まさかのコロナ禍中のオープン
鳥取空港から車で1時間弱、米子空港からなら1時間少々。鳥取県の真ん中に位置する倉吉市は山にも海にも近く、市中に原生林の残る打吹山がこんもり茂る。城下町として栄えた江戸時代の蔵や町屋を活かした白壁の土蔵が立ち並ぶ一帯は、国内外の旅人を集める観光エリアだ。
そんな白壁土蔵のひとつの古民家を改修したBREW LAB KURAYOSHI(ブリューラボ倉吉)がオープンしたのは2020年8月。コロナ禍の最中だった。もちろん、事業計画は新型コロナ前から準備されていた。
代表の福井恒美さんは倉吉の生まれ育ち。東京で会社員生活を送っていたが、16年前に戻ってきた。クラフトビールを始めたきっかけは、キリンビールの発起人のひとりである磯野長蔵さんだと言う。倉吉出身で、初代名誉市民に認定された人だ。
「もう60年くらい前に亡くなっている方ですが、奨学金育英会を創立するなど地元にいろいろ貢献してくれた方なんです。もっと地元の人に磯野さんのことを知ってほしいと思い、何をしたらいいかなと考えていました」。倉吉の伝統を守りながら新しいものをつくり出したい。ビールで繋がるクラフトビールがいいかなと考え始めたのが7〜8年前だそうだ。
会社を設立し、事業資金を調達してオープンにこぎつけると、世の中がコロナ禍一色になっていた。イベントは軒並み中止。観光客は激減。
「事業計画では醸造所併設のレストランと地域のイベントやお祭り、ビアフェスなどに出店して収益を上げる予定でした。それがガラッとひっくり返っちゃった」と福井さん。
しかし、コロナ禍前に企画したクラウドファンディングが功を奏した。オープンするにあたり、「ブリューラボは地域の人に応援してもらうのが大切だと思っていたので」と、妻の千草さんは話す。オープン前のクラファンで100人以上が支援、その多くは町の人だった。
ひっくり返った事業計画を立て直すために、瓶ビールのオンライン販売にも力を入れた。その新商品の開発にもクラファンを開いた。集まった支援金で生まれたビールのひとつが「酒粕ブリュー」だ。ブリューラボ倉吉は白壁土蔵群のほぼ真ん中に位置し、近隣には古くからの店もあれば、リノベーションされた新しい店もある。ラボの4軒先に江戸時代からつづく酒造「元帥」がある。そこの大吟醸の酒粕を使って「酒粕ブリュー」を造った。
クラフトビールは一般のビール酵母だけでなく野生酵母を使ったり、副原料にさまざまな果実や植物を入れたり、斬新な醸造方法ができるのが魅力。酒粕を使ったクラフトビールも注目されている。倉吉の「酒粕ブリュ−」は日本酒の香りとビールの喉ごし、両方のよさが楽しめるビールだ。
「“あるモノでないモノをつくる”をテーマにしている」と福井さんは語る。白壁土蔵群にあるブリューラボだからできることはたくさんありそうだ。
広い裏庭の草取りをしてからライブ!
長引くコロナ禍。今もお客さんがジャンジャン来るわけではない。できることをやる。もともと古民家を改修して造ったブリューパブだ。店の裏にはかなり広い庭がある。ざっと200平米以上ある。庭の手入れは重労働になる。
「除草剤を撒きたくないので」(千草さん)、除草は手作業になる。店の経営は福井さん夫妻で行っているが、草むしりまではとても手が足りない。しかし福井さんには地元でつながっている人が多いのである。
福井さん夫妻は倉吉にUターン後、町の人たちとさまざまなボランティア活動を行ってきた。クラフトビールを始める前から移住者の促進・定住のための活動も継続している。特に2011年の3.11以降、移住希望の人が増えた。竹林の整備をしたり、田畑の草取りをしたり。3.11後の移住者だけに、持続可能な社会への意識は高く、今ならSDGsと呼ばれるだろうテーマの勉強会を開くこともあった。「その人たちがみなビール好きってわけでありませんが」、ブリューラボを開くにあたり、古民家のリノベーションや庭の草取りを手伝ってくれたという。
夏場になると雑草が茂る庭。昨年はみなで草取りをしてビアガーデンを開いた。白壁をスクリーン代わりにプロジェクターでテレビを映し、みなで東京オリンピック観戦を楽しんだ。
「本当はライブを開きたいんです」と福井さん。ステージを置くだけのスペースもある。「町のバンドもいいし、上々颱風(シャンシャンタイフーン/1990年代に活躍、2013年まで活動したバンド)のベーシストがウチの歌を作ってくれたので、まず彼をお呼びしたいな」
なぜ上々颱風のベーシストが? と聞けば、「知り合いの知り合いだったようです」。福井さんは旅の人に声がけするクセがあるそうで、ブリューラボ倉吉の店の前でも「通りがかりの人にすぐ声をかけてしまう」と笑う。
この時代に「毎日オープンする」ということ
お客さんが少なくても、感染対策をとりながら、ブリューラボ倉吉は定休日以外、毎日営業している。たとえお客さんが一人でも開ける。商店が決まった時間に開いているのは当たり前のことだが、コロナ禍以降、特に飲食店では、その常識が崩れた。ここ2年ほどは店に向かう前、“今日はやってるかな?”と、営業時間を確かめるのが私たちの常になった。だからこそ毎日営業している店はありがたい。「いつも開いている」安心感、店明かりのやすらぎ感。そういうものを大切にしたいと福井さんは話す。
現在、ブリューラボ倉吉のお客さんは、地元の人と外から訪れる人半々くらいだという。散歩中の人、仕事帰りの人とおしゃべりを楽しむこともあるし、外から来た人には、近所のおいしい店などの観光情報をカウンター越しにどんどん提供する。町の喫茶店のような、観光案内所のようなブリューパブだ。
おすすめのアウトドアスポットを教えてもらった。「やまもりキャンプ場は温泉付きでいいですよ。星もきれいです」。天文ファンを惹きつける星のきれいな倉吉の山。地産の大麦とブランド米「星空米」で造ったビール「星空エール」は、やはりクラウドファンディングで開発資金を募って醸造された。
1年半前、コロナ禍の最中にオープンしたブリューラボ倉吉。今後の予定は広い庭の有効活動と、隣市の米子で毎月開かれる(開かれていた)ビアフェスに出店し、認知度を高めることだという。この夏、鳥取県のクラフトビールが集まるビアフェスに星空エールが並んでいることを願う。
BREW LAB KURAYOSHI 住所:鳥取県倉吉市東仲町2587
https://brewlab-kurayoshi.jp