発酵とは、生物学であり化学である、と小倉ヒラクさん。生命のカラクリを学ぶため、発酵食品を求め、47都道府県を巡り歩いた小倉さんに、発酵の真髄を教わった。
発酵デザイナー 小倉ヒラクさん
東京でデザイナーをしていたが、あまりのハードスケジュールに体調が崩壊。そのころ、縁あって出会った発酵学者、小泉武夫先生に勧められ、発酵三種の神器、納豆、味噌汁、漬物を毎日食べることで元気を取り戻した小倉さん。すっかり発酵食に魅せられ、デザイナーのキャリアをドロップアウト。30歳で東京農業大学の醸造科に研究生として入学し、発酵学の基礎を学んだ。その後、日本中のローカル発酵食品を巡り歩き、発酵文化を体感する。筋金入りの発酵マニア!?だ。
発酵食はアウトドアとも好相性!?
「まずはお茶でも」
と出されたのは、小さい茶器に淹れられた中国茶。
「これは熟成パイチャ。新芽の状態を軽く発酵させた白茶をさらに熟成させた珍しいお茶なんですよ」
と楽しそうに話す。アウトドアサウナの横で中国茶野点を楽しむのが、至福の時だ。
「自分で発酵食作るなら、まずは味噌かな。何百年も家庭で仕込まれてきたんだから、誰でも簡単にできる。半年熟成させて食べる手前味噌は、感動もの」
発酵のいちばんの面白さは、そんな菌の培養だと話す。
「味噌作りってゆっくりのプロセスなんだけど、麹を作ったり酒を作るプロセスってダイナミックで、時間単位に様子が変わっていく。その独特の世界観がなんともいえないんですよ」
菌との共同生活を実現するため、2015年に山梨に移住。地方の醸造家や研究者たちと、発酵プロジェクトに取り組んだり、いろんな発酵食品のDIYメソッドを開発し、発酵ワークショップを開催するなど、とにかく発酵漬けの日々。
「最近は、アウトドアショップとのコラボも多いんですよ」
そのひとつが「アウトドア納豆」。キャンプで納豆食べたいけどパックだと食べづらい。そんな発想から生まれたとか。カップ麺の上や、焼きそばにそのままかけられるのもいい。
「最近、ボトルの保温性能がいいから、甘酒やヨーグルトを作ってみるのも手。自然界に溢れる微生物の特性を知って、いろいろ試してみてください」
お茶派のヒラクさんは、茶色く発酵した中国茶好き。現在中国茶野点にハマり中。
山梨に200坪の土地を購入。自作した小屋、発酵ラボで日々菌を育成中。
アウトドアで食べやすいようにと共同開発した「アウトドア納豆」¥870。
Q.1 そもそも発酵ってなんでしょう?
A.1 菌が食べ物を美味しくすること。おもに乳酸菌、酵母菌、麹菌、納豆菌があります。
目に見えない生き物、微生物が人間の役に立つ働きをして、食べ物を美味しく変身させるのが発酵。そんな人間に有用な働きをする微生物を発酵菌と呼ぶ。現在のように食べ物を保存する冷蔵庫がなかった時代、発酵は厳しい冬や夏の腐敗から生き延びるための大事な技術だった。食における発酵の定義は、腐らない、栄養満点、美味しいの3つが成り立つ。
麹菌
顕微鏡で見た麹菌。麹菌は、菌糸部分で米の栄養を食べながら、米の表面に胞子を咲かせている。このお花畑みたいな胞子が米をモコモコにしている。
味噌や醤油を作る、日本にしかいないカビの一種で、正式名はニホンコウジカビ。和食独特の甘酸っぱさのもとになるカビで、穀物に入っているデンプンやタンパク質を分解して、旨みや甘みを作る。稲に好んで棲み着き、30〜40度Cでどんどん増えるのも特徴。麹菌が作り出す栄養素は、人間はもちろんほかの発酵菌の食べ物にもなり、麹菌が発酵させたあとの食材は、乳酸菌や酢酸菌などが棲みやすい環境になり、複雑な味わいを生み出す。
乳酸菌
野菜や乳などの糖を利用し、爽やかで美味しい乳酸を作る微生物の総称。ヨーグルトやチーズ、味噌や漬物などでも活躍。甘いもの好きで、甘みを食べて酸にする。胃酸に負けず腸内で生き延び、善玉菌のサポートをする。
納豆菌
枯草菌という細菌の一種で、わらのなかにたくさん棲んでいるユニークな菌。納豆特有のネバネバや匂いを作り出す。40〜50度Cの温度で、ほかの菌よりも早く増える。ひと晩で何千万倍にも何億倍にも増えて、くっついた食べ物があっという間にネバネバになってしまう。多くの菌が100度Cで死滅するのに対し、100度Cで30分加熱しても生き残るほど、たくましい。
酵母菌
食べ物に含まれる糖をアルコールと炭酸ガスに分解する微生物。植物や樹液、野菜や果物の表面、空気中など、自然界のあらゆるものに棲息。アルコール発酵を行なうので、古くからお酒の醸造に使われ、炭酸ガスがパン生地を膨らませ、発酵過程で香り成分も生み出す。6度Cから増えはじめ20〜35度Cでどんどん増える。
Q.2 発酵と腐敗は何が違うの?
A.2 どちらも一緒。人間に役立つかどうかの問題です。
発酵も腐敗も微生物の働きという意味では一緒。人間に役立つ菌=発酵菌が働いたら発酵で、有害な微生物=ばい菌が働いたら腐敗になる。腐ったものを食べると、お腹を壊したり病気になったり、最悪死に至ることもある。ばい菌=カビ、と思われがちだが、カビは菌の別の言い方であり、発酵菌のカビもいる。よく味噌の表面が酸素に触れることで、白い膜のようなものが生えることもあるが、毒はないが食べられないので、その部分だけ取り除けば、使うことができる。
味噌の表面は産膜酵母という酵母菌の膜がはって、白くなることがある。青や緑のカビ同様、取り除いて使う。
Q.3 麹の種類や使い方に違いはあるの?
A.3 麹は日本独特の発酵文化。和食独特の旨みや甘酸っぱさのもとになるユニークなカビです。
麹菌とは発酵作用を引き起こす微生物のこと、麹とは穀物に麹菌がくっついてモコモコ発酵した食材を指す。麹は古代に大陸から日本に渡ってきた文化だとされているが、麹を作る微生物、カビの種類が違う。大陸のカビはクモノスカビやケカビで、強い酸を出して雑菌をブロックすることができ、半野外のような場所で作ることができる。一方、日本のニホンコウジカビは、強い酸を出すことができないので、麹室という外環境から隔絶された密室で作られる。
日本の麹は繊細なので、温度や湿度を調整しつつ、雑菌の混入を防ぐため独立した場所で厳密な手入れを経て作られる。
Q.4 日本の発酵食品って何がありますか?
A.4 日本の代表的な製造技術は調味料、漬物、酒の3つに分類されます。
調味料(醤油、味噌、酢など)は麹菌をスターターとして大豆や米を発酵によって溶かしたもの。漬物は塩、麹、酒粕などの漬け床に食材を仕込んで発酵させたもの。酒はおもに酵母によって原料に含まれる糖分が分解され、アルコールを引き出したもので、基本的には発酵食品。
Q.5 発酵食をうまく作るコツは?
A.5 塩をケチらない。あとは温度管理と酸素に触れさせないこと。
作るものによって変わるが、基本ルールは3つ。1)防腐のために塩をケチらずしっかり入れること。2)空気を逃がして酸素がない状態を作る。液体なら容器タプタプに入れ、固形物なら隙間を作らないようにする。3)湿気や直射日光を避け、温度管理をしっかりする。
Q.6 キャンプで作りやすい発酵食は?
A.6 いちばんのオススメは甘酒です。
真空断熱タイプのボトルを使えばじつは簡単に作れる。ボトルに白飯と70度Cのお湯を入れ、生米麹(白飯と同量)を加えてひと晩おけば、翌朝には甘酒が完成。冬キャンプの朝に最適!
Q.7 海外と日本の発酵食の違いは?
A.7 東アジアは発酵カビ文化が栄えています。
ヨーロッパ諸国はパンやビールなど麦の発酵、ワインやシードルなどの果実酒、チーズやヨーグルトなどの乳の加工品がメイン。それに対し、中国を中心とした東アジアは発酵カビを使った旨みを作り出す技術が見られ、塩による防腐も独自の文化で、より味が複雑になる。
Q.8 日本全国で発酵食に違いがありますか?
A.8 日本の発酵文化はバリエーション豊富。微生物のほか、食材の多様性に支えられています。
土地によって、旬を逃さず旨みを極める‟海の発酵”、土に根ざした工夫の宝庫‟山の発酵”、地の利を生かして価値を醸す‟街の発酵”、閉鎖環境で生まれる‟島の発酵”の4カテゴリーに分類できる。酒や醤油、味噌などは全国で作られるが、食材によってまったく違う味に仕上がる。
ローカル発酵食品マップ
魚
サケ(北海道・山漬け)
ハタハタ(秋田・しょっつる)
メヌケ(宮城・あざら)
イワシ(千葉・ゴマ漬け)
アジ・トビウオ(東京新島・くさや)
カツオ(静岡・潮カツオ)
イカ(富山・黒作り)
フグ(石川・フグの卵巣糖漬け)
サバ(福井・へしこなれずし)
フナ(滋賀・なれずし)
アユ(岐阜・なれずし/大分・うるか)
マス(鳥取・柿の葉ずし)
サッパ(岡山・ママカリずし)
サワラ・コノシロ(愛媛・いずみや)
スケトウダラ(福岡・明太子)
クジラ(佐賀・松浦漬け)
植物・海藻類
米(全国・なれずし、清酒、酢など)
大豆(全国・味噌、醤油、納豆、豆腐類全般)
小麦(全国・醤油、焼きまんじゅう、くずもちなど)
大麦(九州〜離島・味噌、青酎など)
サツマイモ(九州〜離島・せん団子、青酎など)
茶(四国・碁石茶、阿波晩茶)
白菜(宮城・あざら)
キュウリ(山形・煎じきうり)
唐辛子(新潟・かんずり)
雪白体菜(埼玉・しゃくし菜漬け)
ゴマ(千葉・イワシのゴマ漬け)
ラッキョウ(栃木・たまり漬け)
すんき菜(長野・すんき漬け)
甲州ブドウ(山梨・甲州ワイン)
赤紫蘇(京都・しば漬け)
ウリ(奈良・奈良漬け)
ナス(和歌山県・金山寺味噌)
守口大根(大阪・守口漬け)
柿の葉(鳥取・柿の葉ずし)
津田カブ (島根・津田カブ漬け)
蓼藍(徳島・藍染め)
あかど芋(熊本・あかど漬け)
トゲキリンサイ(宮崎・むかでのり)
ソテツ(鹿児島県奄美諸島・なり)
標津サケの山漬け。塩漬けにしたサケを何段も重ね、重石と塩で水分を抜きながら熟成する。
イカスミを使った黒い塩辛、富山湾の黒作り。漆のように艶々と黒光りしている。
※構成/大石裕美 ※撮影/礪波周平 写真提供/小倉ヒラク
(BE-PAL 2022年3月号より)