クマ出没事件で驚かされたこと
2009年の9月、乗鞍岳畳平(たたみだいら)バスターミナルにツキノワグマが現われ、9名の負傷者を出す事故がありました。そのニュースを聞いたとき、怪我人の多さもさることながら、現場が標高2702mという高山であることにまず驚いたのです。
「クマって、こんな高い山に登るんだ」と。
ツキノワグマは、ブナ林などの落葉広葉樹林で暮らしているイメージが強いのですが、改めて図鑑で調べてみると、森林が続いてさえいれば、海岸線から標高3000mの日本アルプスの高山帯まで、じつに広範囲に生息していることがわかります。森林限界を超える稜線での目撃例もあります。
ツキノワグマ

登山道付近に現われたツキノワグマの親子。クマは本来臆病な動物だが、子連れの母グマは強気になる。恐怖感を抑え、慎重に、しかし素早くシャッターを切る。シャッター音3回で逃げられたが、向かって来なかっただけ運がいいと言い聞かせ、悔しさを紛らわした。撮影/高橋充 ’09年7月、奥穂高山麓。
山でいちばん恐ろしい動物はクマ? それとも…
日本アルプスには、天然記念物ニホンカモシカもいます。カモシカの毛皮は、山中で活動する杣人(そまびと)、修験者、狩人たちの間で敷物や尻あて、雪沓(ゆきぐつ)などに利用されてきました。オコジョもまた、毛皮目的で狩猟対象になった動物です。
クマも、カモシカもオコジョも、人への警戒心が非常に強い動物です。狩られる側だったこととの因果関係は証明できないにせよ、彼らの逃げ足の速さを見ると、アルプスでいちばん恐ろしい動物は人間かもしれないと考えたりします。
ニホンカモシカ

山中で風景写真を撮影中に遭遇したニホンカモシカ。600mmレンズを持っていなかったので、最初は遠くから撮影していたが、もっと大きく写したい!と思い、状況を判断しながら5mまで近づいた。その間、カモシカは微動だにせず、じっと遠くを見つめていた。撮影/高橋充’09年8月、北アルプス。
「神の使い」ライチョウの不思議
ところが、ライチョウだけは事情がちがいます。
ライチョウは南・北アルプスとその周辺の高山帯にのみ生息する、まさに日本アルプスを象徴する動物です。立山では「神の使い」とされ、人間から大切にされた歴史を持っています。
そのせいか日本のライチョウは人を恐れないのです(日本だけという研究者もいます)。人と動物の関わりの不思議を感じずにはいられません。
ライチョウ

縄張りを見張るオスのライチョウ。残雪がある環境に溶けこむ夏羽に身を包んでいる。ライチョウに出会うと、山歩きの疲労感もいっぺんに吹き飛ぶ。古くから「霊鳥」として大切に守られてきたためか、人を恐れない。そのため登山者の間でアイドル的な人気を博している。撮影/森勝彦 ’00年7月、立山。
(取材・文/荒井 正)