先輩たちの背中がすべてを 教えてくれた
埼玉県・秩父生まれ、秩父育ち、秩父のキャンプ好きはだいたい友達の猪野さん。現在はキャンプ場スタッフ兼ブッシュクラフトインストラクターとして活躍しているが、前職は林業に従事し、広大な秩父の山々を職場にしていた。現在のキャンプや焚き火の仕事には、当時山仕事のプロたちから教わったさまざまな知識や技が役立っている。
使わないときは必ずシースに入れて地面に置かないようにする、などの刃物を扱うための基礎知識。切ったり、割ったりするための木の弱点の見極め方。腕を組みながら、小股でフラットに足を置く疲れない山の歩き方。
「先輩たちからは、よく『弁当と怪我は自分持ち』といわれたことを覚えています。そのほか、いろいろと大事なことは背中で教えてもらいました。まあ、いま思い返せば、ですけどね」
と笑う彼は、木を扱う際に「剣鉈」という先端が尖った中型の鉈を多用する。薪割りなど同じような用途に使うハンドアックスと比べると、刃渡りが長く、フラットな面が長いのが特徴で、ある程度刃に自重があるので安定して扱いやすいという。
「山仕事に限らず、鉈はかなり万能の刃物だと思います。枝を落とすだけでなく、ロープを切ったり、藪も払えるので山に入るときには『ウナギ鉈』と呼ばれる鉈1本だけですべての作業を済ませていました」
ウナギ鉈とは、ブレードの先端が少し丸まった鉈。落とした枝を引っ掛けて片付けるのにも便利な形状だ。普段使いには少し重たいので、キャンプでは剣鉈を愛用しているそう。これは、熊に遭遇したときに備え、お守り代わりとして必ず腰にぶら下げていた長年の相棒である。
割る作業は鉈、切るのはノコギリ、削るのはナイフ。基本的に、この3つの作業を3本の刃物に割り振って使い分けている。
愛用する刃物に共通するのは、派手さよりも質実剛健な実用性、そしてコスパの高さだ。
「お洒落なナイフやハンドアックスも試しに買ってはみたのですが、結局、あまり出番がありませんでした。思わず欲しくなってしまう道具ってたくさんありますけど、いかに使うかこそが重要。僕のナイフはこれだけあれば十二分かな」
猪野さんの愛用ナイフ
#1 松永製作所/剣鉈
大雑把な作業用。バトニングから熊退治に至るまで、一番出番の多い相棒。
#2 シルキー/ポケットボーイ
枝と薪切り用。ゴム製グリップが握りやすい「シルキー」は林業者の間でも人気のブランドだそう。
#3 モーラナイフ/ブッシュクラフト
細かい作業用。いろいろ使ったが、結局フルタングでベーシックなこのナイフに落ち着いた。
#4 モーラナイフ/エルドリス ライトデューティー
細かい作業と着火用。荷物をコンパクトにしたいときは薪を事前に割っておき、これだけ持つ。
#5 レザーマン/サイドキック
刃物で賄えない作業用。バイクの修理にも使えるため、お守りのようにに常に携行している。
【#1】 薪割りビギナーには手斧より鉈がおすすめ
手斧やナイフでのバトニングは薪割りビギナーには難度が高め。ブレードが長く、自重のある鉈が扱いやすい。割れ目に沿い節をはずすように(1)横 (2)右上から左下へ斜め (3) 左上から右下へ斜めの順で刃を入れる。
【#2】コンパクトな焚き火には ノコギリが不可欠
市販の薪は30cm以上あり、コンパクトな焚き火台では収まりが悪い。ノコギリが1本あると重宝する。使いやすい長さの目安は20cmほど。
【#3】フェザースティックは「固定」が成功の鍵
手に持って削るのも間違いではないが、足や地面を使って木材の先端とお尻を固定すると削りやすい。刃物の背を親指で押すとさらに安定する。
【#4】ブレードの〝背″もチェック
ブレードの刃が角ばっているモデルなら、ストライカー代わりに使うこともできる。猪野さんはマグネシウム棒をナイフとセットで携行している。
焚き火用トライポッド(三脚)作りのコツ
紐はただグルグル細引きを巻くのではなく、丁寧に作ると開閉がスムーズ。初めに細引きの先端を固定したら、交互に編むように3本をまとめ、最後に枝の隙間に縦にも何度か巻けば完成。
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※構成/池田 圭 撮影/矢島慎一 撮影協力:フォレストサンズ 長瀞
(BE-PAL 2021年12月号より)