北イタリアにはスイスやフランス、オーストリアとの国境にアルプス山脈が広がっているのはご存知の方も多いでしょう。本場のアルプスというと難易度が高そうな響きですが、この壮大なアルプスには無数の登山コースが整備されていて、初心者でも気軽に山登りを楽しめるようになっています。
イタリア在住の筆者は週末や休暇を利用してよく山に遊びに行くのですが、実はこの冬、初めて雪積もるアルプスでの山中泊に挑戦。寒くないの? 何を食べるの? どうやって寝るの? そんな疑問を持った方必見! 冬ならではの素敵な山小屋体験をお伝えします。
経験は浅くてもイタリア流に山を楽しみたい!
筆者の登山歴は5年弱でまだまだ経験値は低め。しかしながら、経験者たちに連れられてアルプスの2000~3000m級の山々に登るようになり、夏には山中でテント泊しながら縦走したり、月明かりを頼りに夜中に山頂を目指したり、とイタリア流に山を味わってきました。
そんな筆者がこの度、登山仲間たちと挑んだのが雪山の無人小屋で1泊。夏の登山とはまた一味違う、ワクワクと不安の入り混じった気持ちでいざ出発です。
雪山登りは慎重に! いざ冬のペーイオ渓谷へ
氷点下が当たり前の冬の登山は、深雪や山道の凍結によってなかなか思うように前に進めないことがありますが、日照時間が短いというのも時にプレッシャーとなります。今回は、もともと予定していた山のコンディションがあまりに悪く、引き返して別の山へ行くことにしたため、出発時間が大幅に遅くなるというなかなか厳しいスタートとなりました。
と、そんなこんなで急遽向かった先はトレンティーノ地方にあるペーイオ渓谷。ここで汲める鉄分たっぷりの天然水はまさに鉄の味で、ピリッと炭酸が効いている不思議な水として知られています。出発地点でこの水を汲み、足下に簡易なアイゼン(靴底に装着する金属製の爪)を装着して、ようやく歩き始めたのが15時半。予報に反して雪も降り始め、風もビュンビュン吹き付けてきて心折れそうになりましたが、標高2100m地点にある無人小屋を目指して前に進むしかありません。
そうして2時間後、薄暗くなってきた中でようやく小屋が見えたときには感無量でした。
山の中にある無人小屋ってどんなところ?
さて、イタリア語で「ビバッコ」と呼ばれる無人小屋。自治体によって管理されている場合もあれば、山岳クラブや地元の有志たちによって整備されていることもあります。避難小屋としても機能している性質上、鍵はかかっておらず、誰でも無料で使って良いのです。
2畳ぐらいの空間にベッドとテーブルがあるだけの簡素な小屋や長期で住めそうなくらい立派にできている小屋など、さまざまなタイプがありますが、冬はストーブや暖炉といった火を焚ける設備が必須条件となります。
気になる本日のお宿は!なんと2部屋もある広さで、薪ストーブも使用可能(ストーブがあっても壊れているケースもあるので、動作確認ができるまでは内心ドキドキです)。さらに、薪の貯えもたっぷりとあり、準備してくださった方々に感謝しながら早速火おこしを開始します(もちろん着火剤とライターは使用します)。
我々以外には人の気配すらないこの山。おそらく数か月の間、誰も使っていなかったであろうこの小屋はあまりに冷え切っていて、暖まるまでに2時間以上要しましたが、その間、イタリア流にまずはアペリティフ(食前酒)タイムです。持ってきたワインでさぁカンパ~イ!!
雪を溶かしてコーヒーに!アナログな暮らしを味わえるのが山の醍醐味
食料は夕食から翌日のランチ、飲み物におつまみまで、全て持参するので容量50リットルの大きなリュックはパンパン。着替えや他の用具も合わせて重さは12kgほどとなりますが、このアペリティフはその重いリュックから解放される至福の瞬間となるのです(消費した分だけ、帰りのリュックは軽くなります)。
通常、無人小屋の近くにはきれいな湧き水を汲める水場があることが多いものの、冬期は当然ながら凍っています。そこで重宝するのが一面に積もった雪。ふわっふわの雪を鍋に入れ、火にかけて溶かしていきます。
一度に採れるのが少量なので、何度も繰り返して温水を確保。手や顔を洗ったり、コーヒーやお茶を淹れたりするのにも使えます。雪解けコーヒー、なんてちょっとオシャレじゃありませんか!?こういう普段とは違う暮らしがおもしろく感じられるのも、山ならではの魅力です。
夕食には、ソーセージと白インゲン豆をトマトソースで煮込んだ一皿を。唐辛子も加えてピリッと辛く、シンプルだけど美味しくて温まる山小屋での食事は格別です。食後はおしゃべりに花を咲かせながらゆったり。ロウソクの火がゆらゆらするのをぼーっと眺め、電気もない、電波も通じない小屋でアナログな生活に浸るのが、最高の贅沢のような気さえしてきます。
火を囲んで過ごす夜&新雪の美しい朝に感動の山小屋泊
夜も更けるとさっきまで降っていた雪はやみ、いつのまにか空には満天の星。明日は晴れそうな予感がします。木製の二段ベッドに各々が持ってきたキャンプマットと寝袋をセットして就寝準備に取り掛かるのですが、ストーブの炎がぬくぬくと絶妙に心地良く、この雰囲気が名残惜しい。寝てしまうのがもったいない。でも、そんな葛藤に打ち勝てず、日中の疲れもあって自然と眠気が増してきます。
真冬でも暖かく快適に眠れる羽毛素材の寝袋にくるまり、目を閉じたらいつのまにか朝になっていました。早速窓を開けると、真っ青な空に陽光の反射する新雪の眩しいこと。朝食をとり、小屋を掃除した後、雪山遊びに繰り出したのは言うまでもありません。
こんなふうにして存分に楽しんだ雪山での1泊2日。無事に下山した後は、やはりホッと一安心したのも事実です。イタリアの人たちは小さい頃から慣れていて、難なくこなしていきますが、一歩間違えば危険があるということも常に忘れてはならないでしょう。
東京のテレビ局で報道記者を務めた経験を活かして食やワイン、伝統文化、西洋美術等を取材し、ガイドブックにはないイタリアのあれこれやマンマ直伝のレシピを紹介中。訪れた国は45か国以上、47都道府県制覇の旅好きでもある。休日には登山やキャンプ、キノコ狩りなどのアウトドアを楽しみ、いつかアルプスの麓で山小屋を営むのが夢。海外書き人クラブ会員https://www.kaigaikakibito.com/