ロードバイク乗りなら誰でも知っているヤビツ峠
40歳を過ぎ、思うところあってロードバイクを手に入れて1年弱。ロードバイクに乗り始めると急に目や耳にする地名や道の名前が出てくる。関東近郊では、『都民の森』(東京都桧原村)、『道志みち』(神奈川県相模原市緑区~山梨県南都留郡)、前回ご紹介した『和田峠』(東京都八王子市~神奈川県相模原市緑区)もそのひとつだ(https://www.bepal.net/archives/200883)。
日本全国でみると『葡萄坂』(大阪府柏原市)、日本全国ヒルクライマーの憧れ『渋峠』(群馬県吾妻郡中之条町~長野県下高井郡山ノ内町)などもよく聞くようになる。
その中でも、おそらく一番メジャーなのは、今回ご紹介する『ヤビツ峠』(神奈川県秦野市)ではないだろうか?
BE-PAL.NETをお読みの方なら、丹沢への入り口としてバスや車で行ったことがある人も多いはず。ヒルクライマーの戦闘力を測るうえで「ヤビツ何分?」というのは一つの目安にもなっている。
筆者もロードバイクに乗り始めて、最初に行った本格的な峠がヤビツ峠だった。昨年のゴールデンウイークに初トライをして以降、既に20回近くは「ヤビツアタック」を敢行している。
なぜこの峠がこんなにも多くのロードバイク乗りを惹きつけ、夢中にさせるのか?ロードバイク乗りをラリッた状態させる何かがここにはあるのか?これを確かめるべく、筆者はまたまた『ヤビツ峠』へ進路を向けた。
日本一ロードバイク乗りに利用されている(かもしれない)コンビニ
ヤビツ峠へのアクセスは、筆者の住む横浜の西側からは国道246に出て、秦野方面へ向かえば30kmちょっとでその入口である「名古木(ながぬき)交差点」に行くことができる。この交差点へは小田急線の秦野駅からも2km弱なので、輪行(専用のバッグに自転車をしまい電車に乗ること)で行く向きも多いだろう。自走で秦野市以東から246で行く際にはその前にある『善波峠』というちょっとした登り坂を上ることになるので、そこで脚を使いすぎないように気をつける必要がある。
この「名古木交差点」にはコンビニがあり、週末の日の高い時間であればほぼロードバイク乗りの姿があるくらいメジャーなスポットだ。筆者もヤビツに上る際には必ずここで補給を行なう。
初訪問者を戸惑わせる『表ヤビツ』
コンビニで一息ついたらいよいよスタートだ。ヤビツ峠は名古木交差点から県道70号秦野清川線をただひたすら進めばいい。ちなみに、この道はヤビツ峠を超えて神奈川県愛甲郡清川村の宮ケ瀬湖畔まで行くことができる。この名古木~ヤビツ峠を『表ヤビツ』、清川村~ヤビツ峠を『裏ヤビツ』と一般的に言う(裏ヤビツは宮ケ瀬湖の手前での橋梁工事のため2022年3月いっぱい通行止めの予定)。
この表ヤビツは距離にして11.8km、標高差は670m、平均勾配は5.9%と、いわゆる“激坂”ではない。大きく分けると3つのセクションに区切ることができる。名古木~蓑毛(みのげ)バス停、蓑毛バス停~菜の花台展望台、菜の花台~ヤビツ峠がその3つだ。
スタートすると、周りは住宅街となるが、この住宅街区間で、いきなり10%を超える上りがやってくる。初めてヤビツに訪れたライダーを戸惑わせる上りだ。ここは、この先長いからインナーロー(ギヤが一番軽い状態)は温存して……、などと思わず遠慮なくインナーローを開放しよう。なぜなら、表ヤビツにはここを超える勾配の上りはほとんど無いし、先が長いゆえに序盤の序盤で脚を使うわけにはいかないからだ。
ここを過ぎると、信号が2つほどあるので、赤の場合は当然信号を守ってしっかり停車する必要がある。表ヤビツのタイム計測には先の「名古木スタート」と「コンビニスタート」と呼ばれる2つのスタート地点があるのだが、「コンビニスタート」の「コンビニ」とは、先の名古木の交差点にあったコンビニではなく、この2つ目の信号にかつて存在したコンビニを指しているので少々ややこしい……。
2つ目の信号を過ぎると、新東名のガードをくぐり、ほどなくすると大きな鳥居が見えてくる。大山阿夫利神社の鳥居となり、ここからその神域に入ることを意味しているらしい。この鳥居の手前までは若干のアップダウンだが、ここからはずっと上り、勾配がマイナスになることは無い。
そして、3つのうちの最初の区間のクライマックスはまさにここからで、10%前後の勾配の坂が1km以上続くことになる。この前半の蓑毛区間がニクいところは、ほぼ直線で見通しが良いかに見えて、若干のカーブをしており、「あそこを曲がれば……」と勘違いしたライダーたちがそこまで来ると、まだまだその先にも坂が続いているところである。
以前、筆者と同行した会社の後輩はまさにそれにやられ、蓑毛バス停まであと少しのところで、完全に脚が止まり、乗車姿勢を保ったまま横に倒れるという、漫画の一場面のような転び方をしていた。しかしながら、全体の行程を頭に入れておけば、そんな悲劇(喜劇?)に至ることはなく、淡々と無理のない範囲でゆっくりでもペダルを回していれば、この地獄は程なくして終わるのでご安心を。
緑の多さ、景色の良さ、勾配の緩さに癒やされる蓑毛バス停~菜の花台区間
蓑毛バス停を過ぎると、地面に◎の模様がついたコンクリート舗装に出くわす。これを見ると「あ!激坂!!」と反射的に思うのが自転車乗り。
しかしながら、この場合はさにあらず。上りではあるものの勾配は10%を超えることは無く、その区間もせいぜい数百メートル程度。さらに、ここを過ぎると一気に勾配は緩み、手元のサイクルコンピューターでも3~4%を示す程度だ。
また、人の匂いが強い蓑毛区間とは違い、一気に杉林に囲まれた景色へと様相を変える。優しい嘘が大好きなロードバイク乗り達は「蓑毛を超えれば、あとは平地!」と初心者に向かってよく言うのだが、初心者達が一瞬これを信じるのも頷ける。初めてロードバイクで表ヤビツにトライする向きは、ここで存分に呼吸を整えるといい。
しかし、あなたが少しでも短い時間でこの峠を制したいと思っているなら、ここで休むのは得策ではなく、勾配が緩んだらしっかりその分スピードを乗せる必要がある。勾配のゆるい区間を越えると、勾配は5~7%に戻り、また路面も山道らしいでこぼことした場所も現れてくるので引き続き注意が必要(最近、場所によって舗装を直してくれているところもあるので、本当にありがたい)。
だが、場所によっては麓の街並みや富士山が見られる展望を得ることができ、「ここまで自力で登ってきた!」という実感を得られる区間でもある。ヒルクライムの喜びを一番感じることの出来る区間だろう。
峠全体の2/3くらいを登ったところで、菜の花台展望台の駐車場と『丹沢大山国定公園』の石碑が見える。菜の花台の駐車場はいかにも「休憩スポット」然としており、ここで休憩をしたくなるが、もしここまで足つきナシで登ってきたのであれば、この欲求をガマンしてそのまま登ることをオススメする。もし、ここまで何度か小休止をしてきたのであれば、ここでゆっくり休んでもいいと思う。
本当の勝負はここから始まる……!
表ヤビツの勘違いとして“あるある”なのが、「菜の花台を過ぎたらすぐゴール」というもの。これは先にも登場した「ロードバイク乗りの優しい嘘」の延長線上にあるもので、むしろ、ここからが本当の勝負区間とも言える。
勾配は依然として10%を超えることは無いが、ここまでの疲労が確実に脚に蓄積されているので、思ったように力が入らなくなってくるし、場合によっては長時間同じ姿勢を保ってきた上半身に痛みが出てくることもある。また、道の周りもこれまでよりも展望が望めず、暗い雰囲気となり、周りの空気も明らかにそれまでの気温よりも下がってくる。
ここからは積極的にハンドルポジションを変えたり、自転車に乗ったまま出来るストレッチをしてみたり、あの手この手で疲労をごまかすようにしたい。また、この区間には車がすれ違うのにも苦労するような狭い区間が多くあり、時折バスの往来もあるので、疲れてはいるが注意を怠ることだけはしないようにして欲しい。
筆者は既にこの1年足らずで20回近くこの道を上っているのだが、正直あんまりこの区間の印象が無いのである。もちろん何となく道の印象は覚えているものの、「鳥獣保護区」の看板があったな、とか、ちょっとだけ道が広くなる区間が2箇所くらいあるんだよな、とか、どうでもいいことしか覚えていない。
おそらく、“目の前の坂”をやり過ごすことしか頭に無く、日頃の仕事のことやら家庭のちょっとした問題とか、そんなことはすっかりと忘れ、あとどのくらいでゴールなのか?どうやったら残り少ない体力でペダルを効率的に回せるか?そんなことしか考えられない状態になっている。実は、この状態こそロードバイク的にラリった状態なのでは無いだろうか?事実、ヤビツアタックを実施した後は頭がスッキリしている。次の日からの仕事も調子がいいことが多い。
そんなこんなで、ほうほうの体でペダルを回し続け、場合によっては「ラストスパート!」とか無謀なことをしていると、ヤビツ峠の売店の看板が目に入ってくる。そこで、峠に到着間近だと実感し、写真で見たことがある例の峠の看板に到着する。
峠に到着したら、オススメは「湧き水」まで行くこと
峠に到着すると、週末の明るい時間であれば、そこには何台かのロードバイクを見ることが出来る。そこで息を整えて、例の看板の前で写真を撮って……、
でもいいのだが、個人的にオススメなのはそのまま峠道を裏ヤビツ方面に下り、1.6kmほど行くと『護摩屋敷の水』という湧き水がある地点まで行くことをオススメする。ここの水は本当に美味しい!基本的には「煮沸してから飲むこと」、という注意書きがあるのでそちらに従ってほしいが、暑い日であれば頭からここの水をボトルに入れて頭からかぶりクールダウンをすると、サイコーの気分になれる。「ここまで来て本当に良かった!」と心の底から思えるのである。
その後は、通行止めでなければ裏ヤビツを下り、『気まぐれ喫茶』で美味しいコーヒーを飲んでから宮ヶ瀬方面へ行くもよし、来た道を戻り売店の自販機で『丹沢サイダー』を買うもよし、最近できた『ヤビツ峠レストハウス』でカレーを頂くのもよし、行きはスルーした菜の花台の展望を存分に味わうのもよし……、楽しみがたくさんあるのも『ヤビツ峠』の魅力だ。
筆者のオススメは、蓑毛まで降りて、上りで散々看板を目にする『石庄庵』でお蕎麦を頂くこと。ちょっと贅沢なのだが、丹沢のおいしい水で打った蕎麦は格別にうまいし、サイクルラックがきちんと置いてあることも、オススメ出来るポイントの一つだ。
結局ヤビツの魅力ってなんなのさ?
以前、別の峠でたまたまお会いした方と“峠談義”に花を咲かせていると、「普段どの峠に行くことが多いか?」という定番の話になった。私が「ヤビツはよく行きますね」という話をすると、その方は「ヤビツって、なんかタイム測らないと行けない気分になってツラいからあんまり行きたくないんですよね」という話をしてくれたことがあった。
確かに仰せの通りだ。私もタイム計測をし、この日の結果は47分38秒。決して一般的に早い方ではない。巷では「40分切ったら脱初心者」なんて暗黙の基準があったり、この日も信じられないくらいのスピードで登坂をしている人たちを見たりもした。
私自身、タイム計測がつらくて『ヤビツ』に2か月以上行かない期間もあった。それでも、先のタイムについてはいままでのPB(パーソナルベスト)を更新出来、自分の力が確実に付いていることを実感できて嬉しかった。
そんな楽しみ方もあるし、いつ行っても必ずいるロードバイク乗り達との交流だったり、先に挙げた「ヤビツグルメ」だったり、そして何より『霊山・大山』の一部に自分自身がなれるような自然のダイナミックさに溶け込むのも素晴らしい。そんな複合的な楽しさを享受出来るのが、この「ヒルクライムの聖地」とも呼ばれる『ヤビツ峠』の魅力なのでは無いだろうか。
夏の菜の花台からの展望。
ヤビツ峠
【ヒルクライムのレベル】
複合的な楽しさを享受出来る「聖地」。優しい嘘には要注意!
【峠スペック】
- 距離:11.8km
- 平均斜度:5.9%
- 標高差:670m
- 最大標高::761m
【走行ルート】
横浜市の西側の自宅–神奈川県道22号横浜伊勢原線–国道246号線–神奈川県道70号秦野清川線–ヤビツ峠–護摩屋敷の水(帰路はこの逆)
【この日の走行距離、所要時間】
- 走行距離:91.1km
- 所要時間:5時間40分