地域に根づいたクラフトビールブルワリーを紹介するシリーズ。その第25回は、千葉県銚子市のチョウシ・チアーズ。およそ20年ぶりに銚子にUターンしてクラフトビールを立ち上げた代表の佐久間快枝(よしえ)さんに話を聞いた。
町のシンボル犬吠埼灯台の目の前で
島嶼部や山頂を除いて、日本一早い初日の出が見られる犬吠埼。日本一の水揚げ量を誇る銚子漁港。東京から特急に乗れば2時間圏内の銚子。だがしかし、銚子は都心から近いようで遠い。
2017年に誕生した「チョウシ・チアーズ」の代表、佐久間快枝(よしえ)さんは高校卒業まで銚子で育った。その後はアメリカへ留学、東京で外資系、日系両方の会社勤めを経験し、40代に入ってからUターンを考え出した。子育てには都市部より銚子のほうがよいと思ったのだそうだ。実家にしばしば帰省するようになって、すぐに目に入った。犬吠埼灯台の目の前にあった観光ホテルの廃屋が。
犬吠埼灯台は町のシンボルだ。ロードバイカーにも人気だが、その目指すところは犬吠埼灯台。1874年に建てられ、99段の階段を昇ることができるレンガ造りの灯台である。そのすぐ前で、大きな廃屋が潮風にさらされたままになっている。「子どものころ、あんなに賑わっていた町がゴーストタウンのように見えて」ショックだった、と佐久間さんは話す。
銚子に人を呼べる新しいコンテンツが必要だ……。そう思った佐久間さんの頭に浮かんだのは、会社員時代のアメリカ出張のときに目にしたクラフトビールの大人気だった。スーパーに行けば、10メートル以上の長〜い棚にクラフトビールがズラ〜ッと並んでいた。町にはブルーパブがいくつもあって賑わっていた。その多様性、製品化までのコストを考えて、クラフトビールをつくろうと思い至った。もちろん佐久間さん自身、ビールが好きということもあった。
銚子の魚に合うビールって何?
それから佐久間さんは千葉県の起業家を発掘・支援するビジネスコンテストに出場し、「銚子エール」プロジェクトをプレゼン。試作品はもちろん、ブリュワーも設備も何もない、ひたすら夢を語るプレゼンだったが、優秀賞に選ばれた。おかげで事業化のメドが立った。2016年のことだ。
銚子エールのコンセプトは決まっていた。「銚子の魚に合うビール」である。銚子の魚といえば、サンマ、サバ、イワシなどの青魚が有名だ。刺身や寿司、特に光りものとビールの相性は、むずかしいものがある。
醸造については素人の佐久間さんがレシピ作成に協力を求めたのは、クラフトビール界の大先輩、茨城県の常陸野ネストビールである。小ロットの試作を繰り返し、ブリュワーがアドバイスをしてくれた。
レシピは完成したが、当時は自前の醸造設備を持っていなかった。そこで委託生産でスタートさせることにした。そのとき、チョウシ・チアーズの予算に収まる額で受託してくれたのが、石川県の農業法人、わくわく手づくりファーム川北だ。
なにもかもオリジナルであることにこだわらない姿勢が奏功したと言えるだろう。2017年6月。プレゼン優秀賞から1年で、佐久間さんは「銚子エール」の発売にこぎつけた。
廃墟のままだったホテルが再開発され、商業施設「犬吠テラステラス」(INUBOW TERASU TERRACE)がオープンしたのが2019年1月。犬吠テラステラスの事業者から「テナントに入らないか」と声をかけられた。創業から1年半、チョウシ・チアーズはようやく自前の醸造所を持つことになった。
ところで、魚に合うビールとはどんなビールだろう? ビールファンでなくても気になるところ。
「銚子エール」は色の濃いアンバーエールを辛口に仕上げている。魚の青臭さに負けないよう、風味も濃いめだ。刺身のワサビや生姜などの強い薬味も受け止める、懐の深さを感じるアンバーエールだった。
新参者のクラフトビールだから真ん中に立てる
名前の通り、銚子にエールを送るつもりで始めたビール。会社の名前もチョウシ・チアーズ=銚子応援団だ。町の話題、活性化につながるものにどんどんチャレンジしていった。
2019年には地元の足である銚子電鉄を貸し切って「銚子ビール列車」を企画。短い旅ながら、ローカル線の列車の中で「銚子エール」が飲み放題、弁当付き。大盛況だったこの企画、ここ2年はコロナ禍の影響で開催できていない。実は銚子電鉄とブルワリーには縁があり、昨年は銚子電鉄が大好きな地元の若手起業家と組み、若い人や女性に人気のホワイトビール「Re:White」を醸造。たびたび廃線がささやかれる銚子電鉄へのエールにもなっている。
ビールだけではない。銚子には日本一海に近いと言われるハーブ園「ハーブガーデンポケット」がある。ハーブ園とコラボしたクラフトコーラをつくった。
「ビールは大人しか飲めませんが、コーラなら子どもも飲めない人も飲めますよね」
近年、クラフトコーラがじわじわと人気を集めているが、青い液色の「銚子灯台コーラ」は話題になった。銚子は醤油の町でもある。約400年前からつづく醤油屋「銚子山十」から分けてもらった醤(ひしお)を隠し味に使っている。家族連れやビールが飲めない人にもファンを広げた。
さらに、あまり知られていないが、銚子は漁業だけでなく農業も酪農も盛んだ。
「20数年ぶりに地元に戻ってあらためて知ったのですが、この町は魚だけでなく、野菜も果物もおいしいし、牛も豚もいる。こんなに豊かな町だったのかと」と佐久間さん。
昨年11月、コロナ禍の緊急事態明けを待って、「銚子グッドビアガーデン」というイベントを企画した。魚はもちろん、とれたての野菜、果物、ソーセージなど各業界が出店しての、うまいもの市のようなイベントになった。
「これまでは、あまり漁業と農業が連携する場がなかったようで…」
ビールイベントを開いて、佐久間さんは気づいた。漁業と農業の間には壁のようなものがあるのかもしれないが、ビールが真ん中にあればうまくいくのではないかと。ビールは地域の潤滑油にもなれるのかもしれないと。
チョウシ・チアーズを起業後、トントン拍子で来たわけではない。どの地域でもそうだろうが、銚子には銚子のしきたりやしがらみは当然ある。しばらく町を離れてUターンで帰って来た女性が何か始めたよ……と冷めた見方をされることもあった。「銚子の魚に合うビールって言うけど、オレたちは飲んでないぞ」と飲料業界からスゴまれたこともある。
「地域の洗礼を受けながらやって来ましたよ」と話す佐久間さんはたくましくもあり、しなやかでもある。20代から20年あまり続けた会社員人生、そこでもまれた経験が活きているのだろうか。
今、チョウシ・チアーズは新たに1000Lの醸造タンクを仕入れ、醸造量を増やす計画を立てている。現在の犬吠テラステラス内にあるブルワリーでは手狭になるため、移転も考えている。
銚子には日本酒の蔵元もある。クラフトビールを始めたときに、こう言われたそうだ。「酒は50年、100年、続けて一人前だ」と。
創業して5年のチョウシ・チアーズ。醸造長は25歳の、銚子出身の若者だ。
「彼らが次の世代につなげていけるように。人はいつか死んじゃいますけれど、ブランドは生き残っていきますから。愛されるブランドに育てていきたい」
佐久間さんのように、一度町を離れ、世間と世界を見て戻ってきた人が、町の特長を再発見し、それを活かすアイデアを立てる。多少の軋轢もあるだろうが、これまで町になかったつながりが生まれている。私たちが旅先で、その町のクラフトビールを飲んだりタップルームに寄ったりすることは、町へのささやかなエールにつながると思う。クラフトビールがつなげるものは案外、多い。
チョウシ・チアーズ
住所:千葉県銚子市垣根町1−283
https://choshicheers.com