四国山地を縦貫して徳島市と四万十市を結ぶ国道439号は、「酷道439(ヨサク)」と呼ばれている。総延長は約350km。全区間が舗装されているものの、人里を離れて山奥に進むと普通車がすれ違えないほど道幅は狭くなり、ガードレールがないつづら折りの峠道が延々と続く。自動車を運転するドライバーにとっては酷な道である「439」を、僕は愛車スーパーカブで旅した。

国道とは思えない狭い峠道が続く。とはいえ、全区間がこのような酷道になっているわけではない。
車体が軽くてコンパクトなスーパーカブは取り回しが楽で、曲がりくねった狭い道でも軽快に走れる。キャンプ道具を積んでいるため、勾配がきつくなるとギアを落とさなければ登っていかなくなるが、ゆっくりでも着実に進んでいく姿に健気な愛おしさが感じられる。
3日間走り続けて燃料代はわずか千円
燃費の良さも特筆に値する。峠道ばかりだったのに、439の踏破に消費したガソリンはわずか7リットル程度である。ガソリン代が高いとはいえ、3日間走った燃料代が千円ちょっと済むのだから、世界に誇れるスーパーなマシンであることを再確認できた。
またスーパーカブならではの痛快さも実感した。439は一般の国道並みにスピードを出せる2車線の区間もあるが、法定制限速度が時速30kmのスーパーカブの場合は、国道の区間でも酷道の区間でも速度の変化が少ない。2車線の区間では乗用車側がスーパーカブを追い越していくけど、酷道の区間に入ると乗用車の速度は極端に落ちる。酷道ではスーパーカブのほうが速いくらいで、ウサギとカメの関係を連想させる愉快なツーリングとなった。

山深い四国山地の峠をいくつも越える。徳島と高知の県境に位置する京柱峠は、晴れていれば絶景が拝めるはず。
「道草」が旅をおもしろくする
スローな旅の醍醐味は道草や寄り道にある。新聞配達や郵便配達に使われるスーパーカブはストップ&ゴーが苦にならない。車体がコンパクトだから道端に停めても通行の妨げにならない(439を通行するクルマはそもそも少ないし‥‥)。気軽にストップしたくなる「道草バイク」ともいえる。秘境ムードが漂う439は道草したくなる場所があちこちにあって、四国の奥深さを体感できた。

観光地としても有名な『祖谷のかずら橋』とは異なる『奥祖谷二重かずら橋』が439添いにあった。

全国各地にある『かかしの里』。439山間部の小さな集落にもたくさんのかかしが並んでいた。

急斜面に民家が並ぶ落合集落。重要伝統的建造物群保存地区に指定されている。

439にはテントを張れる場所があちこちにあった。初日に泊まったのは、地元のおじさんが教えてくれた三嶺の登山口。自由に出入りできる避難小屋的な建物もある。
清流・四万十川の源流点へ
3日目は四万十川の源流点に立ち寄った。439から離れて狭い道を進んだ先に源流点へ向かう登山口があり、石碑が立っている。登山口から源流点までは約1km。片道約20分の山道散歩に出かけた。

石碑に書かれた文字は、石碑建立当時の首相である宮沢喜一氏だ。

源流点までの歩道。整備状況は良好で、迷うことなく源流点まで行ける。

源流点として示されていたポイント。水はさらに上流から湧き出ているが、アクセスしやすさの観点からここを源流点に選んだのかもしれない。

清冽な源流の水は10度C前後だろうか。飲むのにちょうどいい水温で、とてもおいしく感じられた。
持参したウォーターボトルに四万十川源流の水を入れ、スーパーカブを停めた登山口に戻った。荷物がたっぷり積めるスーパーカブにはコーヒーセットが積んである。コンパクトストーブで四万十川の源流の水を沸かし、持参した豆を挽いてコーヒーを淹れた。『四万十源流コーヒー』と呼びたい。

コンパクトなローテーブル、お湯を細く注げるコーヒーポット、脱着式ハンドルのコーヒーミル、折りたたみ式のペーパードリッパー、それにインシュレートカップがスーパーカブには積んである。

僕は深煎りのコーヒー豆が好み。専門店から仕入れた煎り立ての豆を使用している。

長めのハンドルは力をかける必要がなく、すんなりと回転する。豆を挽く刃はセラミック製で水洗いも可能だ。

お湯が細く注げるポットでコーヒーの粉全体にお湯をかけて30秒ほど待つ。煎り立てのコーヒーはスフレのようにふっくらと膨らむので、中心に向かってお湯をゆっくりと注ぐ。

ハンドドリップで淹れたコーヒーはいつ飲んでもおいしいけど、『四万十源流コーヒー』だと思って飲むとよりおいしく感じる。
源流の水を海まで運んでみよう
5月の心地いい風を浴びつつ『四万十源流コーヒー』を飲んで思い立った。四万十川の全長は196km。正確な速度はわからないけど、源流点で湧き出た水が太平洋に出るまで1週間近くかかるだろう。だったら一足先に僕が太平洋まで運んであげよう。439の終点、四万十市まで走ったら四万十川の河口まで行くつもりでいたから、ウォーターボトルに汲んだこの水を河口で注いでやるのだ。意味のある行動とはいえないけど、小ちゃなこだわりは旅をより充実させる。
というわけで、僕は四万十川の源流の水をスーパーカブで太平洋まで運んだ。439で出会った人々とのふれあいは『BE-PAL』2022年7月号の『シェルパ斉藤の旅の自由型』に書いたので、そちらを読んでもらいたい。
また、『BE-PAL』7月号には野田知佑さんを追悼する記事を書いたので、そちらもぜひ!

四万十川といえば、沈下橋。悠久なる大河を物語る風景があちこちで見られる。

中村駅の隣の観光案内所で河口までの行き方を教えてもらい、道路の終点まで走った。

汲んだ時と同じように、シェラカップを使って河口に源流の水を注いだ。達成感を少し味わった。
