地域に根づいたクラフトビールブルワリーを紹介するシリーズ。第20回は、石川県金沢市で初めてのクラフトビールをつくったオリエンタルブルーイング。代表の田中誠さんにインタビューした。
コンパクトシティ金沢のクラフトビールの可能性
2016年、金沢の観光地で知られる東山に金沢市初のブルーパブが生まれた。始めたのはオリエンタルブルーイングの代表、田中誠さん。当初はひとりでビールを醸造し、出荷するだけのブルワリー業を考えていたが、友人らが店を手伝ってくれることになってブルーパブが誕生した。大正時代から残る建物をリフォームして使っている。
田中さんは大学時代に上京し、卒業後は東京で経営コンサルタントの仕事をしていたが、結婚を機に30歳のとき地元の石川県に戻ってきた。ここでどんな仕事をするか……新婚旅行がてら約一年、世界を旅して回りながら考えたという。そこで出会ったのがクラフトビール。スウェーデン人のブリュワーから醸造を学ぶ機会があった。
「金沢でいくつか事業のアイデアはあったのですが、自由な時間、自分の興味などを考えていったら自然とクラフトビールにたどり着きました」と田中さんは話す。もちろん興味だけで起業できるものではない。ビジネスとしての将来性も見きわめた。
「世界各地を旅行してわかったのは、クラフトビール人気が確実に高まっていること。ワインのイメージが強いイタリアでもクラフトビールは人気でした。アメリカでは、すでにクラフトビールが全体の消費量の1割ほどを占める勢いがあり、日本でもこれから必ず伸びると」
金沢の町もクラフトビールに合っていると考えた。独自の伝統文化が息づく古都。豊かな食文化と酒文化。
「こんな小さなエリアに、これだけたくさんの飲食店が凝集している町はあまりありません。北陸新幹線が開通し、インバウンドが想像以上に増えたことも追い風になりました。やはり観光地ですから、観光客は金沢の地の酒を飲みたいと思うでしょう。日本酒の選択肢はたくさんあるのに、ビールは大手のラガーばかり。金沢のビールを飲みたい人もたくさんいるはずです」
ユニークさを求めると原材料にたどりつく
オリエンタルブルーイングは創業当初からローカルブルワリーを目指している。コンセプトは「ローカルでユニーク」だ。
田中さんは世界旅行する中で、各地のブルワリーやブルーパブを100か所ほど訪れたと話す。だが、「意外に、その地域らしいと感じられるビール、ブルワリーは少ない」という印象が残った。
「ホップはアメリカから仕入れ、モルトはドイツから仕入れ、人気のIPAを造るとなると、どうしても似通ったビールになってしまうのは仕方ない。でも、ローカルでユニークなものでないと面白くないし、金沢でやる意味もないなと思いました。そうしてユニークさを求めると、原材料に行き着くんですよね」
オリエンタルブルーイングは、金沢の奥座敷と呼ばれる湯涌温泉の名産、金沢ゆずを使った「ゆずエール」や、加賀棒茶と呼ばれる茶を使った「加賀棒茶スタウト」、奥能登で伝統的な製法でつくられる能登塩を使った「能登塩セゾン」など、土地の特産品を次々と取り入れている。10月にはハロウィーンに合わせて、打木赤皮甘栗南瓜(うつぎあかがわあまぐりかぼちゃ)という加賀野菜を使った「パンプキンジャック」というエールを醸造している。規格外品としてハジかれたカボチャを活用したという。
筆者は「能登塩セゾン」「パンプキンジャック」を飲んだ。ほのかに残る塩み、甘み。いずれもラベルを見ずに飲めば気づかないほどの繊細なフレーバーを感じた。
ローカルブルワリーとしてできること
直営店やブルーバーを経営することも大事だが、地域の食店や小売店に置いてもらうことが重要だと、田中さんは語る。そのために飲食店とのコラボも次々と手がける。
市内のスペインレストラン「レスピラシオン」とのコラボビールはクロモジを香りづけに使っている。
「このあたりは山に囲まれていて、いろんな植物が生えているんですよね。クロモジは低木ですけど、ほとんど下草のようにたくさん生えている。レストランではクロモジの楊枝を使っているので、シェフからクロモジはビールに合わせられないかと提案されました」
田中さん自身、もともと金沢の農産物に特に興味があったわけではなく、山に入ればクロモジが自生していることも知らなかった。東京から地元に戻ってきて、あらためて知る加賀のものが多いという。
ホテル「ハイアットセントリック金沢」のグリル・ラウンジ「FIVE」とのコラボビールでは、FIVEにちなんで5種類のホップを使ったビールを醸造した。
オリエンタルブルーイングは、金沢市内から車で30分ほど山に入った湯涌地区の東町に醸造所を持っている。
ここでは数年前からホップの栽培が始まっている。
5年前(2016年)に地域おこし協力隊でこの町に来た黒瀬博之さんが協力隊の任期終了後もこの町に残り、特産品づくりを目指して、休耕地を利用して大麦やホップの栽培を始めた。そしてバー「LA FERMATA」(ラ フェルマータ)をオープンし、地産のホップや大麦を使った「湯涌谷ビール」も販売している。このビールを醸造しているのがオリエンタルブルーイングだ。
黒瀬さんは、始め、どんなビールに仕立てるか考えたとき、町の人に意見を聞いた。
「これまでクラフトビールなんて知らない、飲んだことないという人たちに、いろいろなビールを飲んでもらい、好みを聞かせてもらい、それを基にレシピを考えました。そしてそれをオリエンタルブルーイングさんに造ってもらっています。店には他のクラフトビールも置いていますが、ここのビールが一番おいしいと言ってくれる人もいます」と話す。
湯涌町のオリジナルビールは4年目になる。初めてのクラフトビール、初めての味。それが“おらが町のビール”になるのかもしれない。
今では、オリエンタルブルーイング醸造所の裏の休耕地でもホップの栽培を始めている。
「ここの冷涼な気候はホップ栽培に向いています。畑はたくさん余っているので、もっと広げたいのですが手が足りません。ホップの棚を立てるのが大変です」と田中さん。
休耕地の活用。醸造後に出る麦芽カスを近くの牧場に飼料として活用してもらっている。ローカルブルワリーとして金沢の奥座敷でも活躍している。
今、醸造所と直営店でアルバイトを含めると30名ほどのスタッフを抱える。醸造所をフル稼動させれば、石川県のビール消費量の1%分くらいの量は出荷できると、田中さんは見込んでいた。だが昨年、コロナ禍に直撃され、計画は後ろ倒しになった。まん延防止等重点措置の発出中は、4軒の直営店は閉店せざるを得なかった。この時機のニーズに合わせ、ノンアルコールビールの醸造も始め、1リットル入りグラウラーも作った。直営店ではグラウラーでお持ち帰りの1リットルを割安で提供している。
人の流れが戻るまで、まだ時間がかかるだろうと田中さんは読んでいる。それでも「ローカルでユニークで、ここにしかないから価値がある。そういうビールを造りつづけたい」
今、各地域の特産を再発見して、活用しようとしているのがクラフトビールのブルワリーでないだろうか。オリエンタルブルーイングも金沢の魅力を再発見し、耕そうとしている。
オリエンタルブルーイング 石川県金沢市東町32 http://www.orientalbrewing.com