チベット文化圏を中心に撮影された「祈り」をテーマにした写真集『Kor La -コルラ-』を2016年10月に上梓した写真家の竹沢うるまさんが、11月にも、もう一冊の新刊を発表しました。そのタイトルは『旅情熱帯夜 1021日・103カ国を巡る旅の記憶』。今回のインタビュー後編では、旅好きな人なら思わず反応してしまうその本についてのお話を伺いました。
——この『旅情熱帯夜』という本を作ろうと思ったきっかけは何だったんでしょうか?
竹沢うるまさん(以下竹沢):いわゆる「竹沢うるまとしての作品」ではないものを作りたいな、と。テーマがどうこうではなく、ワクワクする旅の本がほしいな、作りたいな、と思ったんです。これまでにも、たとえば沢木耕太郎の『深夜特急』、藤原新也の『メメント・モリ』、星野道夫の『旅をする木』といった、旅情あふれる本がありましたよね。都会にいる人たちも旅立たせるような、ワクワク感を詰め込んだ本。でも最近は、そういう旅情を刺激する本が少ないなあと感じていて。そういう本を、僕の持っている素材で作れないかな、と。
——『旅情熱帯夜』というタイトルがすごくユニークですよね。
竹沢:熱帯夜、眠れない夜という響きが、旅人の心の微妙な落ち着かなさ、期待や不安、心の揺れ、旅の高揚感みたいなものに似ているなあ、と思って名付けました。
——この本は、かつて『Walkabout』と『The Songlines』でも描かれた、2010年から2012年にかけての1021日間、103カ国を巡る旅の経験をもとに作られていますよね。内容的には時系列で構成されているんでしょうか?
竹沢:構成上どうしても組み替えなければならない部分もありましたが、基本的には95パーセント以上、時系列です。写真と文章、日記からの書き出しを、コラージュのような形で組み合わせています。文章は半分以上書き下ろしですが、ブログなどに書いていたものや、手書きのノートなども使っています。
——同じ旅を作品集としてまとめた『Walkabout』と比べると、対照的で面白いですよね。コラージュならではの表現によって、当時の竹沢さんが感じていた「熱」が込められているというか。
竹沢:自分の写真がとか、ストーリがとか、そういうことではなく、手元にある素材を組み合わせて、旅の熱帯夜の気持や旅情感をどうやって生み出すか、ということを考えていました。単純に、旅の本質みたいなものを詰め込んだ本を作りたかったんです。
——当時の日記や文章をあらためて読み返してみて、いかがでしたか? こんなことを書いてたのか……と思ったりとか。
竹沢:ああ、それはありますよね。旅の日記は恥ずかしいものですから。でもそれが本音だし、その時の自分ですから。
——旅をしている間は、楽しい出来事ばかりではなく、ネガティブな方向に気持が振れることもあったわけですよね。そういった時の思いも詰め込まれているんでしょうか。
竹沢:旅が長くなれば……感じることの9割くらいは、つらい気持ですよね。そういう気持もいっぱい書いています。旅情というのは、心の振幅なんですよ。一方に振れれば振れるほど、逆に振れた時の振れ幅も大きくなる。ネガティブな方向への振れ幅と、ポジティブな方向への振れ幅があって、その間に大きな差が生まれる。それこそが、旅の中でこそ感じられる高揚感なんでしょうね。
——最近刊行されている旅関係の本は、そういう旅の中でのネガティブな気持をあまり表に出していないものが多いような気がします。
竹沢:だから、リアル感がないんですよ。旅自体が非常に浅くなってしまう。自分自身の心の流れ、自分の本心を感じ取れなくなってしまっている旅人が多い気がします。たとえば、ある人がボリビアのウユニ塩湖に行くとしたら、あの湖に関する情報は世間に山ほど出回ってますから、いくらでも知ることができますよね。そういう情報を事前にたっぷり見て、「死ぬまでにどうしても行きたい、あそこに行くのが夢だった」と道中ずっと周囲に言い続けながら、ようやく現地に到着する。そうしたらもう、その人は……感動するしかないじゃないですか。
——「やっぱりイマイチだった」とか言えなくなってしまいますよね。
竹沢:その人の旅自体に、そこで感動して、納得して、楽しんで、満足して帰ってこなければ、というフィルターがかかってしまっているんですよね。でも、そういうフィルターがあると、本当に素直な気持では感動しづらいんじゃないかと思うんです。