遅いユーコンの春
5月になって辺り一面の雪も解けると、道端にクマを見る機会も増えてくる。
もう何年も前のこと。僕がユーコンに引っ越して間もない5月の週末、友人家族とアラスカのスキャグウェイという町まででかけた。その帰り道で一頭のブラックベア(アメリカクロクマ)が草を食んでるのを見かけた。今回はその時に写真撮影をした話をしたいと思う。
長距離移動はハイウェイ
ユーコンのハイウェイは、町と町のあいだはほとんど人が住んでいなくて商業施設もない。車幅の広い舗装された山道といった感じ。そもそも交通量が少ないから、野生動物が現れてもおかしくない。
ハイウェイの両脇は、森林火災が起こった時に飛び火しにくいように、木が切られている。その分日当たりが良くて、春先は森の中よりも少し早めに草が生えやすいようで、その草を食べるクマを道路脇で見かける機会が増える。
友人家族の旦那さんと僕は古くからの友達で、お互い野生動物写真家。ユーコンに引っ越して早速野生のクマに出会えたと僕は嬉しくなり、クマを邪魔しないように2人で静かに車を降りた。
クマの様子を伺う
少し興奮した様子。人間が2人も車から出てきたから、それもそうだろう。
良い写真を撮るにはどんな望遠レンズを持っていたとしても、近寄れるだけ近寄った方が良い写真が撮れる。お互いに野生動物の撮影は何度もしているとはいえ、被写体への敬意をなくしては、何も生まれない。ということで、クマとの距離を保ったまま、様子を見てみる。
ちなみにこの日、僕は動物撮影をすると思っていなかった。だから望遠レンズを用意していなくて、標準レンズと呼ばれる一般的なレンズだけしか持っていなかった。
ハイウェイは小高い丘の上を走っていて、クマは草を食みながらすこしづつ下へ下へと下っていった。僕らもクマとの距離を変えずに、少しづつ下へ下へと降りていく。
しばらくすると、草を食みながらときおりこちらをチラッと見ては、草を食べるという行動パターンに変わってきた。どうやらこちらに興味を持ち始めたような…。
草を食べる、チラッと見る、小さく数歩近づく、草を食べる、チラッと見る、小さく数歩近づくをゆっくりとひたすら繰り返す。
30分近く経っただろうか?
なんとこのクマ、自分の目の前(目測)1.5メートルの距離まで近づいてきた! お互いに手がとどいてしまう距離。こうなるまで自分から近づくことは一切なく、クマが少しずつ近づいてくるのを待っていたら、この距離になってしまった。
ちなみに標準レンズしか持っていなかった僕の脳裏に浮かんだのは、どこまで寄れるか?だった。
できるだけ体を小さくして、体をじーっとさせて、カメラのファインダー越しにクマの目を見つめながら、静かに撮影を続けたその結果、わずか30分でこの距離になってしまった。
さすがにこの距離まで近づいてきたクマの目にも、好奇心と怖さ、ふたつの感情が同居しているように見えた。それでも好奇心が勝ったのか、ゆっくりとした動きで右前脚をゆっくりと上げて…
さらに近づこうと動きを見せた!
この状況で急に立ち上がるわけにもいかず、立ち上がったところでクマを驚かせるだけで次に何が起こるか想像できない。かと言ってある程度話が通じるペットとは違う。さて?どうしたものか?こういう時は意外と頭が回るわりに、答えが出ない…。
クマと言葉のない会話を交わした、不思議な気分
次に反射的に取った行動は、地面にひざまづいてファインダー越しにクマから視線を外さないまま、ゆっくりと上半身を少しだけ後ろに反らした。するとこちらの意図を理解したかのように、上げかけた右前脚を地面に付け、くるりと後ろを向き、ゆっくりと森の中へと去っていった。
この経験から学んだこと
この時はたまたま何も起こらず、クマがこちらの意図を理解してくれたようだったので良かった。もし自分が怪我をしてしまった場合、クマは駆除される可能性が高い。そうなるとクマは結果的に僕の被害者になってしまう。
この経験の後そのことに気がついた僕は、この時のような経験をしないような撮影を心がけている。
みなさんも出先で野生動物と出会う機会がある場合は、車からむやみに出たり近づいたりしないで、人間も動物も安全な距離で観察を楽しんでもらいたい。
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2008年にユーコン川下りで訪れて以来、ユーコン準州に通い始める。2011年に移住後も、ユーコンに生きる野生動物、風景、自然と共に生きる人々を引き続き撮影中。2019年、First Light Image Festivalにて最優秀賞受賞。ユーコンから色々なトピックをお届けします!