愛艇フェザークラフトで川下り
長良川をカヌーで旅した。
BE-PAL8月号の『シェルパ斉藤の旅の自由型』に『野田知佑スタイルで長良川を旅する』というタイトルの紀行文を掲載したので、そちらを読めば長良川を旅することになった経緯を理解できるはずだが(タイトルで察しがつくと思うけど)、連載ではふれていない箇所の説明を最初にしておきたい。
冒頭で「カヌーで旅した」と書いたが、正確に表現すればカヌーを使ったわけではない。前向きに漕いでいく艇の総称を一般的にカヌーと呼んでいるが、カヌーとはブレードが片側だけにあるシングルパドルで漕ぐオープンデッキの艇をさす。一方、ブレードが両側にあるダブルパドルで漕ぐクローズドデッキの艇はカヤックと呼ばれる。僕が長良川のツーリングで使用した艇はパッキングできるタイプのカヤックであり、フォールディングカヤック、あるいはファルトボートともいう。
でも野田さんならそんな細かい話はどうでもよろしい、というだろうから愛艇フェザークラフトで下った今回の旅を「長良川をカヌーで旅した」と表現しておく。
手間がかかるぶん達成感は大きい
室内に収納できる折りたたみ式カヌーは、クルマに積んでいかなくてもどこへでも旅に出かけられる。列車やバス、飛行機などの公共交通機関を使って川や海に出かけ、ツーリングを終えたあとも公共交通機関で帰宅できる。クルマで出かけた場合はクルマを置いてあるスタート地点まで戻らねばならないが、公共交通機関で持ち運べる折りたたみ式カヌーの場合はその手間がいらない。行きっぱなしの旅が楽しめるのだ。
そのかわり、すべての荷物を自分で担いでいかねばならない。長期のカヌーツーリングの場合はカヌー本体やパドル、ライジャケなどに加えてテントや寝袋、マットなどのキャンプ道具も必要だし、ウエア類や食料も欠かせない。通常のバックパッキングの旅の倍近くの装備を担いでいくことになる。
それなりの手間がかかるんだけど、そこがいいのだ。努力が必要だから達成感は大きいし、そのスタイルこそが自由な旅なのだ。
僕が憧れた野田さんの川旅にこだわろうと、今回はすべての荷物を自分ひとりで担いで、最寄り駅の長坂駅から中央線の列車に乗り込んだ。帰省していた長男の一歩が大阪まで帰るため、名古屋まで同行してもらえることになったが、一歩も父のこだわりを理解していて「手伝わないからね」と、写真を撮るだけで荷物運びの手伝いは一切しなかった。
鉄道とバスを乗り継いで長良川へ
塩尻駅で名古屋行きの特急列車『しなの』に乗り換えて、名古屋駅では東海道線を乗り継いで岐阜駅へ。そして岐阜駅から路線バスに乗って、事前のリサーチでスタート地点に決めた藍川橋のバス停に到着。さらにバス停から歩いてようやく長良川にたどり着いた。川を旅する以前の移動で疲れてしまったが、これこそが『日本の川を旅する』だと思う。
水際でフェザークラフトを組み立てて、荷物をすべて内部に積み込んで出航。流れに乗ると、カヌーは滑らかに進み、岸辺の景色が動き出した。
時速6km程度だろうか。ジョギングの速度に近い。エンジンやモーターに頼らなくても、パドルを漕がなくても、カヌーは川の流れに乗って静かに進む。優雅な大人の旅だと思う。
出発が午後3時半を過ぎていたこともあって、カヌーを1時間半ほど漕いだ長良橋の先で初日の旅を切り上げた。テントを張りやすい平坦な草地があったので、カヌーを引き上げてテントを設営することにした。
水上ではスイスイ動き回れるカヌーだけど、陸上では厄介なお荷物に過ぎない。キャンプ設営地は、上陸地点から近い限られた範囲内で見つけなくてはならないが、こういう状況でこそ、キャンプ場以外の場所にテントを張るスタイルを40年以上続けてきたわが経験とカンが働く(と願いたい)。今回はそれがうまく当たって、市街地に近くて利便性が良いのに、陸から目立ちにくい静かな環境のキャンプ地を確保することができた。
自分だけの自由な世界が待っている
中流域以降の川旅では美しい自然の景観は望めないけど、町中を流れる川ならではのおもしろみもある。長良川の両岸には道路があって、信号のある交差点ではクルマの列が並ぶ。忙しく日常の生活が動いている陸地と違って、僕の周囲には誰もいない。町中なのに僕だけの世界がぽっかりと空いている。
ここには誰も近づけない。僕だけの自由な世界だ。朝から酒を飲んでもかまわない。ノーパンでカヌーに乗っても、誰からも見られないし、咎められることもない。この格別な解放感は市街地の川を単独で下る旅の特権だと思う。
野田さんとはじめて会った場所をめざす
旅の後半は流れがなくなり、しかも向かい風が吹きはじめた。パドリングを休むとカヌーが上流に戻される状況になったが、長良川の河口堰まではどうしてもたどり着きたかった。そこは33年前に野田さんと初めて会った場所だからだ。さらにその2年後、長良川河口堰で僕はちょっとした冒険もしているし、運命的な出会いも経験している(詳しくは本誌の連載で)。
前方に見える道路の橋や鉄橋をくぐり抜けることを目標にパドリングを続けて、最後の橋となる国道1号を通過。33年前の長良川河口堰反対のカヌーイストミーテイングでは、日本全国からやってきたカヌーイストで川面が埋め尽くされ、多くの見物人が国道1号の橋の上からカヌーイストに声援を送った。
その国道1号の橋の先に長良川の両岸を結ぶ河口堰がある。くやしいことに河口堰の上流200mから立ち入り禁止になっていて、長良川を下ってきたカヌーイストは海まで漕ぐことができない。
立ち入り禁止を示すブイまでアプローチした僕は、上流に戻って(追い風になるのでパドリングが楽だった)JR関西本線の鉄橋近くに上陸した。
カヌーの旅はこれで終わったわけではない。濡れたカヌーをパッキングして、水を含んで来たときよりも重くなった装備をすべて担いで駅まで歩かねばならない。
でも装備の重さよりも達成感と充実感が上回り、晴れ晴れとした気持ちで家路につくことができた。