日本有数の港町である神戸には、全長56kmに及ぶトレイルがある。「ゼンジュウ」の名で地元の人々に愛されている六甲全山縦走路だ。
六甲全山縦走路は、新田次郎の小説『孤高の人』で知られる登山家、加藤文太郎のエピソードにちなんで整備された(須磨に住んでいた若き加藤文太郎は、わずか1日で須磨から宝塚まで歩き、さらに須磨まで歩いて戻ったという。その距離は100kmにも達する)。コロナ禍以降は中止が続いているが、毎年11月には六甲全山縦走路を踏破する大会が開催されており、参加者は4000人を超える。
大都市のすぐそばにあるトレッキングコース
六甲全山縦走路の魅力は、都市と密接したトレイルであることだ。僕は「アーバントレイル」と呼んでいるが、交通の便がいいため、道中でトレイルインやトレイルアウトがしやすいし、風景が変化に富んでいる。須磨アルプスと名づけられた花崗岩の岩場や、常緑樹に囲まれた歩道などは神戸の都市部に近い場所にあるとは思えないほどだ。
山の中だけを歩くのではなく、団地や住宅街を歩くコース展開になるのも都会に近いトレイルのおもしろさだ。
全部で16のピークがあって、アップダウンの連続だから、登りの標高差の合計は3000mに達する。400段階段と呼ばれている石段もあったりして、なかなかハードなコース設定になっている。
山頂から神戸の絶景を楽しめる
山の頂上ではアーバントレイルにふさわしい絶景が広がる。山頂からビルが立ち並ぶ都会や港の景色が一望できるのは、港湾都市でありながら山が近い神戸ならでは、だ。
標識が適切な場所に的確に表示されていて迷う心配もない。矢印で方向を示した標識をたどっていけば、地図なしでも歩けるくらいだ。標識には緊急連絡の場合に現在地を的確に報告するための番号も記されている。
国内外のトレイルを歩き続けている僕は、15年前に六甲全山縦走路を歩いているが、そのときは野営道具を背負って道中でテント泊して2日間で踏破した。
今回はアーバントレイルの利点を活かし、神戸の中心街にあるゲストハウスを拠点に歩いてみた。1日歩いたら町に下りてゲストハウスに戻り、翌日その続きを歩くスタイルで3日間かけてゆっくりと旅したのだ。
このスタイルの利点は、ゲストハウスに着替えなどの不要な荷物を置いておけることと、六甲の山歩きと神戸の町歩きのどちらも楽しめること、さらにゲストハウスのスタッフと親しくなれることも挙げられる。
グランピングもできるゲストハウス
泊まったゲストハウスは元町駅から歩いて数分の中華街にある『神戸なでしこ屋』だ。
1階のラウンジでは世界各国のビールを販売している。バーやレストランではないから、つまみや料理を持ち込んでも構わない。宿泊客だけでなく、地元の人々と交流できる場であることがうれしい。
屋上はグランピングスペースになっていて、中華街のど真ん中なのにキャンプの雰囲気を味わえる。
ゲストハウスに3泊して時間的に余裕のある旅になったため道草がしやすく、前回の旅では体験できなかった発見もあった。
ロープウェー駅の絶景カフェ
そのひとつが、摩耶山の頂上にあるロープウェー駅のカフェだ。摩耶山の標高から名づけた『CAFE702』は、眼下の景色を眺められる窓辺のカウンター席もあるし、壁一面に大きな書棚があってたくさんの本が並ぶスペースにはコタツが設置されている。独自のグッズを販売するコーナーもあって、のんびりしたくなる心地いいカフェだ。
カフェのメニューも充実している。1番人気のカレーライスはスパイスが効いて味に深みのある絶品。香りにそそられて口に運んだらあまりに美味しくて夢中になってしまい、食べ終えてから「しまった、写真を撮るべきだった!」と後悔した。
神戸・大阪湾の夜景は必見
『CAFE702』でのんびり過ごしてロープウェーで市街地に下ってもいいが、もう少し歩いて六甲ケーブルで下山することをおすすめする。というのも、摩耶山ロープウェーの最終下り便は午後5時過ぎだが、六甲ケーブルは午後9時過ぎまで営業している。神戸市街地や大阪湾の夜景を眺めてから下山することができるからだ。
夜景を堪能してから六甲ケーブルで下山した僕は、翌朝も六甲ケーブルに乗って旅を再開したが、そのケーブルカーで思わぬ体験をした。それが何かは、『BE-PAL』2022年4月号の「シェルパ斉藤の旅の自由型」を読んでもらいたい。平日の朝8時山麓駅発のケーブルカーに乗車すれば珍百景に遭遇できる、とだけ記しておこう。
最後に、5年前に歩いた香港のトレイルの写真を掲載する。高層ビルが立ち並ぶ大都会の香港だけど、すぐ近くには自然豊かな山が連なっていて、そこには何本ものトレイルが整備されている。香港のトレイルを歩いたとき、神戸に似ていると思ったが、六甲全山縦走路を歩いて、やっぱり香港に似ていると思った。
神戸と香港。どちらの街もトレイルもすばらしい。