ドナウ川を少し脇にそれてみると
こんにちは!ドナウ川の源流地域ドイツから、エーゲ海沿いのトルコを目指して、カヤック旅をしているジョアナです。半年くらいの放浪を予定していて、この記事は、オーストリア・ウィーンの町の近くにたてたテントの中で執筆しました。
ドナウ川といえば、観光客をたくさん乗せたクルーズ船や、ヨーロッパ各国の大きな船が沢山通る国際河川。大きな船がすれ違えるくらい太い立派な川なのですが、実際には本流からちょっと分岐してまたすぐ合流するような細い川も各所に点在しています。ドナウ川をドイツの上流からずーっと下ってきて、始めて出会う代表的な分岐点が、オーストリアの古都ウィーンにあるドナウ・カナル。そこには、ヨーロッパの古都のイメージを覆す景色がありました。
ドナウ・カナルの地理
ドナウ川にかかるウィーンのひとつ目の大きな橋のすぐ手前、ドナウ川を下っていると右側に現われる細い分岐点がドナウ・カナルのスタート地点。上の地図でドナウ本流の左下を湾曲しながら流れているのがドナウ・カナルです。
ウィーン沿いのドナウ川本流の景色はこんな感じ。普段はこういう大きな船が通る川を私も一緒に下っています。
「せっかくウィーンを漕ぐんだから、やっぱりドナウ川の本流を行かないと」と言う旅人も少なくないのですが、私はもっと町の中を探検している気分になれる細い川を漕ぎたくて。そこで目をつけたのがドナウ・カナルでした。
少し注意しなければいけないのは、「ドナウ川本流からドナウ・カナルに直進することはできない」ということ。ドナウ川本流とドナウ・カナルが分岐して少し進んだところで、水量をコントロールするダムが設置されているためです。行き止まりの標識を無視して直進した場合、開いているダムから滝のように水が落ちているので、ジ・エンド。ならば、一体どうやってドナウ・カナルにアクセスするのか。
私が利用したのは、ドナウ・カナルとドナウ川の本流を隔てている中州に位置する「ユニオン・カヌー・クラブ」。ここは夏場にカヌー競技を練習するための施設で、カヤック用の小さな船着場が設置されています。
ここから上陸して、しばらく歩くと、ドナウ・カナルに降りられる階段があります。実はわたし、「ドナウ・カナルを漕ごう」とは決めたものの、一体どこからカヤックをカナルにおろせるのか、全く知らなくて。とりあえずユニオン・カヌー・クラブに上陸してカナル沿いに少し歩いたら、ちょうど良い階段を発見。ちなみにこのドナウ・カナルのスタート地点は、電車、路面電車、バスの3路線から歩いても5分という好立地でした。
ドナウ・カナルを下りながらでは遠くの写真をうまく撮ることができませんでしたが、ウィーンを代表するステファン大聖堂の塔のてっぺんが建物の隙間から覗きみえる場面も。そう、ドナウ・カナルは、ウィーンの町の中心部を流れているのです。
ドナウ・カナルの簡単な歴史
ドナウ・カナルはそもそも、カナルという名前の通り、船が行き来するための運河として使われていた場所。16世紀頃から貨物や乗客を乗せた船の航路として活躍していたドナウ・カナル。全長17kmのうち、通過する橋の数は、列車が通る橋が5本、それから車が通る橋が実に15本。川を挟んで右も左もウィーンの町の中心地だからこその、橋の多さです。
そんなドナウ・カナルですが、ウィーンの町が拡大していくともに、狭い川幅ではその船の交通量をさばき切ることが困難になり、実質的に運河としての役目を終えたのが19世紀頃。
現在は、川に浮かべられたレストランがあるほか、スロバキアの首都ブラチスラバとウィーンを結ぶ高速小型フェリーが就航している以外は、ほとんど船が通らない運河になっています。
落書きと、芸術文化の寛容性
ドナウ・カナルの特徴的な風景、それは、壁一面の落書き。ウィーンの町の中心部、ドナウ・カナルに面した壁や橋、いたるところが落書きだらけ。壁に落書きがある場所=不衛生で治安が悪い、と想像してしまいがちですが、ここウィーンの落書き地区は、川から眺めてみると、とってもきれいなんです。
イラストのタッチがきれいなのかというと、いいえ、必ずしもそうではありません。もちろん、いかにもイラストを生業にしている人が描いたようなものもありますが、それこそ落書きらしいものもあり、テイストは様々。
それに、落書きが景観に溶け込んでいるのかというと、いいえ。やはり古いヨーロッパの街並みの中で浮いた存在であることは、間違いありません。
では一体、何が格別にきれいなのか。それは、カラフルな落書きを背景に、自由に思い思いの時間を過ごして寛ぐ、町の人々の姿。川べりに足を放り出して携帯をいじる女性、芝生に寝転ぶ老夫婦、太陽が眩しいのか帽子をかぶって静かに読書をする男性、サンドイッチにかじりつく青年たちと、川沿いで誰かが練習しているアコーディオンの音色。
そう、落書きに対するネガティブなイメージは、「勝手に描く人」と「それを見て反抗的だと思う人」の対立構造が根底にあるもの。だけどどうやらこの地区では、落書きをする人も、この場所に集まってくつろぐ人も、等しく「自由にその場所を楽しむ人たち」なのでしょう。
きっと最初にここに落書きを始めた人たちは、それこそ落書きらしくコソコソと描いていたことでしょう。それが今や、観る人も楽しいシンボル的な存在にまで拡大しました。もしかしたらウィーンという土地自体に、さまざまな形の芸術的文化に寛容な気質があるのかもしれません。
たとえば、とある日のこの写真。オーストリアというと、クラシック音楽のイメージですが、ここ、宮殿と博物館の中心地であるマリア・テレジア広場で金曜日の夜に響いていたのは、遠くまでドシドシ響く重低音のテクノミュージック。屋外クラブイベントで、大人はお酒、子供はジュースで、みんなノリノリで踊っています。
建物だってそうです。ドナウ川沿いの大抵の町は、伝統的な建物でもお城や教会関係のものを除くと比較的質素な作りが目立ちます。それがウィーンでは、いたる所に凝った装飾のある建物が。
道を歩いても、川を下っても、さまざまな形の芸術に出会える町。それがウィーンでした。
カヤックで町と人を観察する
大きな船が行き来するドナウ川をカヤックで冒険する毎日。だけど本当は私、こういう、町の中を流れる小川を下るのも大好きで。水面の近く、普段とは違った角度から町を見上げて観察すると、新しい発見がいっぱいです。
それに何より、川でくつろぐ人たちの素の表情に遭遇するのも、楽しさのひとつ。まさかカヤックに残った人が流れてくるなんて思っていないから、町の人の自然な姿を観察できるのです。
それに中には、私に気がついて手を振ってくれたり、声をかけてくれる人も。
世界にはいろいろな川があって、いろいろな景色があるから。やっぱり川下りって、飽きませんね。