『National Geographic』写真賞の受賞を機に、国内外で写真を発表し、旅を続けてきた写真家 岡田裕介さん。待望の新作は、日本の最西端にある与那国島(沖縄県)に生きる野生の在来馬、与那国馬。12年に渡り向き合ってきたテーマの集大成となる写真集『その背中を風が撫でて -Horses in the wind-』 の発売に合わせ、同タイトルの写真展を10/12〜10/17弘重ギャラリー(東京都) 、11/2〜11/17京都写真美術館ギャラリージャパネスク(京都府)にて開催します。*会場の詳細は最後に紹介。
マナティやペンギンなど、世界中の野生動物と真正面から向き合い、やさしいまなざしで切り取り続けている岡田さん。与那国馬との出会いについてうかがいました。
日本最西端の島で運命的な出会い
「与那国島は日本最西端に位置し、隣接する台湾まで約110kmの国境の島。八重山の島々の中でも特に、”何もない”がある、のが魅力の、小さくて静かな島です。そんな与那国島に初めて訪れたのは12年ほど前、一時的に石垣島に移り住み八重山の島々をめぐって撮影を続けていた時でした。ハンマーヘッドシャークの群れを撮影することが目的で与那国島を訪れたのですが、特に冬の与那国島は風が強く、海は流れが早い。厳しい環境での撮影に疲れ切っていた時、気分転換で島を散策していて出会ったのが、野生に近い状態で放牧されている与那国馬でした」(岡田さん、以下同)
与那国馬は日本に8種残っている日本在来馬の1種で、昔は農耕馬として活躍していたが、農機具や自動車の普及などによりその役割を失い、急速に頭数が減ってしまった。そのため今は保存会が設立され、保存と増殖のために放牧されているそうだ。
与那国馬と過ごした特別な時間を切り取る
「野生ゆえ、背骨は曲がり、毛艶も良くない無骨な馬たち。しかし見れば見るほど個性的で愛嬌があり、穏やかに生きる彼らの波長が島の自由な風と重なって実に心地よい。いつしか沖縄の圧倒的に綺麗な海や満点の星空よりも夢中になって、彼らにカメラを向けている自分がいました。幾度となく足を運び、気づいたら12年もの月日が経っていました。大きな出来事も、奇跡のような瞬間もありませんでしたが、それでも水平線から昇る朝焼けの光の中、遮るもののない強い雨風の中、馬たちの吐息だけが響く満月の静かな夜、ただ馬たちと過ごした時間は、全てが特別な時間でした」。
与那国島では与那国馬を普通に見られるの?
「ドライブやサイクリングで島をまわっていると普通に見られます。島には広大な牧場が3つあり、与那国馬がいる「北牧場」と「東牧場」、もうひとつが、混血の馬を放しても良い「南牧場」で、「南牧場」は昔、主に食用に連れてこられた与那国馬以外の子孫が暮らしています。特に柵などもないのですぐ近くにまで寄ることは可能ですが、驚かせたり、背後から近づくと蹴られることもあるので、注意が必要です」。
与那国馬は野生に近い暮らし方をしているが、一頭ごとに持ち主がいるそう。また、野生に近い形で放牧されている牧場とは別に、個人や保護団体が運営している牧場があり、観光客や地元の子供たちはそちらで乗馬をしたり、餌やりなどの世話をして触れ合うことができるそうだ。
「昔は農耕馬として生活の中にいる身近な存在だったと思うのですが、島民の与那国馬への関心はそこまで高くはないようで、1日撮影していても、たまに来る観光客以外に人に会うことはあまりありません。与那国島は観光客も海底遺跡やハンマーヘッドシャークなどダイビング目的が多く、島民の方と話しても与那国馬の撮影に来たというと珍しがられるぐらいでした」。
写真展では大迫力の特大パネルも展示
「今年の4月、夜明け前の薄暗い時間に馬たちの様子を見回っていたら、岬の先で何やらうごめく馬の群が見えました。静かに近寄ると、不穏な空の下、おしくらまんじゅうのように揉み合っていた数頭の馬たちが、次の瞬間覆いかぶさったり、後ろ足で蹴り上げたり、胴体をぶつけ合ったりと、日頃の穏やかな様子とは段違いの迫力の光景が目前で繰り広げられました。その時の1枚がこの写真です。写真展会場ではその時の写真を特大パネルで複数展示しますので、ぜひ全身で体感してください」。
「また、ある満月の夜。月明かりに照らされた馬を撮影したくて深夜の岬へ少しの恐怖心を抱きながら訪れると、昼間と変わらない穏やかな馬たちの時間が流れていました。よく見えない分、彼らの呼吸、草を噛む音、足音がとても身近に感じられて、誰もいない暗闇の怖さが嘘のように消え去っていきます。それどころか、今まで感じたことのない安らぎまで。僕と馬たち、お互いが存在を意識し合わない静かな闇の中で、馬本来の波長を感じ取れた時間でした」。
岡田さんが撮る与那国馬はときに穏やかで、ときには野生を爆発させ……、海風を感じながら実際に与那国馬を眺めている気分にさせてくれる。「今回はネイチャー写真として学術的に有益な写真でも、高尚な芸術でもなく、僕が彼らを見続けた”眼差し”です。その眼差しを通して、そこに生きる馬たちをぜひ見てください。写真を”体感”していただきたいと思っています」と、岡田さん。
自由に旅ができず、ストレスが溜まっている方も、そうでない方も、脳内トリップ。ぜひ、写真展に足を運んでくださいね。
<写真展情報>
『その背中を風が撫でて-Horses in the wind-』
【東京会場】
弘重ギャラリー(東京都渋谷区恵比寿南 2-10-4 ART CUBE EBIS B1F)
期間:10/12(火)~10/17(日) 11:00~19:00(最終日 17:00まで)
入場無料 / 会期中無休
TEL:03-5722-0083
WEB:http://hiroshige-gallery.com/
【京都会場】
京都写真美術館 ギャラリージャパネスク 2階(京都市東山区堀池町 374-2)
期間:11/2(火)~11/7(日) 11:00~18:00(最終日 17:00 まで)
入場無料 / 会期中無休
TEL:080-5988-7720
WEB:https://kyoto-muse.jp/japanesque/
<写真集情報>
写真集『その背中を風が撫でて-Horses in the wind-』
オンラインストアにて10/1 (金)より先行予約開始。
https://yusukeokada.stores.jp
※発売からしばらくは写真展会場及び直販オンラインストア限定販売。
岡田裕介プロフィール
埼玉県生まれ。大学卒業後、フォトグラファー・山本光男氏に師事。2003年より、フリーランスフォトグラファーとして独立。
島好きが高じて沖縄・石垣島、ハワイ・オアフ島へ移住を経て、現在は東京を拠点に活動中。
自然写真の分野では、水中でバハマやハワイのイルカ、トンガのザトウクジラ、フロリダのマナティなどの大型海洋ほ乳類、陸上で北極海のシロクマ、フォークランド諸島のペンギンなど海辺の生物をテーマに活動している。https://yusukeokada.com/
文/松村由美子