地域に根づいたクラフトビールブルワリーを紹介する本シリーズ。第24回は静岡県沼津市にある柿田川ブリューイング。静岡県東部のクラフトビール協同組合の発起人でもある代表の片岡哲也さんにインタビューした。
沼津の人に飲んでもらえるビールを造る
クラフトビールブルワリーが多い県のひとつが静岡県。30近いブルワリーがあり、そのうち半数以上が東部にひしめく(2021年12月調べ)。今年も数社、立ち上がる予定だ。その東部のブルワリーが参加するクラフトビール協同組合が、昨年6月に設立された。その発起人が沼津市の柿田川ブリューイングの片岡哲也さんだ。
片岡さんは秋田県の出身。若いころから何らかのお酒に関わる仕事に就きたいと思っていたという。留学先のイギリスでビールの魅力を知り、帰国してからビール職人を目指した。2000年代の後半、まだクラフトビールというより地ビールと呼ばれていた時代である。
そのころ日本にアメリカン・クラフトビールの新風を吹き入れていたのが、当時沼津にあったベアード・ブルーイングだ。アメリカ人のベアードさんが2001年に設立したブルワリーで、ここのビールに感動して醸造家をめざした人も多いと聞く。片岡さんはベアード・ブルーイングの求人を見て就職。9年間、腕を磨いた。やがてベアード・ブルーイングが設備拡張で修善寺に移転。片岡さんは2016年に沼津に戻り、独立。柿田川ブリューイングを創業した。「沼津が好きだったし、もっと沼津の人の飲んでもらえる、地酒のようなビールを造りたいと思った」からだった。
ベアード・ブルーイングのビールは、クラフトビール好きから高い評価を得ていたが、沼津の町の人たちが気軽に飲むビールとは違った。
片岡さんがはじめに造った定番のひとつが「クリームラガー」というラガービールだ。今も柿田川ブリューイングのフラッグシップである。モルトとホップのバランスを追求した1本だ。クラシックで味わい深い。
実は、小規模なクラフトブルワリーでラガーを定番に置いているブルワリーは少ない。クラフトビール人気を牽引したIPA(インディアン・ペール・エール)はその名の通りエールである。エールは製造期間が短く、小規模な設備でも造りやすい。味もいろいろとトライしやすい。ただ、毎晩、何杯も飲めるかというとラガーにはかなわない。(もちろん何杯も飲めるエールはある、念のため)。片岡さんは「クラフトビールファン向けというより、クラフトビールのことを知らない人に飲んでもらえるビール」を目指したからこそ、はじめからラガーを造った。
「ビールメーカーであること」にも徹した。「ぼくらはビールを造る。販売は町の酒屋さんやレストランや居酒屋さんに」と、地域経済の役割分担を大切にしている。
1社でやるよりみんなでやったほうがいい! クラフトビール協同組合
2016年に創業した柿田川ブリューイング。ビールの名は「Numazu Craft」(沼津クラフト)と名づけた。
柿田川は富士山の伏流水を源泉とする、日本三大清流のひとつであり、また、長さ1.2キロの日本一短い一級河川でもある。柿田川ブリューイングの東へ5キロほど行ったところにある柿田川湧水群(静岡県駿東群清水町)の水は日本名水百選に選ばれている。そんな名水を上流にもちながら、「なぜか沼津には水を使ったビジネスが見当たらなかった」と片岡さん。「ビールづくりに水のよさが活かせる」。事業申請する際に地域の産品を積極的に使うこともアピールした。地域の人に飲んでほしい。その一心が伝わってくる。
静岡の行政サイドもクラフトビールを特産品に育てたいという意向もあり、県がクラフトビールの勉強会を開くほど熱心だ。片岡さんは各社がバラバラに動くより、まとまったほうが何かと動きやすい、スケールメリットも生みやすいと考え、静岡県東部のクラフトブルワリーに協同組合づくりを呼びかけた。気がつけば片岡さんは沼津に暮らして15年、沼津でキャリアの長い、顔も広いブリュワーになっていた。
静岡県クラフトビール協同組合には、現在は修善寺にあるベアード・ブルーイング、リパブリュー(沼津市)、マウント・フジブリューイング(富士宮市)、藏屋鳴沢(伊豆の国市)など6社が参加している。
大手なら1社で買い付けできる原料が、小規模のブルワリーでは買えなかったり、売ってもらえなかったり。保管設備も各々に持っていたら効率が悪い。協同組合設立後、片岡さんはさっそく、日本未輸入の南アフリカ産ホップを共同購入。今年は各ブルワリーがこれを使ったビールを造り、地元のイベントで出品する予定だ。
2021年11月、すでに協同組合主催でビアフェス「クラフトビアジャンボリー」第1回が開催されている。各ブルワリーのビール販売量は目標をクリア、また、参加した地元のフード会社の商品も完売。大盛況だったという。クラフトビアジャンボリーは今後も組合ブルワリーの所在地の町で開催していく予定だ。
片岡さんが協同組合の力で実現したいと思っているのが、モルト(麦芽)滓の再利用だ。ビールの醸造工程では、麦汁の絞ったあとに大量のモルト滓が残る。現在は、近場の牧場に運び、堆肥として使ってもらっている。これを「牧場の牛や豚の飼料として使ってもらいたい」と言う。クラフトビールのモルト滓にはクラフトビールならではの特徴が出るはず。それを使った飼料をブランド化できるのではないか。そのためには量も必要だ。組合のブルワリーからモルト滓を回収し、まとめて運搬すればコストが落せる。
「特に豚に食べてもらいたいんですよね。その豚の肉でつくったソーセージやハムと、クラフトビールが飲み食いできるイベントが開けたらいいですよね」
富士山の裾野で複数の牧場が経営されている。豚の飼料にするにあたっては、まだモルト滓に残る水分量などに課題があるという。モルト滓の再利用の道を探しているブルワリーは多い。この課題が解決されれば、その技術は静岡にとどまらず、全国のクラフトブルワリーにとってブラボーだろう。
「将来的にはモルト滓を使った飼料も、豚も、ソーセージもブランド化できれば」。
協同組合という組織化によって、地域のさまざまな特産品とタイアップしやすくなる。アイデアが広がる。ビールだけでなく、そうした産品もブランド化し商品価値を高めていく。片岡さんはブルワリーだけでなく、他の産業とのタッグを思い描いている。
深海魚の菌から生まれる静岡酵母?
ところで、沼津は深海魚のメッカであることをご存知だろうか。目の前に広がる駿河湾の水深2500mは日本一の深さ。光の届かない海底にラブカ、メガマウスといった古代魚が生息している……。
静岡県清水市にマリンオープンイノベーション機構という海洋科学の研究機関がある。ここで「深海魚に付着している菌を培養してビール酵母に使えないか」という研究が行なわれているという。
深海魚からビール酵母!
ビール酵母はもともと野生の菌であるから、何を使ってもおかしくはない。実際に、世界には自然酵母による発酵に任せている醸造所もある。
研究レベルとはいえ、実現したら面白い。片岡さんも「それで“静岡酵母”が生まれたら」と期待を寄せる。
秋田出身の青年が、イギリスでビールの魅力を知り、沼津のブルワリーに就職して、今、静岡の産品のブランド化を考えている。自身も沼津に根を張るつもりでいる。「自分の孫世代が飲む酒が“沼津クラフト”だったらうれしい」と語る。
柿田川ブリューイングは今年新たに蒸溜所を稼働させる予定だ。ビールだけでなく、クラフトジン、クラフトサワーなどのスピリッツを造る。もともと酒好き、スピリッツも大好きだ。
「ジンはコロナ禍前からつくりたいと思っていました。地のもの、フルーツを使った沼津のジンを造ります」
沼津はオーセンティックバーの多い町としても知られる。ブリュワーとバーテンダーの多い町なのだ。酒屋、居酒屋、バー、ブルワリー。さまざまな場で沼津クラフトは根を張ろうとしている。
柿田川ブリューイング 静岡県沼津市千本緑町2-8-10 http://numazucraft.com