神話の中のオリオンはヒーローじゃなかった
冬の星座の代表でもあるオリオン座の話をしましょう。その均整の取れた見事な姿は、冬の星座に留まらず、全天でいちばん名の知られた星座といっても過言ではないと思います。
そのオリオンとはいったい何者なのでしょうか?
オリオンはギリシア神話のなかに狩りの名手として登場しますが、神話にはいくつかのバージョンがあり、オリオンの物語にもいくつものバージョンがあります。有名なものを2つ取り上げます。
ひとつは、さそり座と関係した話です。仮にサソリ説としておきましょう。
オリオンは狩りの名手と書きましたが、海の神ポセイドンの子です。そのため海の上を歩く能力を授かっていたといいます。狩りも得意、水上でも無敵。しかし神話の中のオリオンは、その強者ぶりがアダになります。かなりの荒くれ者として描かれ、また、「地上のあらゆる獣を狩ってやる」などと豪語していました。そのあまりに乱暴な狩りの仕方や言動を、かねてから不満に思っていた女神が、オリオンに向かってサソリを放ちました。この女神というのは、一説にはギリシア神話の主神ゼウスの妻ヘラであるとされます。何かと嫉妬深いヘラです。また、獣を狩り尽くされてはたまらないと思った大地の女神がサソリを放ったとされることもあります。
このサソリの毒にやられてオリオンは命を落とします。なんだか、あっけないのです。
プラネタリウムなどでは「そのためオリオン座はさそり座が昇ってくると、西の地平線に沈んでいきます」といった解説が聞かれます。たしかに夏の星座であるさそり座が東に姿を現すころに、オリオン座は西に沈んでいきます。逆に、オリオン座とさそり座が同時には見えないという観測事実を元にして、オリオンがサソリに刺されるという神話が作られたのだという説もあります。
狩りの女神と恋に落ちて悲劇を迎える
もうひとつは、もっと悲劇的な物語です。仮にアルテミス説としておきましょう。
こちらのオリオンも狩りが得意な荒くれ者である点は同じです。彼は狩りの女神アルテミスと出会い、惹かれ合います。アルテミスは月の女神と同一視されることもあります。狩りの女神で月の女神だとすると、迫力あります。
アルテミス説のなかにもさらに諸説ありますが、そのひとつは、オリオンがあまりに乱暴なので、怒ったアルテミスが得意の矢でオリオンを殺してしまう、というものです。こちらもなんともあっけない。
もっとも悲劇的な説では、アルテミスの双子の弟アポロンがからんできます。アポロンは太陽の神です。アポロンは、姉のアルテミスがオリオンと仲むつまじくなるのを好ましく思っていませんでした。姉の彼氏に厳しい目を向けたくなるのは、現代にも通じる弟心でしょうか。
そんなアポロンが、オリオンの殺人計画を立てるのです。しかもアルテミスを使った策を。
ある日、オリオンが海の上を歩いているとき、アポロンはアルテミスに、こう言います。「お前の弓の腕が確かなら、あの小さな的を射止めてみよ」と。アルテミスは的を射貫きました。それが愛するオリオンだと気づいたアルテミスは嘆き悲しみ、彼を空にあげて星座にしたということです。
サソリ説にしてもアルテミス説にしても、ギリシア神話の中のオリオンは狩りの名手であったことはわかりますが、荒くれぶりが目立ち、武勇伝らしきものが見当たりません。アンドロメダ姫を救ったペルセウスや、荒獅子を退治したヘラクレスと比べると、あまりヒーローらしくありませんね。
空に上げられてからも、オリオンは今にもおうし座に挑みかかろうと棍棒を振り上げていますし、足元に配置された、うさぎ座を踏みつぶしているようにも見えてしまいます。オリオンの名誉のために補足しておきますと、ギリシア神話のなかには雄牛と戦ったり、うさぎを踏みつぶしたりするエピソードはありません。
ギリシア神話の星座の中でも古くからあったことは確かで、紀元前8世紀ごろの作品とされるホメロスの叙事詩『イーリアス』『オデュッセイア』やヘシオドスの詩『仕事と日』などに、すでにオリオン座は登場しています。
このように神話をひもとくと、意外に悲劇的なエピソードが多いオリオンです。とはいえ、夜空のなかでは全天一の有名人です。ベルトに三つ星をピカピカさせながら南の空を駆けていく勇姿。今が見頃です。
次回は、オリオン座とともに冬の大三角形をかたどるおおいぬ座と、こいぬ座をご紹介します。
構成/佐藤恵菜