トークショーの様子。左が矢野智徳さん、右が前田せつ子監督。参加者から、つぎつぎと質問が出る。
「風のように草を刈り、イノシシのように土を掘る」――。
弱った自然を、その潜在的環境再生力で蘇らせたいと、地域の人と力を合わせて作業しながら学ぶ「大地の再生講座」を各地で開催。大地の呼吸と循環を再生し、自然と人が共生できる流域社会を目指して活動する造園家・環境再生医(※)の矢野智徳さん。矢野さんは北九州市に生れて父親のつくった植物園で植物と共に育ち、東京都立大学理学部地理学科で自然地理を専攻。全国を放浪したあとに造園業を始め、1995年の阪神淡路大震災で大量の瓦礫がゴミとして捨てられるのを見て、環境改善施工の新たな手法に取り組みました。
現在、全国で月20か所ほどの現場を飛び回る矢野さんを、3年間追いかけたドキュメンタリー映画『杜人(もりびと) 環境再生医 矢野智徳の挑戦』が完成。その公開を記念したトークショーが開かれました。聞き手は、矢野さんを追いかけて自ら500時間カメラを回し続けた前田せつ子監督。参加者を含めた、その対話をご紹介します。
(※)環境再生医:自然環境の再生だけでなく、自然とひとの関係の再生に取り組む人に、NPO法人「自然環境復元協会」が制定した資格制度。環境省「環境人材認定資格」。
植物は、環境を保全する第一人者
前田「なぜ簡単に木を伐ってはいけないか? そこから教えてください」。
矢野「私は現場で野良仕事をして、ずっと土いじりをしながら大地と生きものとじっくり関わってきて。植物が、地上と地下の空気と水の循環を繋ぐいちばんの担い手であるのを教えてもらいました。
自然の勉強をささやかにさせてもらいながら、デスクで教わったことと現場で自然が訴えてくることと日常的に関わりながら、植物が大地の空気と水の循環を担う脈の機能を繋いでいるのを植物の息づきを通して教えられた。すると人の身体の血管と、大地の血管である水脈が重なって見えてきました。空気と水が地上と地下でちゃんと対流することは、大地が潤い、呼吸すること。その呼吸と対をなし、支えてくれているのが植物、地上の枝葉と大地の中の根っこです。それが地上と、二つの異空間を繋ぐ植物の機能なのです。なぜ枝葉を広げ、根が大地に張られるのか?如実に見せられたわけです。
植物を活かすことが、その場所すべての生きものの呼吸を繋ぐ環境の源です。だから植物をやたらに切ってはならない。草をやたらに抜いてはならない。それは見た目の世界だけではなくて。生きものが、地球が、ちゃんと循環型で息づいていくために、植物はなくてはならない環境を保全する第一人者であるからです。これが『大地の再生講座』での活動で、いちばん伝えたいことです。子どもたちにそのことを日常的に、生活や教育を通して伝わることが植物たち、他の生きものを含め、良い環境を保ちながら生活できるその源だと」
参加者「映画の中でも雑草は抜くのではなく、刈るとおっしゃってましたが?」
矢野「刈るんですけど、ただ刈ると、植物は慌てて必死で生きようとしてくる。ところが自然の植物たちはスゴいことに、風の行ないに対しては順応します。素直に、風には逆らわない。それが現場で見えてきました。風がやるように草を刈り、風がやるように木を剪定し、風がやるように木を間伐する。あるときからそう気づいたんですね。風にならえばいいんだ!と。
すると草原でも林でも植物は暴れずに風通しよく、光通しよく、こびることなく、すっきりした環境を保ってくれる。それが風に習う技だと。そういう目線で日常的に植物を観察しようと思ったら、付き合い方が変わります。すると、昔の人はそれをやっていたのだと気づかされます。雑草はそれで充分に大人しくなってくれるし、手がかからないというスゴ技なんですよ」
映画『杜人(もりびと) 環境再生医矢野智徳の挑戦』より。家主の亡き奥様が大切にしていた庭の再生に、多くの人が集まって作業。
表層5cmの地面の改善で植生も変化
前田「今回の映画で、ご自宅の庭の再生作業を撮影させていただいた方もこの場にいらっしゃいます。その後、庭の様子はいかがですか?」
参加者「もともとあまり手をかけていませんでしたが、イネ科の植物が多かったのです。でも矢野さんに手を入れていただいたあとは、だいぶ植生も変わってきて」
矢野「イネ科の植物が多かったのは、大地が固くつまっていたから。土壌の粒子の目が細かく、空気と水の循環が悪いと湿地帯のようなイネ科の植物が増えます。(周囲がアスファルトの道路で固められている庭は)植木鉢の底穴が詰まったのと同じような状態です。それでときたま風が動くように雨が動くように、定期的に表面の土をさらってやるというか、開いてやる。特に表層汚染はそうです。モグラやカニやオケラやアリが土をほじくっているような、あの表層の5cm。大気と大地を繋ぐいちばんの表層、そこがつまりやすいのです。でもそこに空気がよく通ってくると、植生も変わる。そういう原理ですね」
参加者「庭の再生作業のときに重機で掘った40cmを、また掘り起こさなくていいのですか?」
矢野「いいんです。表層の5cmを、モグラやミミズがやるようにちょこちょこ土いじりをして空気を通す。すると不思議に生きものたちが応援してくれて、みんなと共同作業するようなことになります。小さな手作業、最も省エネで効果的な作業を雨風のように日常化すると、どんどん庭がよくなるんです。このことを世の中の人たちが本当に知って、家族を挙げて自分たちの身近な空間や地域のこととしてやったのが昔の結(ゆい)の作業(小さな集落や自治単位における共同作業の制度)です」
参加者「各地でナラ枯れ(カシノナガキクイムシが媒介となってナラ類やシイ・カシ類にナラ菌<カビ>を増殖させ、水を吸い上げる機能を阻害して枯死させる樹木の伝染病)が問題になっています。対策を教えてください」。
矢野「ナラ枯れもマツ枯れもそうですが植生が急速に枯れ上がる、植生変換するような環境推移は、それをたどっていくとやっぱり、(山地からの流出土砂を貯めるための砂防ダムなどで)地域の水脈がつまっているのが見えてきます。流域全体の水の問題で、ナラだけの問題ではありません。それは本(もと)を正すと、いまの時代の急速な開発がその地域の水脈全域を痛めることになっているだろうと。でもそれをさっきお話した〝表層5cmの地面の改善”、雨風や動植物が日常やっている循環に向けての環境改善をひと社会も知って。その生態系の機能に習った手の掛け方をすると、生態系全体が息づいてきます。それを現場を通して教えられました。
だからナラ枯れもマツ枯れも、生物の多様性が失われていく絶滅危惧種の問題も、本をたどると生態系の基本の環境を侵されていることが本質です。どんどんマイナスのまま進んでいることが。でも生態系循環のトータルの機能をひと社会はもういちど見直すことができたら。昔の人たちがやっていた循環型の生活、それから地域、流域をあげたプラン、ひと社会の結の機能が、じつは合理的な生態系の機能にのっとった知恵だったと実感されるはずです。
環境再生とひと社会の再生は、その生態系の循環機能に沿った結(ゆい)の機能がもういちど見直されるかにかかっている。日常的に人と支え合って、分かち合って。食料にしろ経済にしろ、足らないものをみんなが支え合って結をつむぐことが出来たら。いまの時代に合った結の再生が見えたら、ひと社会もいろんな意味で救われるんじゃないかと思っているんですよね」
映画『杜人(もりびと) 環境再生医 矢野智徳の挑戦』
映画『杜人(もりびと) 環境再生医 矢野智徳の挑戦』
(配給:リンカランフィルムズ)
●監督・撮影・編集/前田せつ子 ●アップリンク吉祥寺ほか全国順次公開中
文/浅見祥子