英雄ヘルクレスに退治されたものたち
春の星座をご紹介しましょう。今回は、ギリシア神話のなかでも屈指の英雄ヘルクレスに退治されてしまった星座を中心にご案内します。
春の星座の代表格のひとつ、均整の取れた美しい「しし座」。その南側に、うねうねと延々と伸びる「うみへび座」。しし座とふたご座の間にある「かに座」の3星座です。名づけて「ヘルクレス被害者の会」。
ヘルクレスの生い立ちについて簡単にご説明します。神話によれば、ヘルクレスの母親はペルセウスとアンドロメダ姫の孫にあたる女性アルクメーネーで、彼女にほれこんだ大神ゼウスが父親ということになっています。そのため生まれながらにゼウスの妻ヘラから恨まれ、長じてから呪いによって自らの妻子を手にかけてしまいました。そして、神託により、贖罪のためにさまざまな難題をこなすことになりました。化け物の退治を含むその活躍は「ヘルクレス12の功業」と呼ばれ、英雄として称えられています。
ちなみにヘルクレス自身も星座になっていますが、夏の星座です。いちばん明るい星が3等星なので、星座のほうはギリシア神話の武勇伝ほどには目立ちません。日本では彼の名前を「ヘラクレス」と呼ぶことが多いですが、星座としての正式名称は「ヘルクレス座」なので、ここでも彼を「ヘルクレス」と呼んでいます。
しし座は百獣の王ではなく化け獅子
ヘルクレスの12の功業の1番目の被害者が、しし座です。「獅子の大鎌」と呼ばれる逆ハテナの形が目印です。前脚の付け根あたりで光るのが1等星のレグルスです(上の図参照)。
星座絵では、しし座はどっしりとしたたたずまい、百獣の王らしく見えますが、実はライオンではありません。ネメアの森に棲む、刃物で斬りつけても傷がつかない毛皮を持つ化け獅子です。ヘルクレスも矢を射かけたのですが、全く効かなかったので、最後は首を絞めて殺したとされています。
ヘルクレスの星座絵をよく見ると、頭にフードのようなものを被っています。退治した獅子の毛皮です。星図によっては、フードの部分がいかにも獅子の頭だとわかるように描かれていたりします。
全天でいちばん大きい星座うみへび座の正体
2番目に退治されたのが、しし座の南側にあるうみへび座です。
日本語では「うみへび」ですが、これは誤訳です。そもそも海ではなく沼に住む、頭がたくさんある「ヒュドラ」という怪物です。「ヒドラ」とも呼ばれます。海外ではこれがそのまま星座の名前になっていて、英語では「ハイドラ」と発音されています。
暗い星が連なるうみへび座ですが、探し方はそれほどむずかしくありません。しし座の逆ハテナを見つけたら、そのままレグルスよりもさらに南の方を見てください。明るい星は1個しかありません。これがうみへび(ヒュドラ)の心臓にあたる2等星アルファルドです。その北西に暗めの星が集まっているのが頭です。あとはひたすら東方に、星をつないでいけば、うみへび座が浮かび上がります。問題はどこまでつなぐか。
うみへび座は全天でいちばん広い領域をもつ星座です。
全天の図です。うみへび座の領域は、空の円周ほぼ3分の1にわたります。頭は、冬の星座であるこいぬ座のプロキオンの西側にあり、尾のほうは夏の星座さそり座の前に至ります。
ヒュドラは切っても切っても頭が生えてくる化け物です。ヘルクレスは頭を切りまくり、切り口を松明の火で焼いて退治したとされています。
さてここで最後の被害者、かに座の話をしましょう。
かには、うみへびを助けるために登場します。ヘルクレスを憎んでいたゼウスの妻ヘラが差し向けたとされていますが、あっという間にヘルクレスに踏みつぶされてしまいました。まさに瞬殺という表現がぴったりです。あまりにかわいそうだということで天に上げられたようです。
かに座は、ふたご座としし座の間にある黄道12星座ですが、明るい星がなく目立たない星座です。有名なのは、かにの甲羅の部分にあたるプレセペ星団です。暗い場所に行くと、青白いぼおっとした光が見えます。中国では、この光を死者の天に昇る魂が通る門「鬼宿」(きしゅく)と呼んでいました。なんとなく不気味な雰囲気をかもしていますが、昔から畏怖を持って見られていた存在感のある星団です。
双眼鏡をお持ちなら、ぜひプレセペ星団に向けてみてください。肉眼では雲のようだった天体が、たくさんの星に分解されて見えるはずです。注意深く見ると、いくつかの星がオレンジ色であることもわかります。
暗い場所に行ったら、ふたご座の1等星ポルックスと、しし座の逆ハテナを見つけましょう。その間にあるぼおっと見えるものがあったら、それがかに座です。
さて、3月中旬でも深夜を過ぎると、東からヘルクレス座が姿を見せます。12の功業でヘルクレスに退治されたものは他にもいますが、ヘルクレスと被害者3星座が同時に上がる春の宵を、お楽しみください。
構成/佐藤恵菜