その土地、その場所だからできるビールがある。飲めるビールがある。おいしくなるビールがある。ローカルを大事にするクラフトブルワリーを訪ねるシリーズ。今回は、岩手県一関市の、いわて蔵ビール。製造元の酒造会社「世嬉の一」の4代目、佐藤航(わたる)さんにインタビューした。
「東北魂ビールプロジェクト」は仲間が増えてづけて11年目
中尊寺、毛越寺などの文化遺産を擁する世界遺産、平泉を北に、猊鼻渓(げいびけい)、厳美渓(げんびけい)の大自然に抱かれた岩手県南部の一関(いちのせき)。ここに100年以上つづく酒屋、世嬉の一(せきのいち)がある。そして、いわて蔵ビール(以下、いわて蔵)がある。
いわて蔵は、日本で地ビールが解禁されたごく初期から継続するクラフトブルワリーだ。世界のビールコンペティションで受賞したビールは数え切れないほど。もともと1918年に創業した酒屋さん。1996年に地ビールの製造を始めた。地ビール冬の時代を乗り越え、今に至る。
2011年3月、東日本大震災では、いわて蔵も被災した。近隣の、また遠方からの人々の助けを借りながら後片付けを済ませると、佐藤さんは東北地方のブルワリーに声をかけ「東北魂ビールプロジェクト」を立ち上げた。被災時に助けてもらった人たちへの恩返しに、世界に通用するおいしいビールをつくろうと。呼びかけに応じた秋田県のあくらビール、福島県の福島路ビールの3社で始まった。毎年、各社が醸造技術の粋を集めて、東北の農産物を使用したビールを造ってきた。
今年はその11年目。参加するブルワリーは13社と増え続けている。東北6県を越えて、茨城県の牛久カミヤシャトブルワリーも、2017年からは、東北の地でホップ栽培を推進するキリンビールも参加している。
「来る者、拒まずと言いますか、ね」と、代表の佐藤航さんは笑う。「クラフトビールをつくっている人たちは勉強熱心。ビアミーティングでは飲みながら、造り方とか、仕入れの話、教え合っていますよ。本当にフランク」
勉強会という名の飲み会、あるいは飲みながらの勉強会のようだが、ブリュワーが集まって情報交換し、知恵を出し合う。そのプロセスこそが果実で、完成したビールはその副産物だと語る。
「たぶん、みんなでクラフトビールを盛り上げていこうという気風が、この業界には根づいているんでしょうね」
地ビールは、25年前に生まれた当初から、町の活性化を意識し、独自のビール、町独自の文化を育てようという意識をもって参入したメーカーが多かった。もともとインディペンデントな業界。だから群れない、というのではなく、足りないものを補い合う、助け合う性格をもっているのかもしれない。
今年3月に、いわて蔵から発売された東北魂ビールプロジェクトのビールは「十と一歩」というラガータイプ。東北魂ビールプロジェクトの2年目(2012年)のレシピを採用し、アレンジを変えてつくったという。10年の蓄積が込められたそれは、ホップの香りはなやぐ、あざやかなピルスナーだ。
地ビールだからできる地域課題の解決
小規模なクラフトブルワリーだからできるよさとは何だろう? 佐藤さんは「地域課題の解決に向いている」と話す。
地域の農産物を原料に利用するブルワリーが全国各地に増えている。いわて蔵でも、リンゴやトマトを使ったビールをつくっている。リンゴは、ちょっとでも傷がつくと出荷できない。いわて蔵では、そうしたリンゴを毎年6トンほど買い取って、シードルをつくっている。
トマトは都市部の売り場に並ぶ時にちょうど真っ赤になるように、青いうちに収穫される。だから畑で真っ赤に熟したトマトは廃棄されてしまう。いちばんおいしい食べ頃なのに。農家も農協も、もちろんもったいないと思っているから加工品に卸す。そのひとつがクラフトビールだ。
徒歩3分圏内にクラフトビールができてラッキー!?
近年、いわて蔵の周辺にもクラフトビールブルワリーが増えている。もともと岩手県にはベアレン(盛岡)という2003年創業の、ビールファンには知られたブルワリーがあり、お隣の宮城県気仙沼にはブラックタイドブリューイング(BTB)という人気上昇中のブルワリーがある。
そしてこの夏。いわて蔵から徒歩3分の所に、新たにブルワリー付き飲食店がオープンする予定だという。オーナーは地元で長く飲食店を経営していた若者だ。
「ちょっとオシャレなお店なんですよ」と、佐藤航さん。
いわて蔵のブルワリーにもレストランは併設されている。そんなに近くにオシャレな居酒屋ができても気にならないのだろうか?
「面白いんですよ、その子がおそるおそるウチにやって来て、“ビール造ってもいいでしょうか?”と聞くので、もちろんどうぞ、と。うちで3か月くらい醸造の研修をしていきました」と楽しげに話す。近くにブルワリーができることは「脅威ではなく、チャンスを広げてくれるから」。
「観光で来られる人は、せっかくここまで来たら、他のブルワリーも回っていきたいと思うでしょう。ビールツアーができるんですよ。ベアレンさんもBTBさんもおいしいビールをつくっているからはラッキーだと思っています。ぼくらからすると、ベアレンさんは盛岡ですから遠いんですが(笑)」
クラフトビールファンなら、東北方面に行く機会があれば、ベアレンに行って、遠野醸造に寄って、いわて蔵に行って……と、ブルワリー巡りマップが頭に浮かぶことだろう。
近所にできても競合にならない。むしろ、数が多いほうが魅力が高まる。インディペンデントなクラフトビールだからこそ言えることではないだろうか。
いわて蔵の佐藤さんは、ブルワーになりたい人に研修もしてあげるし、新しいブルワリーがオープンすれば手伝いに行く。2年前のコロナ禍で、クラフトブルワリーがビールを瓶に詰めて販売するしかなくなったとき、瓶詰め設備を持っていなかった遠野醸造(遠野市)の瓶詰め作業を引き受けたのは、いわて蔵だ。遠野醸造のラベルに、いわて蔵の王冠というレアボトルが生まれた。
東北の観光名物のひとつにクラフトビール
毎年8月の第3週に、いわて蔵のある一関で、地ビールフェスティバルが開かれている。今年で25回目になる。これだけ継続しているビアフェスは、少ない。はじめの数年は苦労したというが、現在では、地元の農協や観光協会、商工会議所などが参画する実行委員会形式で開催されている。
フードは地元の飲食店が地元の素材を使った料理を提供する。農協は野菜(ナス、トマト、ピーマン)を提供し、料理を作ってもらう。ビアフェスだが地域のうまいもの展の性格もある。そしてビールは、全国から集まる。
コロナ禍に見舞われたこの2年は、全国のビールをいったんフェス側で買い取って飲食店に配分し、お客さんに店に行って飲んでもらうスタンプラリー形式にした。「どんな形でもいいからビアフェスは開催したほうがいい」と。今では、いわて蔵だけのフェスではないからだ。
コロナ禍前は3日で3万人が集まった。近隣のホテルは半年前から予約が埋まり、駅前のラーメン屋には行列ができる。帰省する人で賑わうお盆が過ぎた、その翌週に開催するので、町への経済効果は大きい。今では一関の、夏の終わりの風物詩になっているようだ。
このように岩手では、クラフトビールが観光名物に成長している。昨年は、JR東日本盛岡支社から、岩手県産のホップを使ったビールづくり「IWATE BEER」企画のオファーがあった。いわて蔵は、遠野産のIBUKIというホップを使用したビールを醸造している。
今年はコロナ禍が落ち着いた状況であれば、地ビールフェティバルがリアル開催できるだろう。ところで、世の中にはすっかり「クラフトビール」という名が浸透しているが、一関は「地ビールフェティバル」でありつづける。「ぼくらはずっと変わっていないので」と、佐藤さんは話す。
「もともと世嬉の一の酒と、いわて蔵のビール。表現は違っても、根幹にあるのは、地域の食文化を伝えていくこと、地域もお客さんも幸せにというのが世嬉の一の理念です。クラフトビールが日本でつくられるようになって25年、経ちます。長らくドイツのビールやアメリカのビールの背を追ってきたけれど、そろそろ日本のクラフトビールって何だ? というのを追求していく時期かなと思います。ぼくらは東北らしさを追求する、東北のビールってこうだ、というものを」
佐藤さんの考える東北らしいビールとは?
「ぼくらは自分の好きなスタイルを追い求めてきたんだけれど、そこに、東北のちょっとおいしいものを取り入れていくこと。食材によってビールのスタイルは決まってきます。山椒ならIPAやペールエール、オイスターならスタウト、ホヤならアンバー」
国内外のビアアワードを受賞している「三陸牡蠣のスタウト」は、陸前高田の牡蠣を使っている。「仕込む前に漁師さんに電話して頼みます。すると翌日、獲れたての牡蠣が届きます」。しかもそれは東京の豊洲市場で最高値がつくほど有名な水産会社の牡蠣だ。こういう地のものを活かしていく。
「東北の海があるからできるビールです。先日、アメリカのビールファンたちとZoom会で話したのですが、一万人にひとりでも、これを飲んだ人が岩手の海に興味をもって訪れてくれたらうれしい。そうやって東北のビールが少しずつ広がっていけばいいなと思います」
一関から東北へ、日本各地へ、そして海の向こうへ。25年間、クラフトビールを育ててきたブルワリーの夢はつづく。
いわて蔵ビール
所在地:岩手県一関市田村町5-42
https://sekinoichi.co.jp