後に記念写真でも、とテン場でセルフタイマーで3枚。ま だフィルムカメラだった時代の話。1週間たってできあがってきた写真をめくるうちに、後ろにたまたまアタックザックが写り込んでいるのに気がつき、その瞬間全身の鳥肌が立つような、あるものが写っ ているのを見てしまった。
—————— !!!
こ、 こわいやないかーーー!!悪 いものはそんなにいないってさっき言ったじゃないですか!! こ れってフィルムカメラだったから、1週間のタイムラグがあるから助かったけれど、デジタルだと考えるとぞぞぞーー!
テ ン場で。尾根道で。山小屋で。第六感がざわっとするあの感じ。決 して気のせいではなかったのですね。山好きでも怖い話は別に、という方にこそ読んでほしいです。怖 がるための本ではなく、山って人知を超えた何かが集まる場所でもあるよね、と 山のことを新しい目で見るひとつのきっかけになると思うのです。それにしても、いやー、いい冷汗かきました!
新 刊のお知らせです!
「山の霊異記 霧中の幻影」(角川文庫 7月2日発売)
霧の山道で背後からついてくる操り人形のような女性、登山中 になぜか豹変した友人の態度、「死ぬ人の顔が見える」という三枚鏡……。登山者や山に関わる人々から聞き集めた怪異と恐怖を厳しい自然と ともに活写する。山岳怪談実話の名手による、山の霊気に満ちた怪談集。「ヒュッテは夜嗤う」を改題。
「山の霊異記 幻惑の尾根」(KADOKAWA 7月25日発売) 閉ざされた無人の山小屋で起きる 怪異、使われていないリフトに乗っていたモノ、山道に落ちていた小さな赤い靴の不思議。登山者や山に関わる人々から訊き集めた、美しき自 然とその影にある怪異を活写した恐怖譚。山をこよなく愛する著者による、至高の山岳怪談。
「死霊を連れた旅人」(大和書房 8月8日発売)
「深夜の山小屋に入ってきた男の正体」「雪の中に飛び込んで 消えた山仲間」「旅館の鏡が映した有り得ないもの」……。山、海、旅館などを舞台にした26篇 の旅怪談が、あなたを恐怖の異界に誘う。
文・高橋紡